三章『漂流の果てに』オネガイ
耳の尖った者が笑い。
四つ足で素早くかける者は
黄色の円らな瞳が目立つ。
藍色の角を額に生やす者は左足を引きずる。
それらの者達はたわいの
無い事柄で口論となっていた。
「なぁ、空の雲て、どんな味かな?」
「雲なんて食べれないよ!バカだなぁ。」
平和故の喧騒が、心を穏やかにさせる。
陽炎の町は毎日、市場が開かれる。
そして様々な出店から聴こえる掛け声と何処からか、芳ばしい匂いがメル達の鼻先をくすぐる。
少し遠目で覗くフグエルレン。
こねた小麦の生地を平たくすると熱した鉄板の上で焼く。
焼ける音と共にまた小麦の甘い香りがほのかにすると、生地が茶色く…。ふっくらと膨らむ。
そして甘く煮たメナの豆を生地に焼いた生地に挟む。
「マレビト直伝ニホンのお菓子。」
「ドラヤキ出来上がったよ!」
「1個、銅貨1枚。」
フグエルレンとフエンがメル達の方へと何度も視線を送る。
ため息をしながら、カフエリは革の袋を開く。
銀貨八枚と銅貨二枚あった。
(う~ん…。)
首を横に降るカフエリ。
フエンとフグエルレンは悲しげにこちらへと戻ってくる。
メル達は陽炎の町の町長でも
あるアユムの屋敷へと向かう。
ドンッ!
無邪気に市場を掛け走る子供が前を見ずにメルにぶつかる。
黄色い円らな瞳がぱちくりとしている。
「すみません!コラ!マール。」
額に藍色の角を生やす魔族の子が、
脚を引きずりながらメルに謝る。
その子の瞳は誠実で真っ直ぐに
メルを見上げる。
目線を合わせ屈むメルは、
魔族の子と獣人族の子を笑顔を向け優しく撫でる。
「怪我は無いか?」
メルの見た目ははっきりいうと少し怖い。
身長180cmの大柄で鍛えあげられた無駄の無い肉体。
そして顔も細長く紅い瞳が鋭く光る。
蒼く長い髪も今では少し銀色に染まり風になびく度に光る。
服装も以前着ていたイノセントウルフの革をなめした胸当てとローブではない。
漆黒のマントとローブがメルに似合うとアユムが渡す。
その風体と放たれる空気が
魔王、そのものであった。
子供達はメルから伝えられた
優しき言葉と瞳に戸惑う。
(…これは…。)
魔族の子供から瘴気と嫌な気配を感じる。
メルは鼻をひくひくさせると
その元を突き止めた。
「少し、脚を見せてくれないか?」
真っ直ぐで純粋な瞳に映るメル。
小さく頷く魔族の子は、麻のチェニックを捲り左足をメルに見せた。
青紫色に腫れ膿んでいる。
普通の怪我ではない。
何故ならば青紫色の皮膚は
グニュグニュと蠢く。
何かが蠢く度に魔族の子は苦痛な表情を浮かべる。
だがいつもの事だと笑って話す。
(やはり…呪いか。)
メルは瞳を閉じ精神を左手へと集中させる。
『解呪魔法』
白き波動が青紫色の左足を
温かく包み込む。
それに呼応するかの様に、
青紫色の皮膚が徐々に
白き魔族の肌に戻っていく。
脚の痛みが消えた魔族の子は驚きと喜びのあまり頬が赤くなる。
「あなたは、神ですか?!」
思わず出た言葉。
「違うよ…。俺はメルだ。」
そう告げるとアユムの屋敷へ
歩みを進める。
感謝を述べ頭を下げる魔族の子の前を通りすぎ、
カフエリとフエンは何処か
誇らしげにメルの跡を付いて行く。
その様子を物陰で見ていた小さな石ころは
"ころころ"と転がりアユムの屋敷へと
向かって行く。
◆◆
『エルフの花園』とかかれた文字が一秒ごとに色が変わり発光する。
メル達は、まぶたを抑えチカチカする看板から目をそらす。
そしてミサキから教えられた
場所が本当にここなのか悩む。
