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転生理系のマジレス異世界無双  作者: 修論仮面
実験①「化学反応を利用したドラゴン討伐法の提案」
2/10

貴様の面の皮は文庫本でできているのか?

 ランタノイド王国、都市郊外。

 緑豊かな山間部にて、男は空を見上げていた。


「あの女……次会ったら喉奥に青酸カリ突っ込んで殺す……」


 そんなセレンへの恨み節と共に幕を上げた、理系男の異世界ライフ。そのスタート地点となったのは、人口数百人程度の小さな村であった。木々に囲まれ、古風の民家が碁盤目状に規則正しく並べられている集落の風景は、どこか現代日本の過疎地域を思わせる。


「やれやれ、本当に別世界に来てしまったらしい。実に非論理的な現象だ。頭が痛くなってくる」


 村の中心部、少々円形に開けた広場にて仁王立ちし、悪態をつくメガネの男。

 ゴブリン、スライム、オーク、エトセトラエトセトラ。数多の種族が蔓延る異世界にて、白衣を風になびかせる。魔法の世界でも変わらず理系スタイルを崩さないその姿は、完全に世界観を無視していた。違和感バリバリである。明らかに一人だけ浮いている。


 そして──


「じゃ、邪龍が出たわよ! みんな、逃げてっ!!」


 ──あまりに早すぎるタイミングで、男は二度目の死の危機に瀕することとなった。


「ちょ、ちょっと! そこの変な服着た一般人! アンタも一緒に逃げなさいってば!!」


 なんと。よりにもよって計助が降り立ったのは、まさに邪龍に襲われてる最中の集落だったのである。セレンが勢いに任せて、雑に行き先を設定した結果だ。


 なお、人々が混乱している中で転生を果たしたため、現地人は誰一人としとて、計助が突然現れたことに気づいていない。「誰だアイツ!?」「あんなヤツ居たっけ!?」と、偶然村の中に変な服のヤツが居た、みたいな認識になっている。


「って、聞いてんの!? 早く逃げなさいって言ってんのよ!!」


 民族衣装を彷彿とさせる色彩豊かな衣服を身に纏い、悲鳴混じりに逃げ惑う異世界人たち。そのうちの一人、金色の長髪をなびかせる少女は、必死に計助に声を掛けている。


 単独で邪龍と戦闘を行っていたのだろう。服のあちこちが破け、身体は傷だらけになっている。既に満身創痍といった様子だ。


「誰なんだ貴様は。初対面の女から命令されてハイハイ首を縦に振るわけがなかろう」

「なっ!? ア、アタシのこと知らないの!? アタシ、一応国王直属の戦士なんだけど!?」

「知らんもんは知らん。他人から信用を得たいのならまず名乗れ」

「ああ、もう! 分かったわよ! クロムよ! クロム・リード! 龍人族最強の女戦士! 里帰りしに来たら、たまたま邪龍に出くわして今に至るの! これでいいかしら!?」


 クロム・リード。少女はその華奢な見た目に反し、国王に仕える戦士であった。集落が邪龍から襲われている場面にクロムが偶然遭遇し、計助はちょうどそのタイミングで転生してきてしまったわけである。


「貴様、よく自分で自分のことを最強などと言えたものだな。それにしては傷だらけのようだが」

「ったく、ホント無礼な男ね!? だから、逃げろって言ってんの! アイツはアタシでも勝てる相手じゃないの! 貧弱なアンタはアタシが時間稼ぎしてるうちに逃げるしかないってことなの!」

「? 貴様、何を言っている。あの巨大生物、ほとんど航空機と変わらんスピードで飛行しているではないか。つまり、時速三百キロほどで飛んでいることになる。いくら貴様が時間を稼ごうと、運動神経皆無の俺が逃げきれるわけがなかろう」

「いや何言ってんのよアンタ!?」


 邪龍。漆黒の鱗に覆われ、縦横無尽に空を飛び回るドラゴンの一種である。その巨体は五十メートルを優に超え、目につくモノ全てを火の息吹・ファイアブレスで焼き払う凶暴性を持っている。


 まさに、この世界における最強種の一角──


「だから。逃げても無駄だと言っているのだ」


 ──それを目にした計助は、冷静に状況分析した結果、己の命を諦めていた。


「クソ。もう知らん」


 というか、奇想天外の展開続きでヤケになっていた。


『って、ちょっと計助! いきなり諦めてんじゃないわよ!!』


 そんな折、計助の脳内に覚えのある声が響き渡る。


「その声は……セレンか」


 無論、声の主は女神であった。


「もう面倒だから、どういう原理で俺に声を届けてるのかは聞かん。貴様に言いたいのは一つだけだ。俺をさっさと次元の狭間に戻せ。生き返った瞬間死にかけるとか意味分からん」


