ハザマノヤミ
暗闇と凄まじい吹雪が白い弾幕の様に叩きつけ、目に映るもの全てが白くなる。
マケアンディから、感じる禍々しい瘴気が
ユウト達の魔力探知を妨害する。
「メルさーん!何処ですか!」
ユウトが大声で叫ぶ。
だが、そんな音と声も自然の
猛威によって消されてしまう。
「ユウト!一旦山小屋に戻るぞ。」
「俺達が凍っちまう。」
身体の芯まで冷えきり震えるロウガ。
「でも…このままだとメル様の身に危険が。」
フードを必死で抑え、悴む手を擦るカヨウ。
(くそぉっ!)
吹き積もる雪に八つ当たりするユウト。
「そうだね。一旦、山小屋に引き返そう。」
「メルさんなら、大丈夫…。」
肩を落とし、山小屋へと戻る
ユウト達。
その頃メルは、アイスメリアと共に
マケアンディの頂にある洞窟へと入っていた。
吐く息が白く霧になる。
凍てつく寒さだが先頭を歩く
アイスメリアは純白の薄い布を身体に巻いている。
風のいたずらで薄い布が捲れ、
時折、覗かせる陶器の様な青白い肌。
それがアイスメリアの妖艶な
魅力をより引き立たせる。
先頭を歩くアイスメリア。
少し怪訝そうな顔を浮かべ、メルを見る。
「何故、私の事を信じたのですか?」
「私は人を喰らう魔物ですよ。」
赤く錆た首輪を指でなぞり氷のように
光る瞳が少し悲しげに映る。
何故か深くため息をすると
頭を掻くメル。
「”魂の揺らぎ”で分かった。困っている。それは本当だろ。」
「それより…動くなよ。」
アイスメリアの首輪をいきなり噛み砕くメル。
バキバキ、ゴリッ、ゴックン。
一連の動作に驚き、動けぬ
アイスメリア。
「い、いきなり何を?!」
予測不能な動きと感情を示す
メル。
恐怖と興味が混ざる不思議な
感覚に堕ちる。
「その首にあるの、従属の首輪だろ?」
「これで縛り付けるものは、無い。自由だ。」
一切の迷いもない紅き瞳でアイスメリアを
見つめる。
「あ…ありがと。」
口から出てきた言葉に思わず笑ってしまう
アイスメリア。
人間の頃、まだ魔物になる前の記憶が
ぼんやりと心を包む。
急に重苦しい威圧感と深い瘴気が洞窟内に
立ち込める。
金色の結晶に根を張り巡らせ蠢く。
化物へと繋がる根が金色に光る度に結晶の輝きが薄れる。
へばり付く闇を纏う緑色の化け物。
紅き瞳でメル達を睨み、雄叫びをあげる。
むせる様な腐敗臭が鼻に付く。
「ミツケタ。オレ。」
「ヒトツ二ナレバ…。」
右手を構えメルの前に立つ。
メルは、その構えに見覚えがあった。
それはアサシンの一撃必殺の
秘技『死閃』。
「やはりな…。ずっと”感じていた”。」
「"魂の気配"で分かるお前は、俺なんだな…。」
悲しげに緑色の化け物を見ているメル。
アイスメリアは何の事だか
全く理解できないでいた。
一歩ずつゆっくりと化物へと近づくメル。
メルが化物の間合いへと足を踏み入れた
瞬間。
繰り出される右手の必殺の一撃。
軽く躱すと化物の首を切り落とす。
「ヤット…ラクニナレル。」
涙を流し身体が朽ちて行く。
「すまない…。」静かに朽ちる化物を
見つめるメル。
そしてその化物からへばり付く闇が解き放たれるとメルを覆う。
化物の記憶がメルへと流れる。
メルは化物の記憶を辿る、意識の旅へと旅立つ。
◆◆
はぁ、はぁ、はぁ…。
小さく非力な緑色の身体。
遠くで化物の雄叫びと金属同士がぶつかる音が聞こえる。
(シニタクナイ…。)
恐怖と生存本能が身体を、必死で動かし、その場から逃げて走る。
「おい!そこにゴブリンが一匹いたぞ!逃がすな殺れ。」
長剣を持つ人間と、斧を振り回す人間。
(ミツカッタ!イヤダ。)
木々を駆け抜け必死で逃げる。
木の枝に引っかけ手足から紫色の体液が流れる。
拓けた場所へと飛び出す。
戦士の男と銀色の首輪を付けた者達がゴブリンの群れと戦っている。
ドンッ!
