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おやつ

作者: SSRG
掲載日:2025/03/26

すーっと紙の上を走るインクを止めた。

今日はこれくらいでいいか。


「うん。十分、新しいシルエットや影の入れ方を試した。だから今日はこれぐらいでいいかな」


朝から描いて外はまだ明るいまま。

外では鳥が元気に飛び回ってる。

なんということはないいつもの日常。


さて、今日はもういいから本でも読もうかな。

そうそうお菓子が棚にあったはず、お気に入りのチョコレートを口に運んで寝転がってしまおう。

うん。今日も甘くて美味しい。

「あっ友達のSNSの更新見に行かなきゃ。」


「魔法画家になって有名になるからパトロンになって!」と両親に直談判して、引きこもりになってはや数ヶ月。

未だ何も作品を完成させられていない。

未完成の下絵、ラフ、落書きが床に散乱するばかり。

練習した風景とかの絵だって丸めてゴミ箱に溜まり続けている。


使用人達はいるけれど、引きこもってる私に気遣って近寄らない。だから部屋に足の踏み場はない。

もちろんお貴族様の子どもだから綺麗なドレスとか装飾品はあるけど、しばらく使っていない。

同年代の子達と一緒ならお茶会に勤しんだり、仕事をしているところのはずなのだ。


馬鹿者にもあぐらを描いて布団に寝転がり、暖かい日差しを受けてぬくぬくとだらけている暇ではないのだ。本来なら。


「まただらけてるんですか?いい加減仕事をしてください」

「今日の分は終わったもん」

「もう17歳の女の子がもんとか言わないでください」


声もかけずにまた私の部屋に入ってきた。

いらないって言ったのに両親が私につけた専属侍女で乳姉妹だからって気安くしすぎなんじゃないだろうか。


「そういうあなたは仕事は」

「今してますよ、また綺麗な絵をこんなにしてしまって、整えますよ」

「いつもありがとうだけど、やらなくていいのに。」

「何言ってるんですか?芸術品は丁重に扱うのがこの国ですよ?」

「スラムでも同じこと言える?」

「それとこれとは別の話ですよ」


下手な反論をして、ああ言えばこう言う私に負けじと喋りかけてくれるし、私の絵のこと大切にしてくれるから悪い気はしない。それにあまり寄り付かれない私の部屋に来て唯一整えてくれるのは感謝しかない。

