第30話 おっさん、言えない
「いいから落ち着いてくれ。
座っていいかな、リック、とそっちの君も」
イケメンがトゥーヴァを落ち着かせてくれるが、なんかここに座ろうとしている。
「いいぞ、なぁシン」
リックはそう応えるが、俺としてはあんまり良くない。
早く烈焔のトゥーヴァ連れてどっか行ってくれよ。
とは言えないので俺も頷いておく。
イケメンと女子2人が、俺とリックが飲んでいたテーブルに座る。
烈焔のトゥーヴァもしぶしぶ座る。
「で、何を揉めてるんだ?トゥーヴァ」
「いや、コイツがよぉ」
「あぁ、待ってくれ。そういえば名乗ってなかったな。
俺はネツァリ。こっちはシールズとエライザだ。
よろしく」
また言いづらそうな・・・
シーフの女はシールズで魔法使いの女がエライザか。
「シンだ。よろしく」
「で、何を揉めてたんだ?」
トゥーヴァに言われる前に言っておくか。
「いや、揉めてるってわけじゃないんだが、俺がよくないんだ。
俺がツ・・・、彼の名前をうまく言えなくてな、気分を悪くさせてしまったんだ。すまない」
説明しつつトゥーヴァにも視線を向けて謝っておく。
イケメンもそうなのか?という感じでトゥーヴァに視線を送る。
「ああ、そうだな。
俺もちょっと言い方が強くなってたかもしれん。
すまなかった」
お、いい感じに収まりそうだぞ。
これがイケメンパワーか。
「ねぇ、トゥーヴァのことなんて呼んだの?」
と、シールズ(女シーフ)が蒸し返してくる。
勘弁してくれ。いい感じに収まりそうだったじゃねーか。
トゥーヴァの方を伺うと、
「別に言えねぇんならしょうがねぇ。
もう怒んねぇよ」
「・・・ツーバ」
シールズはトゥーヴァの方を見る。
トゥーヴァはなんとも言えない顔をしている。怒らないとは言ったがやはり不愉快なのだろう。
「あっはっはっはは!!ツーバ!?ツーバ!!あはははははは!!」
腹を抱えて大笑いしている。
俺の発音がどうというより、トゥーヴァがツーバ言われている事実が面白いって感じか。
見るとエライザもうつむいてプルプル震えている。
あ、ローブで分かりづらかったがこのおねーさん揺れる人だ。何がとは言わないが。
ごめんトゥーヴァ。
「あー、笑ったわ。
こんな面白かったの久しぶり。
ねぇ、私の名前は言える?シールズって」
「・・・シールズ。おかしくないか?」
恐る恐る言ってみる。
『ルズ』の部分に若干の滑舌が求められたから少し不安だ。
「大丈夫、ちゃんと言えてるよ。
よろしくね、シン。
ねぇエライザは言える?」
「・・・エライザ」
「大丈夫よ」
俺が言うとエライザ目元を拭きながら答えてくれる。
涙出るほど笑いこらえてたのか。
「ネツァリは?」
「ねちゃり」
場が凍った。
トゥーヴァのときの比ではない。
「え、ゴメン、もう1回」
とシールズが言うので、
「・・・ねちゃり。言えてないか?」
え、笑ってよ、シールズ。
見るとシールズもエライザもトゥーヴァも顔が引きつっている。
リックなんかは遠い目そして我関せずって感じで存在感を消している。
お前、『隠密』スキル生えんじゃねーか?ってくらい消えている。
ネツァリの方を見ると特に表情は変わらず、優しそうなイケメンのままだ。
確かに怒ってなさそうではあるんだが、表情は変わらずってのが、ヤバい。
表情が張り付いたまま微動だにしないのだ。不自然なほどに。
そしてそんな訳はないのだがなんか黒いモヤがネツァリからにじみ出ている気がする。
(なあ、俺が悪いのはそうなんだが、なんとかしてくれ。てか笑ってくれ)
シールズに小声で言ってみる。
シールズは、(ちょっとこれは笑えないわよ)と言いつつも、意を決した感じでネツァリに声を掛ける。
「大丈夫?シンも悪気ないからさ。ね?」
「ああ、大丈夫だ。シンも、別に気にしていないから変に気を使わないでくれ」
「わ、分かった。なんかすまん」
しょうがないじゃん。
50音に『トゥ』も『ヴァ』も『ツァ』も無いんだから。
『みゃみゅみょ』とか『ぴゃぴゅぴょ』はあるのにな。
「でもそっかー、私なんか呼びなれてるから全然だけど、呼びにくいのかもねー、トゥーヴァもねちゃ・・・
あれ?
ねちゃ、え?うそ?ねちゃ・・・ねちゃり、え?」
なんかシールズがねちゃねちゃいい出したぞ?
「おいおい、まさかねちゃりって言えなくなっちまったのか?ははは」
お前も言えてねーよ、烈焔のトゥーヴァ。
エライザも、「え、まさか?」と小声でねちゃねちゃねちゃり言っている。
え?
伝染るの?ねちゃり?
当のネツァリはやはり優しいイケメンのまま、しかしこめかみに浮いた血管がピクピクとしていた。
マジでごめんなさい。
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