アラタナトビラ
憂いと熱を帯びた紅い瞳。
耳元へ甘美な囁きと共に獣の様な肉体が
ユウトの身体を床へと押し倒す。
「いやぁだぁー!やめぇてぇー!!メルさん!」
泣いて叫んでいる。
「すまない…身体が。ユウトを欲してる。」
ピンクに染まる口唇がユウトの乾燥している唇を奪おうとする。
ユウトは全力で身体を捩り震えて逃げる。
バンッ!バンッ!バンッ!!
瞳に涙を浮かべ顔を真っ赤にして透明な結界を殴る、二人の子供達。
「ちょっとアユム、この壁退けてよ!」
「いやだ…メル。元に戻って。」
カフエリとフエンが取り返しのつかない世界へと、突き進むメルを必死で繋ぎ止めようと
叫んでいた。
「ごめ〜ん無理!結界消したら、僕達もあぁ~なるからね…。」
何処か他人事なのか笑っているアユム。
「ユウト!待ってろ、今助ける!」
ミレイは、結界に向け細剣を何度も突き立てる。
「だぁかぁら…。壊したら僕達も”魅惑の雫”に惑わされるからね!」
「ユウトォ~。後一時間逃げろ。」
「効力がそれで、切れるから。」
「大体なぁ…。ユウトのミスだぞ!諦めろ。」
はだける白きローブを抑えて、
20畳位ある大部屋の中を必死で逃げて走るユウト。
グランとフグエルレンは椅子に座ると、
クレエラの入れたハーブティーを静かに
啜っていた。
「ユウト!君が欲しい!!」
「いやだ!いやだー!こないで!!」
鼻息を荒くしてユウトに襲いかかるメル。
何故このような事が起きたのか…。
では今から30分前の時間に、戻ろう。
◆◆
[トレース]により造り出された
空間ではメル達以外存在しない。
なんとアユムはメル達が
セントウでくつろいでいた時。
現実と全く同じ世界をトレースにより
造り出すとそこにメル達を閉じ込めていた。
そんな気配など全く感じなかったメルは、
アユムの恐ろしさと自分の愚かさを知る。
その様子を見ていたグランは
「多分、誰も気付けないよ…。」
肩を落とすメルを元気付けた。
だが…。メルは許せなかった。
もしこれが悪意のある攻撃であった場合。
間違いなくカフエリとフエンは
危機的状況へと追い込まれる。
そんなメルの気持ちなど気にもしていない
アユム。
自らが立ち上げた部隊
『トロイの木馬』を作るきっかけについて
語る。
神ノボルは、愛した妻、仲間、友を暝砡の者の牙にかかり殺害される。
その怨み、憎悪は深く重い。
そしてアルメーリアの民にも
強き恨みを抱いていた。
何故ならば勝手に異世界から
召還し不当な扱いをしてきたからである。
ノボルやアユム達がアルメーリアに無理矢理、連れてこられた時代。
その時代は魔族と人間族が争う壮絶で凄惨な世界。
正に地獄の様な戦争と
争いの絶えぬ世界であった。
当時の獣人族と精霊族は、
どちらにも属さず。
魔族と人間族の不毛な争いを
何処か他人事の様に、俯瞰して見ていた。
そして当時の魔族は魔法という力を自在に
操り行使していた。
一方人間族は、魔法が使えぬ
代わりに道具を持ち魔族に戦いを挑む。
だが…。魔族の魔法は強大で
苦戦を強いられる人間族。
遂には人間族が住まう
最後の国ディロアへと魔族が迫る。
追い詰められた人間族は、
アルメーリアを創りし神。
『世界を創造せし者』に祈りを捧げる。
するとソノモノから『召還術』
を授けられる人間族。
召還術を行使すると幾人の異世界人『マレビト』を呼び出す事に成功する。
マレビト達は恩恵と呼ばれるギフト『能力』を与えられた。
そして…。
無理矢理に魔族との戦いへと
巻き込まれた。
何万人のマレビト達が魔族との戦いにより
傷付き、亡くなったのかわからない。
そしてマレビト達の奮戦により