わずかな歩ける隙間とかも作ってくれてるし、

ただ小言が多いからちょっと苦手なんだよねぇ。


片付けがひと段落したのかこちらへ向き直った。


「先生さん?良かったらひとつ花の絵でも私に描いてもらえませんか?」

「ええ嫌だよ」

「練習だと思って描けばいいんじゃないですか」


「わかったよ」


仕方なしにイーゼルとキャンバスとを用意して準備していく。

練習ではよくやるから慣れたものだ。


彼女は私の絵が描かれている様子を見るために横に並んでくる。

それを気にせずに私は下絵から描き始める。


何度も線を書き直して何度も消していく。物の輪郭が浮き出てくる瞬間は楽しい。

やっと下絵ができたかと思うと、次は色を乗せていく。

何度も何度も何度も色を乗せていく。

ここら黄色か緑かオレンジか青かピンクか、色を選んでいくことが楽しい。

何度も何度も何度も乗せていく。

満足がいかない、綺麗にできない、下絵ではこんなはずはなかった。

じわじわと、描き直すたび、心に黒色が広がっていく。




外が暗くなり蝋燭に照らされるだけになった。

それに構わずに彼女はそばにいてずっと見ていてくれていた。

けれど、


「無理。だめ。できない。終わり。」


手応えがない。おかしい。こんなはずじゃない。

私はこんなのを描きたいんじゃない。もっと綺麗で、もっと迫力があって、もっと。


「ごめん。無理だよ。また今度。」


ため息をついて頭をふり、自身への失望に眉を顰めて、出そうになる涙を引っ込ませる。

ぱっと肩の力を抜いて、パレットと筆をカウンターにパタリとおく。

それから未完成の絵を破り捨てようとする。


「やめてください。そのまま、ダメなんかじゃないですよ。」

「でも完成してない」

「失礼ですね、未完成でも作品は作品なんですよ」


意味がわかんない。

未完成なら作品とは呼べないのに。


もう別のことをしよう。そうだ、おやつを食べよう。それがいい。

甘いものは全部忘れさせてくれて、満たされないお腹も満たしてくれる。


おやつの棚に手をかけたところでまた呼び止められた。


「遅れましたけどもう夕食の時間です。お菓子はおやめください。」

「わかったよ。」


不満げに唇を尖らせて返事をする。

唸りそうなお腹を抑えて食堂に向かう。

両親ともにいつも早いから今日も今日とて1人ご飯だ。




明るく照らされる食事はどれも美味しい。最高だ。ありがたい。

満足に食事を終わらせて自室に戻る。

腹も満たされたし今日はもう寝よう。

明日こそは両親達に作品を見せられるといいんだけど。




また今日が始まる。

朝日を身に受けて早速また絵を描き始める。

それもまた練習だ。


「お嬢様、絵は描かないと上達しませんよ」

「だから描いてるじゃん」


今日の練習が終わったら、また来た。

小言大好きお姉さんかな?


「違います。描き切るということです。」

「だから描いてて」

「それは描き切るとは言えません」


とんだ言葉だ。いつも未完成でも作品は作品だとか言っていた彼女がおかしなことを言う。

食べかけていたお菓子を落としちゃったから慌ててまた口に放り込む。甘い。


「あなたが言うなら作品は毎日作ってるじゃん」

「ええ、私からしたらどれも素敵な作品ですよ。けれど違いますよね。世間から見たらあなたはただの引きこもりですよ。絵を描いていません。」

「知ってるって。だからいい作品を作るために、練習として描いてるんだよ。」

「いいえ、あなたはちゃんと理解していません。」


「してるって!だから絵の教本だって何冊も読んだ。真似して描いて、お父様にもお母様にも友達にもみんなに褒めてもらってるんだよ!」

「しかし、一つの作品を、世間に公表できる作品を作っていないでしょう。なぜ作らないのですか、ここまで綺麗なのに。作るべきだとわかっているでしょう?なのになぜ知らないふりをするんですか?」


「うるさいうるさいうるさい!そんなことわかってる!」

「わかってません!!」

「わかってるってっ言ってる!!!」


鼻につんとくるものを抑えて、自分の主張を変えずに反論する。

ほんとにわかってるのに。今がダメなことくらい。


「わかっていません。」

「であるなら練習していると嘯くことをやめなさい。

それは練習ではなく落書き。さして本番の絵も描かず、練習をしたから今日はこのぐらいでいいだろうなどと言うだけではダメです。」

「それに、なんですかこの本の山は。本当に練習をしていたんですか?大部分の時間は本を読むことに夢中になっていたでしょう?あなたは練習をしていません。馬鹿者です。」


一つ大きなため息をついた。

ここまで一息で言い切ったのだ。ぶつけられる感情に思わず涙が引っ込んでしまった。

しかも図星をつかれてしまった。本を読んでSNSにかまけていることを。何も反論ができない。


「ちょっと絵を描いたくらいで練習なんて言わないでください。1日最低8時間ほど描いてから言いなさい。

あなたのやる気はそんなものだったんですか?