背中に何かが強くぶつかり、吹き飛び転がる。
ゲホッゲホッゲホ…。
口から紫色の血が流れる。
顔を持ち上げ周辺を見る。
一人の長き尾を持つ青年が素手で幾多の
ゴブリンを倒していく。
傷つけられた奴隷や戦士達を癒していく
女性。
赤茶色の髪が風でなびく。
その姿に見覚えがあるメル。
(あれは…メグラとユウ?!)
声を掛けようとするが話せない。
代わりに違う言葉が発せられる。
「エモノ、ツレテキタ。」
一際大きなゴブリンがハルバードを担ぎ
奥から現れる。
一歩足を踏み出す度に大地が揺れる。
「ヨクヤッタ、ヨワキモノヨ。」
背後から追いかけて来た長剣を持つ男と斧を持つ男を睨みつける。
「おい!嘘だろ…。あれジェネラルゴブリンだろ!!」
追いかけて来た者は、指を差し慌てていた。
自分から視線を反らしたその隙を付く。
長剣を持つ男の首をナイフで切り付ける。
血飛沫が顔に張り付きベタつく。
力無く倒れる男の瞳から光が消える。
そのまま斧を持つ男に目掛け
右手で心臓を貫く。
ゴブリン達は奇声を上げていた。
(メグラ達は…。)
身体が思うように動かない。
こちらに吹き飛ばされたメグラ。
「へっ…。ジェネラルか…。化物だな。」
全身が傷だらけのメグラ。
「ヨワキモノヨ、ワレト、タタカウシカクナシ。」
重く冷たいハルバードをメグラに向けて振り下ろす。
(メグラが…死ぬ。動け、動けぇ!)
全く動かない緑の化物。
冷淡に紅い瞳で最後を見届ける。
ザッ…。サザッ!ドン。
ユウが咄嗟に走りメグラを突き飛ばす。
ジェネラルゴブリンの一撃をなんとか
躱すが、ユウの背中から赤く気高い血が
流れる。
「っ…!あんたに、なんか負けない!」
不気味な笑みを浮かべる、
悪鬼達を支配する化物。
「イイオンナダ…!」
長い舌を出し、生臭い息吐き出す。
更に粘り付く涎を垂らす化物。
黒く淀む瞳がユウを捉えた。
周りのゴブリンに視線を送る
ジェネラルゴブリン。
頷くとユウを縛り上げ根城へと連れ去る。
「いやだぁー!」ゴスッ!
暴れ叫ぶユウの腹を殴るゴブリン。
ユウは気絶してしまう。
「連れて…。行かせるかよ!」
メグラは、傷だらけの身体に鞭を打ち、
力一杯に足へと力を入れる。
地面が少しめり込む。
そしてユウを運ぶゴブリン、
に、飛び蹴りをする。
グシャ…!