煉瓦造りの建物から
お酒の甘ったるい香りが漂う。
そして酒場特有の
大人な雰囲気と昼間から
酒瓶を振り回し陽気に歌う男達。
メルとフエンは少し頭がくらくらする。
カフエリとフグエルレンは平気そうであったが…。
「おい…ここなのか本当に?」
「絶対違うよ!だって酒場でしょ。」
メルを疑う、カフエリとフグエルレン。
だがメルとフエンはもう
酒の匂いにやられ、フラフラしていた。
そこに新緑色のツルツルしたドレスを身に付けたエルフがこちらへと歩いて来る。
豊満な胸が暴力的に揺れる。
フエンの懐からパタパタと
飛びその胸に飛び込もうとする
小さき飛龍。
尾をつまみ止めるメル。
瞳をほそめ、何処か汚いものを見るように小さき、飛龍を睨むカフエリとフエン。
「アユム様から聞いております。」
「どうぞ、こちらへ…。」
エルフは、店の奥へとメル達を
誘う。
薄暗い店内。
そして見覚えのある扉。
マルビロで初めてアユムと
出会った時の事を考えていたメル。
地獄の修行を思い出したメルは、口角が上がる。
(ユウとメグラは元気かな…。)
メルは扉のノブを握り締め開けた。
ソファへ脚を組み座る、白いローブを纏う黒髪の青年。
「やぁ、迷わなかった?」
(えっ、誰?)
メル達は目の前にいる人物の
見当がつかない。
「アユムに呼ばれた。」
「君は、誰?」
メルは青年の瞳を真っ直ぐに
見つめる。
黒髪の青年は急に笑う。
「フフン。ごめん、ごめん。」
「これじゃ、分からないか。」
指で旋律をなぞる青年。
(バトルモード。勝負服をトレース。)
スパンコールの煌びやかな
ピンクのタキシードを身に纏う。
「あぁー!!アユム!」
メル達は、思わず叫ぶ。
ため息をするアユム。
「君達は、僕の何を見てたの?」
ピンクの派手な服。
そう言われて少し肩を落とすアユム。
「早く本題について、話し合った方が良いんじゃないかしら…。」
奥で様子を見ていたミサキ。
(全く…気配が無い。)
カフエリとフエンは身を低くし、警戒する。
アユムは嫌な空気になる前にと
手を叩く。
メガネをかけたエルフが金色の細く長い髪を揺らし何かを持って来る。
ガラスの器に彩りの良い果物がふんだんに
飾り付けされ、その上に白くふわふわした物が雪の様に乗せられる。
危険で甘美な香りがメル達の誘う。
「それは、パフェて言うんだ、食べてよ。」
それはアユムの膝の上に座る
眼鏡をかけた妖艶なエルフから
放たれている匂いなのか、
パフェから香る幸せの香りなのかわからない。
カフエリとフエンは幼き瞳を
輝かせメルに視線を送る。
笑みを浮かべ頷くメル。
パフェを一口食べたカフエリとフエンは、
その味と見た目に虜となる。
ミサキはクスッと笑うが二人は気付いていない。
メルは喜ぶ二人の姿を笑って見ていた。
その姿は父親のようであった。
視線をアユムに戻すメル。
ふと疑問に思った事を口にする。
「なぁ、アユム。マレビトは皆
エルフが好きなのか?」
「以前グランにも聞いたが、他にもエルフが好きな奴いたよな。」
それを聞いて憤慨するアユム
「はぁ…あんな、クズと一緒にしないでくれるかな…。」
「僕はエルフが好きなんじゃ
ないの!」
「大っ好きなの!」
耳をぴくっとさせるカフエリは
そそくさとメルの背後に隠れる。
その光景をみたミサキは後ろに降り向き、
肩を震わせる。
「違う、違うっ!僕が大好きなのは妖艶で魅力溢れるエルフ!」
「カフエリじゃないから。」
幼いとはいえ女の子であるカフエリ。
アユムの言葉が少し引っ掛かる。
