最終話/三十三話・ペダルを漕ぐ
秀一は実の母、早田千賀子を失い、祖母と慕っていた久保隅咲江も失った。親友で異母兄弟の正美の行方は知れずだったが陽子と紗智といった新しい絆が産まれ、癒えない傷口はそのままに、痛みを隠す方法だけを覚えていった。
秀一はどこかからの圧力で、久保隅咲江の遺棄事件については立件されず、不起訴処分となった。理由は公開されていない。その背後に亡き咲江自身の思惑があったのは明らかだった。自身が亡くなってから、起こりうる負の事件を予想していたのか。
秀一の咲江に対する想い、愛情は収斂することはなかったが咲江がそこまでお金そのものに執着を見せたのかはわからずじまいだった。正美と同様、秀一は本当の母親から愛情を一身に受けてきたわけではない。咲江との時間は本当の母親との時間と言ってもいいと、秀一はなお強く思っている。
一人になると血のつながりとは何なのかを改めて考える。自分の血肉を分け与えて誕生させてくれた存在ではあるもの、親の定義はそこまでだ。育ててくれる存在、それこそが親と呼ぶ対象なのだろうと、秀一は改めて思った。
正美も同じだったと感じることが多い。今でも正美に向けて、Zユーブの限定公開で動画をアップしている。正美に向けたものだ。先日はボカロPのコンテストで奨励賞を獲った。自身のチャンネルでも公開したが、まぁなかなか再生数も伸びず、コメントも十件にも満たないほどだ。賞を取っても、それが世の中で受け入れられるものかどうかとは別物だし、本来聴いて欲しい人に聴いてもらえればそれだけで満足だ。といっても、裏腹に再生数が伸びると嬉しい。
正美が作った【夕暮れに笑う】をリメイクしてアップした。
“細くまっすぐな川沿いを、手をつないで歩く。小さな手と大きな手、古びた橋の間から見える夕焼けと聞こえる電車の音。カレーのにおいがいつもしていた”
―――サビのフレーズが古めかしい、懐かしい、レトロ、オジサンみたい、ホントはオジサン?昭和感草、そんなコメントばかりだ。正美の耳に届いて欲しい、そして今何をしているのか無事でいて欲しい。自分のために、自分の犯した罪は償ってほしい。自分と正美が犯した罪、咲江さんの遺言を信じて、河川敷に遺棄したこと。咲江さんはどう思っているのか。僕たちの愚行を。あのとき何が何でも止めなければならかった。正美が実の子だからと言って、咲江さんと血縁ではないからと言って、何を遠慮すべきだったのだろう。そんなことよりも、正美を引っぱたいてでもいいから、ダメだと言わなければならなかった。
咲江さんとは血のつながり以上のものがあったはずだ。騙されると隠されるとは違うことぐらいわかっている。騙されてきたのではない、ただその事実と真実が複雑であるために隠されてきたのだ。
ただそれだけのことだ。そしてそれは、まぎれもない愛だとわかっている。あの時もわかっていた。正美に咲江さんを奪われたことで、その想いは屈折していった。捻じ曲がった。ずっと後悔しながら、咲江さんを弔い続けなければならないのだろう。――
秀一のスマホにコメントの通知が届いた。
《サビのところ、やっぱりいいな》
正美だ。秀一は慌ててコメントにリプする。
《だろ、お前が作った曲だからな》
秀一は自転車に乗り、ペダルを踏みしめ漕いだ。あてもなくゆらゆらと進む自転車は、その先に正美が待っているようでもあった。
(おわり)