紫色の体液が飛び散る。
ユウはコロリと転がりゴブリンは腹を貫かれ息絶える。
勢いよく飛んだメグラは着地に失敗して
地面へとぶつかる。
悪鬼達を支配するジェネラルゴブリン。
後ろへと踵を返し一言、手下のゴブリン達に告げる。
「アトハ、オマエタチスキニシロ…。」
メグラ達の元へハルバードを
引きずり、ゆっくり、ゆっくりと歩いて
行く。
恐怖に顔をひきつるメグラ。
ジェネラルゴブリンは、死を感じ怯える
弱者の顔を見る事に優越感を覚える鬼畜。
故にあえて死のカウントダウンを刻む様に
一歩ずつ、ゆっくりと歩みを進めた。
意識を取り戻すユウ。
メグラを庇う様に覆い被さる。
「止めろ…。ユウ、いいから逃げろ!」
必死でユウを退かそうとするが
張り付いて動かない。
その光景が目の前で喰い殺された
産みの母親の姿に重なる。
非力で小さな紅き瞳を持つ
ゴブリンの胸を強く締め付ける。
ユウ達の前に立ちはだかる巨大な化物。
ニタリと笑いハルバードを
持ち上げる。
この後起きるであろう惨劇は、誰もが予測できる。
だが…ひとつの誤算が生じた。
気が付けば、ジェネラルゴブリンの背後から、心臓に目掛け貫く小さく鋭い緑色の手。
「ナ、ナンダ…?」
唇から紫色の体液がボタボタと
流れ落ちそのまま倒れる。
ズッーン…。
小さく非力な紅き瞳のゴブリンから
凄まじい瘴気が吹き出す。
紅き瞳のゴブリン。
全身の筋肉と骨格が変形し
膨れて大きくなっていく。
心地よい苦痛が紅き瞳のゴブリンを襲う。
徐々に意識が遠退いていく。
気が付けば、ジェネラルゴブリンの屍を
喰らい尽くしていた。
凄まじい雄叫びをあげると
目の前にいる全ての化物達を
引き裂き喰らう。
何故かユウとメグラだけは
喰らわずに何処かへと走り去る。
それからは魔物を喰らい続ける化物となる
紅き瞳のゴブリン。
ゴブリンに戦い挑む者は人も魔物も関係なく喰らう。
しかし…。女性や子供だけは
傷つけられても喰らう事は
決して無かった。
その習性を利用され冒険者に
討たれてしまう。
肉体を失った紅き眼のゴブリンは、
本来在るべき姿の者を求め彷徨う。
そう…。このゴブリンは別の
未来を歩んだメルである。
メルは過去へ行きカフエリとフエンの未来を変えてしまった。
そのせいでメルはカフエリとフエンに出会う事が無く…。
ただの化物として生きる羽目になってしまう。
◆◆
額に冷たい何かが当たる。
(ウウ…頭が痛い。)
何か柔らかいものが
頭に優しく触れる。
目を覚ますとアイスメリアの膝に頭を乗せていた。
氷の瞳が愛おしそうにメルを見つめる。
アイスメリアの頬を涙が伝う。
メルの頭を冷たく優しい手が、触れ、
子守唄を口ずさむ。
暖かい旋律。心が何故か穏やかになる。
それに聞き惚れるメルは、その場から
動けないでいた。
洞窟の外から暖かい空気が流れて来た。
アイスメリアを包む禍々しい
瘴気も徐々に薄れていく。
子守唄を歌い終えたアイスメリアの表情は明るく美しい。
太陽の日差しが洞窟の奥を
聖なる光で照らしていく。
メルとアイスメリアは洞窟の外へと歩いて行く。
外は、清々しい風が舞う
あれほどの吹雪が嘘の様に
収まり太陽の日差しのおかげで暖かい。
雪もほとんど溶けていた。
「見つけた!メルさーん。」
すると絶壁を必死でよじ登る
ユウト達。
メルは変化の手袋を外す。
漆黒の翼が背中から拡がる。
翼を羽ばたかせユウト達を
迎えに行くのであった。
◆◆
山小屋から響き渡る、怒鳴り声。
屋根に積もる雪がドサドサと
地面に落ちる。
「いい加減にして下さい!」
黙って、アイスメリアの元へ
付いて行ったメルに激怒するユウト。
そしてアイスメリアを睨み付け
警戒するロウガとカヨウ。
それを全く気にもとめない、
アイスメリア
「すまない…ユウト。」
ひたすら謝るメル。
