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パンとサーカスと、自転車に乗って  作者: 常に移動する点P


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第二十七話・名もなき父親

 桜井は城陽市のアパートでの聞き取りはこれ以上できないと踏み、その後久保隅秀一は留置所に身柄を拘束された。久保隅秀一は思いのほか元気だった。


 久保隅秀一による誘拐事件は被害者がいないという、つまりは狂言誘拐のようなものだった。警察の本音は事情聴取をそこそこにして、おかえり願いたいというところだったが、立て続けに起こっている連鎖的な殺人事件との関連が見えてきた以上、この誘拐事件による取調べはいい口実になった。

 といっても取調室では形式上問題があるということで、桜井が利用している会議室を使っての聞き取りということになった。それ以上に久保隅秀一は祖母を失くしている。もしかしたら、実母なのかもしれないが。

「秀一君は、実のお母さんから離れて、咲江さんと暮らすようになったのはいつ?」

「たしか、三歳の頃だったと思います。保育所に入る前だったのは覚えています。というか、おばあちゃんがいつも言ってたから」

「お母さんとお父さんの記憶はあるのかな?」

 桜井が丁寧に聞き取りをしている。葉狩は桜井の隣に、響木はいつもの通り記録係だった。

「遅れてすみません」

 シンクロした声、少し年の離れた姉妹に見える中田陽子と川村紗智が遅れてやってきた。陽子は祖母を亡くした久保隅秀一の身元引受人として、名乗り出ていた。

「揃いましたね、いま始めたところです」

 桜井は陽子と紗智に言うと、秀一への質問を続けた。

「咲江さんが秀一君のお母さんじゃないかと私は考えているのですが、その可能性はないですか?」

 桜井は今日訊きたい核心をいきなり突いた。質問の仕方が唐突だと、葉狩は響木に目をやった。葉狩と同じ想いのようで、響木も苦い顔をしている。

「咲江さんが、僕のお母さん?そんなことはありません。咲江さんとお母さんが一緒に居るところの記憶があります。お父さんのことははっきり覚えていないけど」

 咲江=秀一の母というのは流石に無理筋かと桜井は自分の仮説を取り下げた。三歳児の記憶とはいえ、自分の祖母と母を混同することはないだろう。響木が珍しく、おぉ、と中声をあげた。

「なに?どうした?響木」

「いや、いま届きました。葛城さんに急がせたもんで、戸籍謄本。秀一君のお母さんわかりましたよ。咲江さんじゃありません。え、これは」

 響木が絶句した。葉狩が響木のパソコンを見る。葉狩の表情が曇る。

「これは、隠しても仕方のない情報だから、言います」

 葉狩は続けた。

「秀一君のお母さんは、ソウダチカコです。久保隅千賀子となっています。養女、咲江さんの養女になっています。年はほとんどかわらないですが」

「そのソウダチカコ、えっとややこしい久保隅千賀子の配偶者は?」

「この配偶者は、岩城島勝一とあります。岩城島、珍しい苗字ですね」

 響木が岩城島の前科を調べたが、ヒットしなかった。

 岩城島勝一という男性と久保隅家に養女として迎えられた、咲子と瓜二つの千賀子。勝一と千賀子の間に、秀一が産まれた。ほどなく別れた二人、育児放棄された後引き取ったのが祖母の咲江。祖母の咲江は、夫の林原を婿に迎えて、久保隅姓を名乗らせた。××■〇教団の開祖でもある。

 杉浦杏子の殺害を一ツ橋要に命じたのが誰か?

 一ツ橋要を殺害したのは誰か?何かの口封じか?

 久保隅咲江はホームレスの姿になって逃げるほど恐怖し、誰に殺害されたのか?

 陽子がそぉっと手を挙げた。

「私、杉浦さんと咲江さんと勤め先が一緒で、この写真で咲江さんのことゆすってたんじゃないかって」

 陽子はスマホをテーブルに置いて、紗智が重野正美と映った画像を見せた。

「これがなんの?」

 桜井は要点がわからない。葉狩も同じだった。

「これは、紗智さんと重野正美という男の子の写真です。正美君は秀一君の中学の同級生だった」

 陽子は続けた。

「正美君を誘拐して、紗智さんに面倒みさせていたのが咲江さんらしいの。その時はソウダチカコと名乗ってたって」

「じゃぁその誘拐事件をネタにゆすって、杉浦杏子さんは殺害されたと?」

「証拠も何もないですが」

 陽子はスマホを閉じてバッグにしまった。

「一ツ橋は、咲江さんに頼まれて杉浦さんを殺害した。ということですね」

 葉狩が割って入り、続けた。

「一ツ橋は咲江さんが主宰する××■〇教団の信者でしたから。身元引受人になってもらった手前、なんでも言うことは従うということでしょうね。こちらも証拠はありませんが」

「じゃぁ、一ツ橋さんを殺害したのは?」

 陽子が言った。

「その流れで言うと、咲江さんになりますが。気になるのが、その写真はどうやって手に入れたんですか?」

 葉狩の問いに、陽子は杉浦の葬儀で辻誠という男のバッグにあったものをカメラで撮影したと説明した。

「辻誠、照会できてるよね?」

 桜井は昨日、陽子の口から出てきた杉浦の息子らしき人物であり、アタッシュケースを運ぶ不審な男“辻誠”の調査を響木に命じていた。響木は葛城にもお願いして、周辺情報を集めていた。

「はい、辻誠という男ではありませんが、杉浦杏子の戸籍からは、息子の名前が杉浦勝一という人物が。存命中です。四十三歳です」

「勝一?岩城島勝一、秀一君の父親と下の名前は同じだな。偶然か?」

 辻誠、杉浦杏子の葬儀に息子と称して現れた人物。実の息子の名は杉浦勝一か。名前が複雑に絡み合う。

「杉浦勝一は、杉浦が離婚後、父親の姓を名乗っていますね。それが…岩城島です」

 響木は葛城を使うのが署内で一番だ。葛城は深いところまでモグラを潜ませている。徹底した調査網に、戸籍以上の情報を叩くのは容易だった。いわゆる、署内のハッカーのような存在だ。

「岩城島勝一が辻誠だとすると、咲江は義理の息子に殺されたということになるな」

 葉狩はそう言うとすぐに後悔した。秀一が憔悴しきっているのを見落としていた。当事者だ、祖母が殺害され、母と思わしき人物は病院で病死し、別れた父は祖母を殺害した容疑者だ。


「もう、この辺にしていただいてもいいでしょうか。秀一君、大丈夫?」

 陽子が秀一に寄り添う。

「は、い。ちょっと疲れました」


 桜井は三人を帰して、辻誠こと岩城島勝一の捜査を指示した。葉狩と響木は二課から借りだされたまま、正式に桜井の指揮下に入ることとなった。


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