人間族は盛り返し発展を遂げる。
魔族との激しい戦いで
生き残った者達は勇者と称えられ崇められた。
もう元の世界に戻れぬマレビト達は、
この世界アルメーリアで
生きる事に覚悟を決め
この世界の住人と結ばれた者達も多い。
サガワノボルもその一人であった。
そして当時ディロアの
第3王女の娘メリア・エルスタードと
激しい恋に堕ち、
サガワノボルは駆け落ち同然で
片田舎の静かな村にひっそりと暮らしていた。
それから数年後に息子グランが産まれる。
三人は幸せを肌で感じとり
噛み締めていた。
だが…。そんな幸せも長くは
続かなかった。
サガワノボルは何千何万もの
魔族の魂、命を刈り取ってきた勇者。
片田舎に住まうマレビトの噂を聞き付けた
魔族達は復讐の牙と爪がサガワノボルは勿論、その家族へと向けられる。
その数はなんと、およそ40万の軍勢。
魔族の雄叫びと黒くひしめく
その光景は絶望そのものであった。
しかし…。魔族達は大きな。
そして絶対的な間違いを犯す
それはノボルの実力と能力
『創造』の恐ろしさである。
なんとたった一人で、
いとも簡単に40万の軍勢を
蹴散らし壊滅させた。
それを好機と捉えた人間族の王は魔族を
とことん追い詰めた。
最北端『氷永の牢獄』へと
生き残った魔族達を追いやる。
氷永の牢獄は一年中ずっと
魂をも凍らせる程に激しい吹雪が吹き付ける。
生き物も草木も生えぬ死の大地である。
そこで魔族達はある選択を選ばされた。
人間族の奴隷。家畜としては生を与えられるか。
死の大地で誇り高く死を選ぶかである。
奴隷の道を選ぶ魔族達は人間族の凄まじく
醜悪な仕打ちに
絶望と未来永劫と続く地獄が
与えられる。
そのおぞましき人間族に嫌悪感を胸に抱く、マレビト達。
彼らは密かに魔族達の解放と
保護を望み行う。
その中にサガワノボルの名もあった。
マレビト達は正体を隠し奴隷解放を進める。
それをよしとせぬ人間族の王は
またアルメーリアを創りし神
『世界を創造せし者』に祈りを捧げる。
ソノモノから”従属の首輪”と
暝砡の魂を授けられる。
従属の首輪をはめられた者は
例外なく自由を奪われる。
その自由の中には命が尽きる事
魂の解放も含まれた。
そして強大な力を持つ暝砡の魂を使い人間族の王は、マレビト達を狩り奪う化物を産み出す。
人間族の王は自分達に
逆らうマレビト達に怒りと恐怖を覚え
異世界人狩りを始めた。
暝砡の力を持つ化物は
マレビトの能力を封じ奪う力を持つ。
次々とマレビト達は、暝砡の化物に捕えられ従属の首輪をつけられる。
それを拒む者達は、暝砡の者により魂を結晶化され神の供物として捧げられた。
追い込まれるマレビト達。
暝砡の化物はサガワノボルと
その家族にも牙を向ける。
だが…。例え能力を奪われても
ノボルは恐ろしく強く、暝砡の化物達を
退ける。
その強さは異常であった。
しかしノボルの強さには
当然のそして絶対の理由がある。
それは愛すべき家族を守る。
その確かな強き想いがノボル
を支え更に奮い起たせる。
ノボルの元へ様々な者達が集まりより強固となっていく。
人間族の王と暝砡の者は
卑劣で狡猾な罠をノボル達に
仕掛けた。
それは今まで沈黙をしていた
獣人族と精霊族を戦争に巻き込む事。
人間族の王は捕えたマレビト達に命じた。
獣人族と精霊族の住まう土地を襲い奪えと。
マレビトの圧倒的な力に手も足も出せぬ獣人族達と精霊族達。
人間族の王は二つの種族の者達を捕え従属の首輪を付けていく。
そしてマレビトに対して深く濁った憎しみと憎悪を燃やす獣人族と精霊族の民。
ノボル達が率いるマレビトが
収める国ランドへと助けを求め