自身の未来を賭けてご主人様たちに楯突いた先がこの有様なんですか?」


「ちがう」

「なら示してください。目の前で、今から、絵を一枚描きあげてください。絵を完成させることから逃げないでください。それは卑怯者のやることです。」

「上手くなくてもお嬢様の絵は立派な作品の一つなんですよ」


食い気味な返答に面食らう。

優しさが力強くこもった瞳に私が留められる。

彼女の激励に怯えと動揺に包まれる。


答えなくては、いけないのだろう。

ここまで言われて黙っているだけではいられない。

私はそんなに言われるほど卑怯者でも弱いものでもないのだから。


目を閉じて一つ息を吐ききり、新たな空気を静かに吸い上げる。

再び目を開けて彼女の瞳を一瞥すると、途端に私は作業に取り掛かる。少しの悔しさと怒りとやる気を一緒に。


所在なさげに立てかけられていた、イーゼルとキャンバスを出番だとばかりに手に取った。今度は本番だ。

お気に入りの筆とパレットを待ち、何度か握って感覚を確かめる。

大丈夫。描けるはずだ。そのはずだ。


下絵のための木炭をキャンバスに載せようとするところで止まる。


いつも描き上げようとして描いているつもりだ。

昨日だってそうだ。けれどうまくいかなかった。

それはなぜ。

私自身のやる気と言われればそれまでだが、やる気なんていつでもある。でも描けなかった。

それがいけなかったんだ。恐らく。


うまくやろうとして失敗したんだ。

馬鹿げた話。


自分自身を鼻で笑って下絵を描き始めていく。


両親に直談判してから失敗しないようにと教本を取り寄せ、教師を雇い学んできた。

けれどいつも完成まではいかなかった。

周りは素敵な作品だというが、私は納得がいかなかった。上手くないからだ。


下絵を終わらせて色を載せていく。

いつもより進みが早い。


上手くなくていい、彼女が激励してくれたんだ。それに応えたい。なら、上手い絵を描くことをやめよう。

作品なんてうまければ上手いほどいい。

けど今は、上手さは二の次で、彼女のために作品を一つ作り上げることだけを考えるんだ。

描き切らなければ絵は上達しないと深く教えてくれた彼女のために。


さっきの下絵だって満足いかない、今している着彩だって初めに色を乗せるところを間違えた。

ただ完成させなくてはいけない。いつかではなく。

今応援してくれた彼女のために。


筆に力がこもって考えもしないほどに発色がよくなってしまった。

けれどもう終わりでいい。


「できた。終わり。かん、せい。だよ?」


昼から夜まで。昨日と時間は変わらないモチーフも変わらない、絵のうまさも変わらない。なんなら今日の方が酷い。

けれど完成させた。完成だと告げた。

大衆に見せられるものだと、息を切らせながらもそう宣言したんだ。


彼女の言葉を待つ。ガッカリされたらどうしようと不安になる。いつも褒めてくれる彼女に限ってないだろうが、どうしても怯えてしまう。


「とても、とても美しいですね」

「よくがんばりました。とても素敵な作品ですよ。あなたの初めての作品ですね。」


そういって彼女は手早く額に収めてくれた。


「用意早くない?」

「何を言ってるんですか、画家が魂込めて最後まで完成させた作品はすぐに額に入れなければ、その魂がどこかに行ってしまうじゃないですか」

「あ、そういえばあったね。」

「絵を描くきっかけがこれだったって、たくさん話してたじゃないですか、何忘れてるんですか?」


そういえばそうだった。

全然完成まで描かないから忘れていた。


呆けて達成感に寝転んだ私は思い出した。

子供の頃に見た画家たちの展覧会で、生き生きとしている絵たちを見て私は憧れたんだ。

日を受けてたなびく草花、水の中を華々しく泳ぐ魚たち、風圧凄まじく空を舞う龍。

全てにときめきを覚えて描き始めたんだ。


懐かしさが湧き上がり涙が出そうになる。

それに今気がついたが、私が完成に怯えていたのは動かなければどうしようなど考えていたからもあったのかもしれない。

今更気がつくなんておかしいが。

それに気がつけたのは、きっかけを思い出したのは背中を押してくれた彼女のおかげだな。


処理は終わったのか、額に入れてもらった絵を見る。

そこには月光を受けて凛と咲く赤いアネモネが静かに揺れていた。

よかった。完成できたんだ。本当に、良かった。


「もう夕食ですけど、おやつでもいかがです?」

「食べるー」

「はい、どうぞ」


おやつの棚から渡してきた、甘いやつだと意気揚々と口に入れると少ししょっぱい。


「しっかりと描いた後の方がおやつも格別でしたでしょう?」

「えぇー、甘ったるいくらいが美味しいよー」


完成した興奮を隠しながら、ウキウキとおやつの時間を楽しんだ。メイドの彼女も心なしか喜んでるような気がする。

塩味のきいたおやつも悪くないな。

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