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パンとサーカスと、自転車に乗って  作者: 常に移動する点P


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第十九話・詐欺事件と誘拐事件の交差

 押上が捜査一課に呼ばれたのは、偶然ではなかった。二人の女性が誘拐されたのだ。一人は川村紗智(三十九歳)・独身・劇団どよめきの森劇団員・カラオケボックス歌うた声こえクラブ勤務・京都市在住。もう一人は、中田陽子(五十二歳)・シングルマザー・パート社員・室田クリーンサービス勤務・東治宇高校定時制課程に通う学生・京都市在住。

 一課の桜井が押上を呼びつけた。詐欺事件を追いかけている押上を一課の課長、桜井が呼びつけたのだ。下っ端の押上をわざわざ呼びつけるのは異例だった。桜井は葉狩と同期で、葉狩の方が先に刑事部に異動になった。葉狩は一課を希望したものの、その冷静な分析力を買われて二課の詐欺事件まわりを担当することとなった。一ツ橋の捜査に関しては、轢き逃げ殺人事件ということもあり本来は一課担当だが一ツ橋の前科が詐欺まみれだったことを受けて、葉狩が捜査の主導を強引に奪い取ったのだ。

 一課が別件の殺人事件を追いかけていた都合、桜井はどうぞどうぞという形で、葉狩に一ツ橋の事件を押し付けたつもりでいる。

 同じフロアの奥まった席に桜井がペンをクルクルと回しながら、相関図を眺めていた。交通安全運動の備品のボールペンをバトントワリングのように指から指へとクルクルと回す。ぼんやりと見ている押上に、桜井は気づいた。

「おぉ、押上。呼びつけて悪かったな」

「いえ、桜井課長。で、どのようなご用件でしょうか?」

「いやな、押上が追いかけていた詐欺事件ってアレだろ。宗教団体を装った詐欺団体の献金ってやつだろ」

 昼行燈と呼ばれている桜井は、会議室を予約しては昼寝しているような男だ。昇進から遠いと思われがちだが、未解決事件は課長に昇進してからの三年間ひとつもない。

「はい、チンケな詐欺事件ですが、枝葉が多くて。首謀者までの逮捕にはこぎつけましたが、弁護士役の男が見つからずでして。今回、葉狩さんが追いかけていた一ツ橋要の轢き逃げ事件がピタッとハマったというか、現場の指紋と筆跡から間違いないところまで確認できています」

「その、葉狩に押し付けた、いやもとい、葉狩に頼んだバイク轢き逃げ事件の容疑者が、押上の追いかけていた弁護士役の詐欺師と同一人物だということだよな」

「はい、その絵図のとおりです」

「絵図なんていうなよ。俺たちは自分の思い描いた捜査の結果に到達するために、なぞっているわけじゃないんだ」

 押上はすみません、と頭を下げると同時に桜井の表情を上目遣いで確認した。桜井も背は高い方だが、百九十センチほどある押上からすると、小さい。頭を下げると、百七十五センチの桜井がちょうどいい高さで見上げられる。

「それで、今回二人の女性が誘拐されたわけなんだが、どうも釈然としなくてな」

「といいますと?」

 押上は太鼓持ちのように、気持ちのいい合いの手を入れた。

「いやな、犯人が二人をさらったという犯行声明は送られてきたんだ。ビデオ映像と一緒に」

 桜井はSDカードを半透明のプラスティックケースに入れた。

「それ、証拠品ですか?」

「馬鹿言うなよ、これはその動画を俺がこっそりコピーしたもんだよ」

 桜井は押上にSDカードを渡した。押上は冷たい桜井の右手に、まったくといっていいほど体温を感じ取れなかった。蛇かなにか、爬虫類のような変温動物の気味悪さを感じ取った。

「これは?」

「川村紗智と中田陽子の監禁された動画だ。場所はわからんが、地下室なんかじゃなくて比較的どこか明るい場所だ。壁と床しか見えないから、断定はできんが貸し会議室みたいな場所にだな。壁の奥に四つ口のコンセントがかすかに見えるだろ。個人宅じゃこれはない」

「いや、どうして僕にこれを」

 押上の狼狽する姿は桜井にとって予想通りだった。

「この二人の情報、押上が追いかけていた詐欺事件との関係性を探って欲しい」

 桜井はタバコが吸いたげに、口さみしそうにフリスキーのタブレットから二粒取り出し手のひらから一気に口に放り込んだ。

「なんだかさぁ、この動画、映像的に凝ってる気がするんだよ」

「凝ってる?」

 動画が桜井のパソコンで再生された。川村紗智と中田陽子が両手を後ろ手にされている。中田陽子には悲壮感が全く感じられない。というか、悲壮感を演じているようにも見える。川村紗智はリアクションがやや大きく見える。舞台俳優ということと関係するのか?押上は二分ほどの動画を観て率直に思った。カメラワークが滑らかで、撮影者は目線ではなく、腰の上あたりにカメラを据えて撮影しているように見えた。

「あぁ、このカメラワークがどうも素人臭いんだが映像をかじっているヤツというか」

 桜井も同じことを考えていた、と押上は観察眼の鋭さに葉狩と同じものを感じ取っていた。

「映像をかじっている者が撮影したと」

「あぁ、でな。この中田陽子の息子が大学生で、映画制作サークルに所属しているらしい」

 中田翔太・龍正館大学二回生・映像研究会所属。龍正館の映画研究会といえば学生ながら分業体制で映画を制作するサークル。学友会にも認可されている。映画研究会は公認団体の部だが、映像研究科はサークルという違いがある。間違えて入部するものも多いが、実は中田翔太の所属する映像研究会の方が学生フィルムフェスティバルでも多くの入賞作品がある。中田陽子・川村紗智の自作自演による狂言誘拐・中田翔太が関与しているという見立ては少々強引だが、母を誘拐された翔太には可能な限り協力してもらわねばならない。すでに一課に人間は貼りついているらしいが、犯人からの要求はなく、ただそのSDカードが中田家に送られてきた。

 差出人は不明、バイク便の形を取っていた。


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