 気だるげに、虚空へ呟く計助。「わ、私は忠告したからね!」体力の限界を迎えたクロムは吐き捨てるように言い残すと、集落から離脱。村に取り残されたのは彼女の時間稼ぎ中に逃げきれなかった老人と子供、そして計助のみとなった。


 天高く飛び立っていた邪龍は飛行高度を下げ、徐々に家屋を焼き尽くしていく。


『申し訳ないけど、命ある人間は次元の狭間に立ち入れないわ。計助はもう生き返ってる。その要求は聞き入れられない』

「だったら、どうしろと言うのだ。今は運よく邪龍の視界に入っていないようだが、焼き殺されるのは時間の問題であろう」

『だから、私が天界からこうしてテレパシー送ってんのよ。……半ば無理やり転生させといて放置っていうのも、あんまりだと思って』

「その雑な仕事が生んだ結果が、このザマというわけか」

『う、うるさいわね! 悪かったと思ってるわよ! 反省してるわよ! だから、こうしてアフターケアしてるんじゃない!!』


 まさか転生早々にラスボス級に出くわすとは思っていなかったセレンである。


「なるほどな。だが生憎、アフターケアは無用だ。聞くところによると、ヤツはこの国の戦士ですら歯が立たない相手らしい。こんなの、どう考えてもゲームオーバーだろう。人間、諦めが肝心という言葉もある。やはり二度目の生など、あってはならなかったのだ。胡蝶の夢だと思って、甘んじて死を受け入れよう」


 胡蝶の夢。現実と夢の区別は明確でなく、人生は儚いものだというたとえ。計助は中国の思想になぞらえ、自分の生を刹那的なものとして諦める、と。天に向けて、そう告げた。


『……なによ、それ』


 ──しかしセレンは、「はいそうですか」と、首を縦に振るような女神ではなかった。


『確かに、アンタが言ってることは正しいわよ。ただの人間が、一人で邪龍に立ち向かえるわけなんてない。状況は絶望的よ。アンタの分析は、なにも間違っちゃいないわ』


 遥か彼方から、女神は力強く主張を続ける。


『でも……そんなの、正しいだけじゃない。結局、それで何かが変わるっていうの? メラビアンの法則? エヴェレットの多世界解釈? 胡蝶の夢? ハッ、なによそれ。耳障りが良い言葉を並べて、空っぽの理屈を振りかざしてるだけじゃない』


 口を真一文字に結び、微動だにすることもなく女神の言葉を聞き入れる計助。

 眼前では、なおも邪龍による暴挙が繰り広げられている。


「ぐすっ……お母さん、怖いよぉ……!」

「しっ! 静かにしてるの! このまま隠れて気づかれないようにしてれば、きっと王国の魔法兵が助けに来てくれるから……!」


 逃げ遅れた村民たちは家屋の陰に身を潜め、小刻みに全身を震わせている。なすすべもなく、無力に助けを願うのみといった様相だ。


 やがて劫火は輪を描くように拡大し、完全に集落を覆い尽くしてしまった。

 もう逃げ場は、どこにもない。


『……ねぇ、計助? アンタはこの光景を見ても、さっきと同じことが言えるの? この世界にだって、必死に今を生きている人たちが居る。どんな世界の人間だって、当たり前の明日が来ることを願って懸命に生きてるの。そして……それはアンタも、同じだったはずでしょう?』


 女神セレンは、知っていた。次元の狭間に流れ着くのは、強烈な未練を抱く人間のみであることを。理想の未来を追い求める清らかな心を持っている人間のみが、女神の元に辿り着けることを。


 ゆえにセレンは、信じたのである。


 この男の善性を。

 そして、その奥に眠る熱い情動を。


『理不尽に未来を失う苦しみは、誰よりもアンタが分かっているはずでしょう? だったら……せめて、目の前で明日を奪われそうになってる人たちを救う心くらい、見せてくれてもいいじゃない! どうせもう一回死ぬと思うんだったら、せめて人間らしく最後まであがいてみてもいいじゃない! みっともなくたっていいわよ! それがきっと──一瞬でも、あなたがその世界に居た証になるわよ!』