「私が魅力、無いってこと!」
カフエリは口にクリームを付けて怒る。
ミサキは更に肩を震わせていた。
必死で弁明しているアユムが
滑稽に見えた。
フエンとフグエルレンは黙々とパフェに食らい付く。
メルは、カフエリの口についた
クリームを指で拭う。
ミサキが突然に口を開く。
「メル…思い出したの?」
「あぁ…ただ。俺が”何者なのか”だけは思い出せない。」
ミサキは、少しほっとしたのか
「そう…。良かった。」とだけ話す。
メルはアユムの方へ視線を戻す。
「アユム、要件は何だ?」
身をのりだしアユムは告げる。
「あぁ…そうだね。」
「単刀直入に言うよ。」
「メル達は、ここに住む?」
アユムはメル達の今後の身の振り方を想いを知りたかった。
「この子達を守りたい…。」
「アユムこの場所に住まわせて貰えないか?」
「俺だけは、ここを出て行くから頼む。」
メルは深々とアユムに頭を下げる。
「嫌だ!メルが出てくなら私達も出てく!!」
フエンとカフエリがメルに強くしがみつく。
アユムは深くため息をしていた。
「あのね…。皆住んでも良いようにするつもりだよ。」
「その為にメル…。僕達マレビトに力を貸して欲しい。」
「敵ではないと証明できれば、後は、僕がなんとかするから。」
メルはアユムを信じていた。
それにはマレビトに信頼される必要性がある事は理解していた。
カフエリはメルの膝の上に座り
フエンはメルの背中に張り付く。
だが…。メルはもう二人の
マレビトの命を奪っている。
「アユム…もうマレビトを二人倒した。」
「それでも…。どうにかなるのか?」
当然の疑問であり最大の問題でもある。
だがあっさりとその問題を
アユムに否定される。
フジサワとマイダは神の法を破った。
神の法とはノボルが作ったマレビトにのみ適用される法である。
その中の一つむやみに生命を奪ってはいけない。
であった。
襲って来た者に対しては適用されない。
それを背いた者は罪を償わなくてはならない。
つまり遅かれ早かれ二人は、
処刑されたと話す。
メルはノボルが完全な悪では無いのではないか。
そう感じていた。
メルは、カフエリとフエンを
見つめる。
「アユム。俺はマレビトの力になる。」
膝を叩くアユム。
「なら…。一週間後、一緒に神の首都”ランド”へ行くよ。」
メルは頷く。
「じゃあこれからは、友であり仲間だよメル。」
右手を差し出すアユム。
メルはその手を強く握り返した。
話を終えメル達は、自分達に
与えられた場所へ戻ろうとする。
カフエリ達は先に歩いて行く。
ミサキがそっとメルに駆け寄る。
「パルを助けてくれて、ありがとう…。」
「いつか、お礼をさせて。」
メルは何の事か理解出来ないでいた。
どうやら先ほど魔族の子は、
パルという名前でミサキが
開くガッコウという場所の
教え子らしい。
「お礼は、いらない。」
「救えて、良かった。」
笑顔で返すメル。
ミサキはそれを聞くとメルの
両手を優しく包む。
「お願い…自分を罰しないで…。」
「許してあげて、あなたはあなたよ…。」
それだけを、メルに伝えると
振り向き歩いて行く。
( 自分を許せ…。)
ミサキの姿がメルの産みの親
と何故か重なる。
心が少し痛むメルであった。
「早く!メル、一緒に帰ろ。」
途中でメルがいない事に
気づいたカフエリとフエン。
メルは「あぁ…。」と頷き
二人の小さく温かい手を握り締め帰って行くのである。
夕日に照らされる四つの影が何処か懐かしくそして悲しげに、映る。




