第84話 おっさん、勝つより嬉しい
「当ててみろよ」
「――ばっ!おいっ!!」
先に声を上げたのはトレーナーだった。
そしてライオも言われたことを理解すると、
「ふ・・・ざけやがって」
まあまあ、なぞってくれる。
何をかは知らんが。
ライオは怒りの表情で、へばっていたとは思えないようなキレで俺に渾身のストレートを打ってきた。
そして―――
「え?」
言ったのはライオ。
うん、ごめん、避けちゃった。
いや、ちゃんと当たって「効かねーな」するつもりだったよ?
でもライオの顔すんげーこわいんだもん。あとやっぱり痛いのは嫌だ。
えっとアレだ、サービス期間は終わったんだ。ってやつだ。
始まってすらいなかった気もするが。
避けないとは言ってないし。
うん、いつから避けないと錯覚していた?
文脈通り捉えるなら「(当てられるもんなら)当ててみろよ」だ。
当然避ける。
だがあの言葉には言ったやつは避けずに受けるだろうという共通認識がある気がする。
ライオやトレーナーの反応がまさにそうだったしな。
すごい言葉だ。
うん、ビビって避けただけです。ごめんなさい。
一通り言い訳と謝罪が脳内を駆け巡ったが、目の前には当てる気で打ったストレートを避けられた、無防備なライオの左頬。
これはスルーしたら傍から見ても舐めプ確定だ。八百長裁判は嫌だ。
俺は渾身のストレート(に見える速度)でグローブをライオの左頬に添えて思いっきり押した。
今までのジャブ同様、打撃の衝撃やダメージはないだろう。
それでも頭は揺れただろうし、スカされてバランス崩してるところを思いっきり押してるから、この試合初めてのダウンとなってしまった。
まあ、すぐ立つだろうと思って見ていたらどうも怪しい。
うまく立てないようだ。
子鹿ちゃんかよ、産まれたての。
足にくるほど脳は揺らしてないはずだが。
(疲労ですね。膝が笑うってやつです。ストレート打つ前で結構ギリギリでした。
あと多少は脳にもきてるようです)
状況を察したAIが教えてくれる。
じゃあ結構さっきのストレートは最後の力を振り絞って的な感じだったのか?
それをあっさり避けられてふっとばされて足にきたのか?
もうそんなギリギリの状態だったのか?
えっ?じゃあ、結構まずいんじゃ・・・
何がまずいって、おもっきしストレート入れられてダウンして、立とうとしたら膝ガックガク(疲労)なんてしてたら・・・
あっ、レフェリーが両手上げて開いたり閉じたり・・・
うん、そう判断しちゃうよね。
まだ全然10秒とかじゃないし、ファイティングポーズ取ろうとしてるが膝がずっとガックガクだ。
抗議してるみたいだが、ロープ掴みながら脚ガックガク。
説得力が・・・
結局判定は覆らなかった。
視線の先には悔しそうなライオ。
そりゃそうだ。疲れてるだけなのに続行不能判定されたんだから。しかもほぼノーダメなのに。
3ラウンド、2分38秒。TKO勝ち。
俺のプロデビュー戦は勝利で彩られた。
リング上、改めて試合結果が告げられると、右手を上げてリングを一周した。
その時会場にミヤとマヤを見つけることができた。
そういえばミヤマヤも呼んでたよな。こっちが視線を送ると2人と目が合い、手を振る。
え、マヤ泣いてない?
まあ後で聞くか。
いろいろ面倒だしまだペーペーだから、興奮してリング上がってこないでねとは言ってある。
あーゆーのはタイトル戦で奥さんやらガキンチョやらに応援されてるのをなんかドキュメンタリーっぽく構成しているから許されるんであって、ペーペーがいきなりやったらただの勘違い野郎だ。
おっと忘れるところだった。観客席の彼のお友達にもしっかりと対応しないと。
俺はにっこり笑顔で優しく手を振る。
なんか言いたそうだが、わなわなしたあと椅子を蹴って帰っていった。
態度悪いって。
うんうん、君たちの悔しそうな顔が見れて満足だ。
わなわなしてたよ。
あっはっは、わなわな。
本当にするんだ、わなわな。
はっはっはっはっは。
あー、声に出して笑いたい。
なんて溜飲を下げていると、トレーナーに声をかけられた。
「おう、ヒヤッとしたぞ。
さすがにあのガタイのやつのストレートは脅威だからな」
っ!!
まさか!まさかまさかまさか!!
ここでチャンスが来るとは。
興奮してはいけない。興奮して言い放つセリフではないのだ。
俺は努めて冷静に、心を落ち着かせて、トレーナーに応えた。
「当たらなければどうという事はないですよ」
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