第7話 翌日の朝
ちゅんちゅん、と小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝。
昨日の夜は、止まっていた筆が動き出して、良い気分で眠りに就けた。
だから今日はきっと素晴らしい朝を迎えられる──はずだったのに。
私は布団の中で、芋虫のようにのたうち回っていた──!
「あぁぁぁぁぁ……!!」
目が覚めて意識が明瞭になると、昨日の記憶が鮮明に蘇った!
私のファンの子を家に連れ込んだ。
サインを書いた。手を繋いだ。顔を触ってもらった。
あまつさえ、手つきがえろいなんて口走った。
そして最後には勢いで「友達になろう!」と叫んだ。
「なにやってんの私!? 距離感がバグりすぎた! 昨日に戻りたい!」
一夜明けると、自分の行動が奇行としか思えない。
あれは夢だったんじゃないか。むしろ夢であってくれ!
とは思うけど、やっぱり右手には月江さんの柔らかい感触の残像があった。
調子に乗った。完全に調子に乗った。
相手はクラスカースト最上位の月江梓さんだぞ?
いくらファンだと言ってくれたからって、陰キャがぐいぐい行っていい相手じゃない。
きっと月江さんも家に帰ったら冷静になって「やっぱりあの人、ちょっと変かも……(手を念入りに洗う)」って引いてるに違いない……。
「……学校、休みたい」
私は重たい身体を引きずり、処刑台に向かうような足取りで台所へ向かう。
適当に取り出した冷食を弁当に詰め込んで、私は学校へ行く支度を整えた。
◆◆◆
学校に到着しても、私の憂鬱は晴れなかった。
時間も時間なので図書館には寄らず、教室までの廊下を歩く。
……なるべく気配を消そう。もし月江さんに会っても、向こうが昨日のことに何も触れてこなければ『昨日のことは夢でした!』みたいな顔して通り過ぎよう。
それがお互いのためだ!
私はそう心に決めて、一年A組の教室の扉に手を──。
「──あ」
ガララ、と扉を開けた先に、彼女はいた。
月江さん。入口付近で立ち尽くしていた彼女とばっちり目が合う。
「…………」
時が止まったように私は目を合わせたまま、黙ってしまう。
今日の彼女も、三つ編みは完璧、制服の着こなしも乱れなし。
朝から輝くばかりの美貌を放っていて、対する私は寝不足のモブ顔。
気まずい。やっぱり昨日の今日で、どう接すればいいのか分からない。
私が視線を逸らし、無言で通り過ぎようとした──その瞬間。
「おはようございます……! 来栖さん!」
弾むような声が鼓膜を震わせた。
びっくりして顔を上げると、そこには月江さんの笑顔がある。
「あ……」
無視されるどころか、特大の挨拶が飛んで来た。
私は完全に虚を突かれて、挙動不審になってしまう!
「お、おはよう……ございます。月江、さん」
「はい、おはようございます!」
月江さんは嬉しそうに私の元へ一歩踏み出し、そして──。
周囲の視線を気にする様子もなく、ぐいっと顔を近付けてきた。
「昨日は、よく眠れましたか?」
吐息がかかる距離。
丸眼鏡越しの瞳が、悪意無く私を覗き込んでいる。
「え、あ、う、うん。それなりに……」
「私は全然眠れませんでした。昨日のことを思い出すと、興奮してしまって」
「ちょ、ちょっと!」
やっぱりワードチョイスがちょいちょい変じゃない!?
教室がなんとなくざわついている。多分、気のせいじゃない!
「月江さん、声、声おっきいから……!」
「あ、そ、そうですよね! すみません……」
月江さんは口元を手で覆い、少しだけ声を潜めた。
けれどその瞳の輝きは収まるどころか増している。
「それで、来栖さん。今日のお昼のことなんですけど」
「お昼? お昼ご飯ってこと?」
「はい。もしよろしければ、ご一緒したいなって……」
予想外の提案に、私は目を白黒させる。
「え、一緒に? 私と?」
「はい。昨日の、続きのお話もしたいですし……」
続きのお話。
つまり小説のネタの話ってことだろうけど。
でも、それをクラスの前で堂々と話せる勇気はない。
「でも目立つよ? 月江さんが私と一緒に食べてたら」
「友達、ですから。当然ではありませんか?」
月江さんはきょとんと首を傾げた。
そこにはカーストの差なんて概念は微塵もなさそうで。
昨日、去り際に私が叫んだ「友達になろう」という言葉を、受け止めてくれていた。
その純粋な行為が、自己嫌悪で固まっていた私の心を溶かしていく。
「そう、だね。うん、わかった」
「ほんとですか!」
「場所はどうする? 教室だとあれだし……」
「では、中庭はどうでしょう? あそこなら人も少ないですし」
「わかった。じゃあ、お昼、中庭ね」
「はい! 楽しみにしています!」
月江さんは穏やかな笑みで手を振ると、軽やかに自分の席に戻っていった。
私は自分の席に着き、なんとなく周囲の視線を感じながらも机に突っ伏す。
ともかくは嫌われていないようで安心したけど、それより今は心臓がうるさい。
今日の昼休み、私はクラスの高嶺の花とお昼ご飯を一緒にすることになった。
小説のネタにはなりそう……?
いや、また緊張でそれどころじゃなさそう!