 理屈で物を語る男に対し、女神はあえて感情論を説いた。無策ではなく、確かな意図をもって、セレンは計助に思いの丈をぶつけたのである。


 なぜなら。


「まったく。黙って聞いているからといって、人様の脳内でキンキンうるさく喋るな。頭が痛くなってくる」


 薬師寺計助とは、感情論にとことん歯向かう理屈人間である。ゆえに、その反骨心を煽ることで、セレンは計助に行動を促そうとしたのであった。


「しかし貴様、本当に支離滅裂だな。大体、半強制的に俺を異世界に飛ばしたのは貴様だろう。確かに、俺には夢があるとは言った。だが、転生に同意した覚えは無い。俺を納得させるに足るエビデンスを用意せず、説明を放棄した貴様の方にこそ問題があるのではないか?」

『うっ、そ、それは、そうかもだけどぉ……』

「挙句、異世界に来てみれば、目の前には空飛ぶわ火吹くわの珍妙な巨大生物。村は大炎上。男どもは我先にと逃げ去り、女子供は泣き叫ばないよう必死に身体を震わせている。こちとら、ただでさえ一度死んだばかりなのだぞ? だのに、またしても死の危機ときた。こんなもの、もう笑って諦めるしかなかろう。どうだ? そうは思わないか?」

『あ、いや、それは、そのぅ……』

「やれやれ。よくもまあ、この状況で『異世界人を救う気概を見せろ』などと虫が良いことが言えたものだ。貴様の面の皮は文庫本でできているのか? 厚過ぎるにも程があろう」

『え、ちょっ、そこまで言わなくてもよくない!?』


 反論される想定ではあったが、よもやここまでボコボコにされるとは思っていなかったセレンである。


「まあ、しかし、そうだな。貴様の言い分が全て間違っている、というわけでもないのかもしれない」

『へ? そ、それは、どういう?』

「……だから。言っただろう。別に俺は、感情が無い機械というわけでもない、と。ただ少し、表情筋の動きが鈍いだけなのだ。この惨状を見て無感情でいられるほど、まだ人として終わっていない」


 泰然自若。あくまで、口調は冷静に。


「フッ、確かに貴様の言う通りだ。ただ正しいだけのものに、価値なんてありやしないな」


 しかし計助は確かに、静かな闘志を燃やし始める。


「知っているだけの知識など、ゴミ同然だ。持っているだけの才能など、宝の持ち腐れに過ぎない。手にあるものは、使わなければ意味が無いというのにな」


 自省するように。しかし軽快に、男は己を嘲笑う。


「ああ。なぜ俺は、そんな簡単なことも忘れていたのだろうな。難しい言葉を使って、正しいことを言ってみた気になったところで、何も生まれやしない──今俺が為すべきは、知識、思考力、持っているもの全てを使って、生存確率をコンマ一%でも上げることだけだというのに」


 それは何も、計助に限った話ではない。ただの一般論であった。

 誰であろうと、どこにいようと。結局のところ、人間にとって最善の選択とは、『生』にしがみつくことである。生きていれば必ず何かが為せるとは限らないが、少なくとも、死んでしまっては何もできやしない。至極当然の話だ。


 だったら、呆然と立ち尽くしたまま、抵抗もなく命を手放すなんてもったいない。せめて全力で、生き残る努力くらいはしてみよう──そんなセレンの想いが、ようやく計助に伝わった瞬間であった。


「礼を言おう、女神セレン。貴様のおかげで目が覚めた。危うく何もできずに二回死ぬだけの愚か者になるところだったな。……いいだろう。貴様の言う通り、人間らしく最後まであがいてやる」

『あら、急にやる気になったわね。遅いわよ、まったく。ホント、よく分かんない人間ね?』

「うるさい。そもそも人間自体がよく分からん生物なのだ。文句があるならアダムとイブに言え」


 悪態をつき、やれやれと落ち着きを取り戻す女神。

 人類の始祖たちを名指しつつ、あくまで自分はノーマルだと主張する偏屈男。

 変わらず二人の相性は、良いとは言えないのだろう。


「さあ知恵を貸せ、女神。貴様の仕事は俺のアフターケアなのだろう? ならば、策くらいは用意してるのだろうな?」

『ふっふん、当ったり前じゃない。女神、ナめんじゃないわよ?』


 しかし正反対の二人は、徐々に呼吸を合わせていく。


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