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パンとサーカスと、自転車に乗って  作者: 常に移動する点P


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第十話・中田陽子の小さな決意

 秀一は陽子の待つコミュニケーションルームへと急いでいた。一度すっぽかした、二度は無い。あの日、秀一が陽子との約束を守れず、夜学に一週間も行けなかったのは、シンプルな理由だった。シンプルすぎて、誰にも話す気がしなかった。入院していた正美が危篤状態だったからだ。正美の母英子から報せを受け、病院に駆け付けた時には正美は正美だったが、正美ではなかった。どんなに声をかけても、音楽を聞かせても、作った歌詞を歌ってみても、反応はなかった。一週間近く病院に通い詰め、正美は一命をとりとめた。体中にチューブをつながれたその姿は、生きているというよりも、生かされていると言う方が正しかった。

 正美からの暗号、解読したと陽子からの連絡を受けたものの、危篤状態の正美を目の前にしてその暗号は正美を復活させるものではないし、今更と言う気持ちで連絡すらできなかった。そこから、少しは陽子も連絡を試みてくれたようだったが、返信する気にならなかった。学校も休んだ。

 一週間も引きこもっていると、咲江さんも心配してくるものだが、三日もすると好きになさいと言う感じで半ばドライだった。

 親子ではなく、祖母と孫の関係は血縁であってもどこか他人でもあるのだとよく感じる。昼間に祖母を訪ねてくる人が何人もいたことに驚いた。祖母にその話をすると、翌日からピタリと止んだ。確か以前、バイトしているお弁当屋の隣のビルが火事になり、その日は休みになったことがある。とんだとばっちり、バイト代は生命線だから本当に困る、と言った話をするつもりで昼間の家に戻ると、自宅の前をウロウロする集団の女性たちがいた。どうしたのか?と聞くと、慌てて逃げるように去っていった。祖母に聴こうかと思っていたが、以前にもリビングに知らない人たちを集めて話をしていたり、喫茶店で見知らぬ男と現金のやり取りをしていたのも見たことがある。秀一はどこか咲江への不信感というか、言葉にもならないこわさを感じていた。怖さでもなく、恐さでもなく、こわさだった。漢字が見当たらない、そんな感じだ。

 コミュニケーションルームには陽子しかいなかった。売店の営業は終了しており、自販機だけが煌々と電気を放っていた。

「すみません、連絡できていなくて」

 秀一の開口一番の言葉はお詫びだった。

「いいの、いいの。理由は聞かない。それよりも、暗号のこと。翔太が、あ、ウチの息子が解いたのよ」

「どういう意味でした?」

 秀一は息をのんだ。

「ポケベルって昔あったのね、その文字コードってのに当てはめると解読できたの。

25=こ

95=ろ

31=さ

94=れ

35=そ

13=う

って解読できると、陽子は秀一に伝えた。

「ころされそう…」

「これって何なの?」

「友人が僕に宛てたメッセージです」

「その子、殺されそうなの?」

「先週、死にかけました」

「え?」

 陽子は言葉を失った。

「二年近く前に事故にあって、そのまま入院している友達がいるんです。僕に歌詞を作れって、音源を提供した友達なんですけど。そもそも、学校の友達で」

 陽子は頷いて聴いた。

「正美っていうんですけど、正美先週、危篤になっちゃって。でも助かったんですけど。交通事故にあって、もう治ってるのに退院できなくて」

「その彼から、渡された曲順が暗号になってたってわけね」

 陽子は秀一をじっと見た。目を合わせない秀一に何か不安の根源のようなものが隠れていると感じた。

「直接、正美からは暗号だ、と渡されたわけでもなくて。僕がこの数字の並びに違和感を感じてっやつで。正美、最近じゃぁあんまり会話もうまくできてなくて」

「実際に殺されそうになっているのかしら」

 陽子は率直な疑問をぶつけた。

「誰にってのがわからないですし、確かに交通事故の犯人は見つかってないですから。そのことを言っているのか」

「警察に相談するの?」

「こんなよもやま話、警察は動いてくれませんよ。正美のこと知ってる共通の友人がいるんです、その人に相談してみます」

 陽子は少し突き放された気がした。仕方ない、付き合いはまだ浅いし、年齢は親子ほど離れている。


 コミュニケーションルームに見回りの先生が来た。

「おいおい、二人とも、もうすぐ授業が始まりますよ。おぉ、久保隅、久しぶりじゃないか」

「あぁ、先生、すみませんでした。遅れた分取り戻します」

 陽子の中で何か引っかかる違和感がキレイに流れ落ちた感じがした。喉の小骨が取れたみたいな。

「ねぇ、秀一君って、苗字は、久保隅だったっけ?」

「はい、久保隅ですよ。どうかしました?」

 二人は早足で教室へと向かう。

「お母さんの名前って?」

「母はいないんです、代わりに祖母の咲江さんが僕を育ててくれています」

「サキエさん?」

「はい、咲江です。どうかしました?」

「ううん、珍しい苗字だなって。知り合いに同じ苗字の人いるんだけど、身内かなって思って。違ったみたい」

 陽子は咄嗟にウソをついた。何か嫌な予感がしていたからだ。この前辞めたクボさんは、秀一くんの身内か。妙なつながりに、暗号を解くヒントがあるのでは、と陽子は思った。だからこそ、まだ何かを知らせるべきじゃないと思った。せっかく解いた暗号も、これ以上秀一が相談してくれそうにはない。

 陽子は自分で正美のこと、秀一のこと、咲江のことを調べようと決めた。


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