潜入する。
そして…最もノボルが恐れていた事。
ノボルの愛すべき妻メリア・エルスタードが連れ去られる。
その時はまだ幼いグランも戦ったのだが顔に深い火傷と心に深い傷が刻まれた。
怒り狂うノボルは妻を探しやっとの事で
見つけるが遅かった。
従属の首輪を付けられた
妻メリアはおぞましき人間族に
弄ばれ、無残で悲痛な最後を遂げていた。
そこからノボルの何かが壊れ
新たな闇が生まれる。
妻を弄んだ人間族と連れ去った獣人族と
精霊族を惨殺する。
ノボルは人間族の王の姿と形
を愚かで穢らわしい化物へと変えた。
その化物の名前は『ゴブリン』
本能のままに奪い。本能のままに生き。
本能のままに破壊する。
人間族の王に対して最も残酷で皮肉を込めて選んだ化物の姿。
それからは自我を失った
人間族の王はアルメーリアの民が忌み嫌う者へと変わっていく。
主を失った暝砡の化物達にも異変が起きる。
それは自らに自我が目覚めた事。
彼らは今まで犯してきた罪に、苛まれ自らを
罰する様に形と記憶を変え人々の平穏を望む者も現れる。
平和を望む者は、アルメーリアに住まう民に同化して生き、そうでないものは神に忠誠を誓い継続的に魂を捧げ続けた。
そして…。
ノボルは何一つ信用せず
常に冷酷で狡猾な神となる。
アユムは静かに語る。
「ノボルは『世界を創造せし者』に復讐するつもりだよ。」
「その為ならこの世界の住人など、どうなっても良いと思っている。」
アユムの想いを皆に話す。
「これから神相手に反乱を起こす。」
「だからこそ…。強く信頼できる仲間が必要なんだ!」
今までの話を聞いていたメル。
アユムの語る言葉が重苦しい。
だが…。これだとある疑問が残る。
それはアユムが何故今この時にトロイの木馬という組織を作りノボルに反乱を起こそうとするのか。
それに、どうしても話を聞いていてノボルがそこまで悪とは思えない。
今までの話を聞いていたメルは、口を開く。
「アユムは何故ノボルを討つ?」
その問いかけに悩みながら答えを告げる。
「陽炎の町にいる住民達は…ノボルの犠牲になった者達だよ。」
「自分の能力『創造』が何処までできるのか…ただそれだけの実験の為にね。」
「メルは、パルていう子供の呪いを解いたでしょ。」
「アレは…。無理矢理、暝砡の血を継ぐ者を造り出そうとした実験の結果さ。」
アユムはノボルの隠された狂喜と狂気に満ちた事柄を口にする。
他にも生き血を飲まなければ生けれず
その本能に逆らえず同胞や家族を食い殺してしまった者。
壮絶な人体実験のせいで感情や感覚を失った者。
それらの最後の居場所がこの場所だと話す。
アユムは最後に語る。
「ノボルは神を殺す為に、自身を化物へと変えている。」
「止めるのが…。友として…の役目かな。」
いつもの笑顔だが何処か悲しげに映る。
そしてカフエリとフエン。
フグエルレンとグラン。
ユウトとミレイ。
黙々とお茶をたてているクリエラ。
各々複雑な心境でいた。
そのせいだろうか。
ユウトは興味本位で錬金術にて造り出した
惚れ薬の失敗作。
懐にしまっていた『魅惑の雫』が入っている小瓶をメルの目の前に落とし割ってしまう。
ほのかに香る危険な匂いを察知した
アユムとグランはすぐに
メルとユウトを囲む様に結界を張る。
魅惑の雫から漏れる匂いを吸い込むメルは、身体に熱く激しい渇きを覚え蹲る。
「あの…。メル…さん、大丈夫ですか?」
恐る恐るメルに近寄るユウト。
ユウトの顔を見てしまうメル。
メルの全身に雷が打たれたような衝撃が走る。
そして…。
今。メルとユウトは新たな扉を開けるか否かで必死に戦っていたのである。




