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パンとサーカスと、自転車に乗って  作者: 常に移動する点P


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第二十五話・防犯登録と誘拐事件


 葉狩と響木、押上は久保隅咲江の住む山科区の自宅へと向かった。駅前は飲食店でにぎわっている。夕方にもなると飲み屋を目指して歩く学生やサラリーマンが多く、人気のもつ鍋店は相変わらず長蛇の列だった。京都の住宅街エリアでもひときわに活気のある駅前を抜けると、閑静な住宅街だ。響木はスマホ片手に久保隅咲江の自宅を目指した。築年数は三十年ほどといったところか、久保隅と表札を見つけた。縦書きの昔ながらの表札だった。洗濯物は干されておらず、玄関の門扉は閉じられていた。押上はインターフォンを鳴らした。反応はない。

「留守ですかね」押上は三度ほど鳴らしたあとに、同意を求めるように訊いてきた。

「お孫さんがいるはずですよ」

 響木はそう言うと、玄関の扉をノックした。

「久保隅さん、いらっしゃいますか?」

 ガレージはあるが車があるようには見えない。駐車スペースに自転車が一台置かれている。響木は自転車の防犯登録番号を照会に出した。すぐに照会の返事が返って来た。久保隅秀一、住所は山科区のこの家ではなかった。城陽市と宇治市の境にある、小さなアパートだった。

「どういうことですかね?」

「前の住所じゃないのか?」

 葉狩はポストの状態を確認していた。郵便物は溜まっていない。

「前の住所ですか?」

 押上は間の抜けたオウム返しをした。

「久保隅咲江と住んでからは引っ越しもしてませんし、この自転車の防犯登録がされたのは、え?変更されています。最初の登録は三年前。そのあと、二カ月前に城陽市の住所に変わっています」

「引っ越しして自転車の防犯登録を変えるってこと自体珍しいな」

 葉狩は自転車後輪の泥除けをじっと見ていた。

「引っ越しもしていないでしょうし。久保隅秀一が借りたアパートでしょうか?」

「未成年が借りられるかな?」

「無理ですよね」

 押上が即答した。葉狩はじっと久保隅の家に誰かいないか目を凝らしているが人の気配は感じられない。

「一旦、城陽市のアパートに行ってみよう。久保隅秀一から話が聞けるかもしれない」

 葉狩はそう言うと、山科駅方面に向かって歩き出した。

「葉狩さん、桜井課長が警察車両でこちらに向かっているようです」

 流石、桜井だ、行動と判断が早い。葉狩は桜井が指定する駅外れのコンビニの駐車場で待ち合わせをした。

「押上は残業続きだし、家もここから近いんだから、今日はもう帰れ。響木は付いて来い、帰りは桜井に送ってもらえ」

 葉狩のデリカシーのないところは、流石に鈍感な押上でもアウトだと感じるところだったが、敢えて触れずに響木に軽い引継ぎをして自宅へと帰って行った。


 桜井と車中では、久保隅秀一の自転車の防犯登録が更新され、城陽市のアパートに変わっていることを伝えた。桜井も久保隅秀一については調査していたところで、その生い立ちに疑問を持っていた。

「この、久保隅秀一ってのは、咲江の孫なんだよな?」

 桜井が助手席の響木に問いかけた。業務用の口ぶりだ。

「はい、孫のようですが」

「ようですが?」

 葉狩が食いついた。

「咲江の娘が離婚後、ネグレクトになり、咲江が秀一を引き取ったということになっていますが」

 響木は手持ちの資料にはない、別紙資料をバッグから取り出した。

「いますが?」

 葉狩がイライラしながら訊いた。響木は小出しに情報を出す。それがいい時もあれば、悪い時もある、葉狩は自分の語気が強くなっていることを感じていた。

「ええ、娘の存在が見当たりません。戸籍を取り寄せているところなのですが、おそらく、秀一は咲江の実子なのではと」

「おいおい、咲江は記録だと六十五歳だろ?秀一は今年十八歳だから、四十七歳の時の子か?」

 葉狩は何もわかってはいない。四十七歳であっても、妊娠する可能性はある。響木の表情が曇るのを運転席の桜井は見逃さなかった。

「じゃぁ父親は誰なんだ?」

「一ツ橋の内縁の妻と称して、咲江は身元引受人になったんだろ?一ツ橋じゃないのか?」

 葉狩がぶっきらぼうに言った。

「だとしたら、一ツ橋は三十八歳で亡くなったから、二十歳のときに咲江と付き合ってたってことだな」

 桜井が右にウィンカーを出し、細い道へと入っていった。なくはない、むしろあり得る。だが、この家族構成がわかったからといって、杉浦杏子、一ツ橋要、早田千賀子の殺害に絡んでいるのが久保隅咲江だというのは短絡的だ。なにせ、動機が見当たらない。複雑に絡み合う人間関係のなかにただ咲江がいるだけだ。証拠にも何にもならない。


 狭い駐車場に車を停め、響木は東治宇署に連絡を入れた。辛うじでオートロックのあるアパートだった。三階建てで、大学生たちの下宿用として使われているのか、自転車置き場はロードバイクが多かった。いわゆるママチャリは一台しかなかった。ファミリーやカップルで住んでいる人は少ないのだろう。洗濯物は干されおらず、部屋干しなのかそれとも週末にまとめて洗濯するのか、生活感がない。

 あらかじめ呼んでいた大家にエントランスキーを預かり、防犯登録にあった二〇一号室をノックした。賃借人の名義は久保隅咲江だった。

「東治宇警察です。久保隅さん、お話があります。開けてください」

 桜井がドアを叩き、響木が呼びかけた。万が一ドアが急に空いても、桜井が対峙する。府内の柔道大会で体重別だが六十六キロ級で二位の実力者だ。ドンドンと二度ドアを叩く。ノックではない。桜井の焦りを葉狩は感じ取っていた。その時だった、ドアがゆっくりと開いた。ドア越しに出てきたのは、久保隅秀一、その後ろには誘拐されたはずの中田陽子と川村紗智が立っていた。


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