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パンとサーカスと、自転車に乗って  作者: 常に移動する点P


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第二十八話・自首と真相

 杉浦杏子は離婚後、親権を握った。夫の岩城島から半ば強引に奪い取った形だった。息子の勝一は、学生時代は杉浦姓を名乗っていたが、成人してからは、家庭裁判所に受理され父方の岩城島を名乗っていた。その後、勝一は二十歳近く歳の離れた千賀子と出会った。ちょうど千賀子が久保隅家の養女となった頃だった。千賀子と勝一の間に秀一が産まれたものの、離婚を機にどちらともが親権のなすり合いをした。見かねた咲江が秀一を引き取った。ここまでは、響木が調査してくれた。

 登場人物の名前がコロコロと変わる。誰が誰なのか時系列で整理しないと混乱するぞと葉狩が言った通りだった。桜井は久保隅咲江を中心に人物相関図を書き、そこに一ツ橋要や杉浦杏子、中田陽子と川村紗智、重野英子と正美を加えた。交通渋滞だ、動機がよくわからない殺人事件ばかりだ。杉浦は咲江を恐喝していたというが、証拠はない。仮に恐喝していたとして、一ツ橋に殺害までさせたのはどうしてだ?一ツ橋には、脅せとだけ言っていたのではないだろうか。自分たちは思い違いをしているのではないか、と桜井は頭を掻きむしりながら自分の中から湧き出る疑問と戦っていた。

「失礼します」

 秀一たちが帰った会議室に一人残る桜井に葉狩がドアをノックして入室してきた。

「桜井、さっき鑑識から連絡があったんだが、杉浦杏子が轢かれたとされる現場、ブレーキ痕があった」

「ブレーキ、そりゃ一ツ橋は止まろうとしたってことか」

「あぁ、轢き逃げなら躊躇はしないはずだ」

 葉狩はブレーキ痕の写真を桜井に見せながら言った。訊いた桜井は眉をひそめた。

「ブレーキ痕が薄い、長い」

「気づいたか。お前もバイクに乗るからわかるだろ、これはブレーキが故障している」

 一ツ橋のバイクはいわゆる原付スクーターだ。ブレーキパッドが摩耗している。一ツ橋が購入したバイク店に確認したところ、半年前の購入らしい。半年で原付のブレーキパッドが摩耗するとは考えにくい。誰かが、意図的にブレーキパッドを摩耗させた。取り換えたのか、桜井は事故後持ち込まれた滋賀のプレジャーボート修理店に電話をした。店主がついに吐いた。押上が二度ほど店に出向き、店主に任意の取り調べを要求するとチラつかせていたようだった。押上は何も言わなかった。押上にしても、響木にしても、桜井は葉狩の部下の頼もしさを改めて感じていた。

《あのバイク、ブレーキパッドを古いものと交換して欲しいと言われまして。理由は聞けませんでした》

「誰が、店にバイクを持ってきたんですか?」

《一ツ橋要と言いましたが、事件でみた亡くなった方とはまるで違いました。すらっとした若い男といいますか》

 若い男、それが捜査を混乱させていたのだ。辻誠、杉浦勝一、岩城島勝一は同一人物だ。年齢は四十三歳、決して若くない。なんなら一ツ橋よりも年上だ。だが、この男のルックスが年相応ではない。アイドルグループを脱退したら皆四十前後だが、それくらいの常識とは違う見た目だった。イケメンという意味ではない、若く見えるということなのだ。


「いまから、メールを送りますから。写真見てもらえますか?」

 桜井はプレジャーボート修理店店主に岩城島勝一の写真を送った。押上が葬儀場にあった防犯用のテープを借り、引き延ばして作ったものだった。

《そうです、この男です。ブレーキパッドを劣化させて欲しいといって持ってきました。それで、今度はしばらくしたらライトが壊れてフロント部分が変形した同じ原付を持ってきて、明日までに修理して欲しいと言われて気味が悪くて、断りました。実際に部品も足りませんでしたし》