山小屋の中は騒がしかった。
事情を全てユウト達に伝えたメル。
アイスメリアの処遇について
悩んでいた。
「アイスメリアの犠牲になった方は、幾人もいますので…。」
カヨウは錫杖を握り締めている。
「だよな…。もう人を襲わないと言ってもな…。信用できねぇ。」
ロウガは竹串をくわえゴロゴロと寝転がる。
「う~んでも…。嘘は付いて無いようですよ。」
錬金術で作った自白剤をアイスメリアに
吹き掛け様子を見ているユウト。
(頼む、共に償う!だから…。)
ゴレフォンの向こうにて必死で
アイスメリアの情状酌量を求めるグラン。
(良いんじゃない。もし人を襲えば始末すればいいんだし。)
淡々と語るアユム。
アイスメリアは従属の首輪の呪いが解けた事により人間の心を取り戻すのだが…。
「私は…、私は…、なんて事を…。」
ずっと罪の意識に飲まれ嘆くアイスメリア。
メルはポケットからパンを取り出し
アイスメリアに渡す。
「この場所には、パン屋が無い。」
「パン屋を開け。」
「そして、アイスメリア。旅人達を救い
守れ。それが償いだ。」
強く真っ直ぐにアイスメリアの瞳を覗く
メル。
メルのパンを掴むアイスメリア。
少し潰れて形が悪いパン。
アイスメリアはパンを頬張る。
甘い小麦の香りが口の中に広がり
鼻に抜ける。
忘れていた暖かい味。
涙が止まらないアイスメリアは
泣きながらパンを食べていた。
その光景を見ていたロウガ達は
複雑な表情を浮かべていた。
メル達が山小屋にて悩む頃
100年後の同じ日、同じ時。
メルフォード達は、
グランに会う為、マケアンディの
小さなパン屋へと向かう。
何処からか甘い匂いと香ばしい小麦の香りがメルフォード達を誘う。
小さな立て札がある。
『マケアンディ唯一のパン屋メリグラ』
と書かれていた。
立て札を眺めるメルフォード。
「グラン先生…のパンか…。」
淡々と歩くカフエリとフエン。
「早く行くわよ。」
「コアの鍵を貰わないとね…。」
メルフォードは二人の後を追いかける。
山小屋から立ち上る煙が目に染みる。
カフエリとフエンは馴れた様子で中へと入る。
「ここか…。」
メルフォードは久しぶりに会う師匠である
グランに緊張していた。
「ケヒャヒャ!いらっしゃい!」
「何名様ですか?」
黒いエプロンを掛け不気味な
笑顔を向けるグラン。
「相変わらずね…グラン。」
「グラン…笑わない方が、良いよ怖い。」
カフエリとフエンは奥のテーブルに座っていた。
フワリと香ばしい香りがする。
白いエプロンをつけた青白い肌の女性が焼きたてのパンを運ぶのだが…。
ガシャーン!
段差につまずき派手に転ぶ。
焼きたてのパンが床に散乱してしまうのであった。
「母さん。私が運ぶと言いましたよね。」
少しモジモジと指を動かす
「だって…だって。グウちゃんのお友達が
来たんだもの。」
「頑張りたいじゃない…。」
頬を赤らめグランを見上げる。
頭を抱えため息をするグラン。
「じゃあ新しくパンを作りますよ。」
奥の厨房へと入るグラン。
「待って、グウちゃん、手伝う。」
冷たい氷の瞳が、今は優しく暖かい。
バターン、ガシャガシャン!
「母さん!それは違う!」
「えっ、これ砂糖じゃないの?」
「違うよ、それイースト菌!こっちが砂糖。」
微笑ましいやり取りを聞き
メルフォードは亡き母の事を思い出す。
カフエリとフエンのいるテーブルの席へと
座るメルフォード。
「カフエリ、フエン、あの人、多分魔物だよね。」
メルフォードは二人に尋ねる。
「違うわよ。あの人はメリア。」
「グランのお母さん…。」
カフエリとフエンは
グランとメリアのやり取りを
何処か哀しげに見詰めていた。
メルフォードは、その瞳が自分と同じものだと気づいてしまう。
二度と会えぬ愛しき者を思い出しているのだと…。