 葉狩はスピーカー状態になっている桜井の電話内容を録音し、証拠用として音声データを響木宛てに送った。電話を切ったあと、葉狩は興奮気味に会議室の真新しいデスクを叩いた。桜井は本部長にこれまでの経過報告を行った。即日、岩城島勝一に逮捕状が裁判所より発付された。虫の知らせを受けてか、身の危険を感じてか、東治宇署の受付に岩城島勝一と名乗る人物がバイクの窃盗で自首してきた。急転直下とはこのことだ、葉狩は桜井ともに岩城島の取り調べを任された。記録係は響木だった。読みどおり、岩城島勝一は杉浦杏子の実子で、父の苗字に戻す前は杉浦勝一だった。辻誠というのは、中学生時代に中の良かった辻村誠太郎という友人から名前を拝借したということだった。


 岩城島勝一は取調室で開口一番に言った。

「私は、一ツ橋要を殺害していません。もちろん、早田千賀子というホームレスの事件にも関わっていません」

 新聞の小さな記事だったホームレス女性殺害事件。早田千賀子が殺害されたことは、おっかけ記事で出たが、それもまた小さな記事だった。岩城島がどうして知っているのか。桜井はまずそこを攻め落とそうと決めた。

「全部話しません?岩城島さん。そうでないと、あなた自首してきた意味がないですよ」

 桜井は簡単な駆け引きを始めた。葉狩は横で桜井を眺めながら、ほんの数日で取り調べがうまくなったじゃないかと茶化しそうになったが、やめておいた。響木のタイピング音がリズミカルに取調室に反響する。

「岩城島さん、あなた杉浦杏子さんの息子さんってことは、轢き逃げ犯を恨んでた。だから一ツ橋さんを殺害した。リベンジ、復讐ってやつですよね。道理が通ります。いかがですか?」

 岩城島は自分から蜘蛛の巣に飛び込んできたバカな蛾だ。喰われるしかない場所に自殺行為だが、ビクビクと隠れて逃げ生きるくらいなら喰われて死にたいとでも思ったのか。いや違う。バイクの窃盗を自白することで、命ばかりは助かろうとしたのだ。つまり、母を殺害し、加害者の一ツ橋を殺害し、さらに黒幕とも思われていた早田千賀子になりすましていた久保隅咲江をも殺害した犯人に、岩城島は怯えているのだ。見えないにしても、その犯人の輪郭は知っているのだ。


 岩城島は、この一連の事件の真相を知っている。桜井の確信はより強いものとなった。葉狩がその直後に気づいた“久保隅咲江が再び早田千賀子になりすまし、ホームレスに身を落としてまで逃げようとしたのは、今の名前では生きてはいけないから”ではないかと。岩城島のように命の危険を感じたのだ。警察に相談することすらできない。つまり、犯人は、久保隅咲江の手口を真似ている。入れ替わり、なりすます。一緒に暮らしてきた家族にさえわからないほどの。


 重野正美が理由不明なまま長期入院をしている。保険金詐欺、入院費詐欺。医師や看護師までが協力して、虚偽の長期入院に加担している。詐病だ。久保隅秀一が高校を退学し、夜間高校に通っている。いかにも、久保隅秀一らしく生きている。だが、成績が特段悪いわけでもない。そのまま通学していればいいものを。高校を退学して夜間高校に通ったのは?


“今までの自分を知っている人がいないところで生活をしたかったから?”


 久保隅秀一はZユーブでボカロPとして名を成したい。Zユーブでは久保隅龍一として名前を変えている。見落としていた。重野正美を葉狩は一度も見ていない。実在するはずの、入院しているはずの重野正美を見ていない。思い違いの何かがここにあったのかとわかった。


 そもそも、重野正美とは誰なのかはっきりと理解していない。母のACOこと重野英子の話をうのみにしていた。自分自身も、桜井も。


「岩城島さん、あなたが恐れている人物は、久保隅龍一ですね。息子の久保隅秀一ではなく、久保隅龍一」


 葉狩が桜井を制して、前のめりに詰め寄った。岩城島の顔が曇る。久々に訊いた我が子の名前と、その名に近い久保隅龍一の名前。重野正美こと、久保隅龍一のことを恐れているのですね、と葉狩が言うと響木のタイピングがピタッと止まった。桜井が同様を隠せないまま、捜査の主導権が葉狩に移った。


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