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転生理系のマジレス異世界無双  作者: 修論仮面
プロローグ
1/10

時空超越的な魂の転置 ※これを〝異世界転生〟と定義する

 次元の狭間。それは現世で理不尽に死を迎えた人間たちが集う領域であり、『かわいそうだから』と、女神が死者たちへ救済を与える空間である。


 壁も無く、天井も無く、ただ一面に白が広がる領域。ある意味で生と死の境界とも言える狭間に流れ着いた者たちは、女神から与えられた『来世の選択』を、自らの意志で決めることができるのだ。


 要するに、『ちょっと死に方が悲惨だったよね。だったらせめて、来世で良い人生送らせてあげよう!』的なノリで女神が死者を転生させる、みたいな場所である。


「次元の狭間へようこそ、薬師寺計助さん。この度はお悔やみ申し上げます。実験中に起きた爆発による事故死というのは、大変未練が残る人生だったでしょう」


 そして本日も例に漏れず、女神セレンの元には死者の魂が流れ着いていた。

 

 空間に溶け込むような純白のドレス。川のせせらぎを思わせる、鮮やかなブルーのロングヘアー。まさに〝女神然〟とした容姿とふるまいで、彼女は彼、薬師寺計助を迎え入れる。


「ですが、無念に死した貴方には、『来世』の選択権があります。死した過去を取り戻すことはできませんが、貴方が手に入れるはずだった未来を、どうぞ御自身の意思で選んでください」


 口を噤み、感情の色を見せることもなく、話に耳を傾ける計助。

 やはり、人生の終わりを迎えたショックが未だぬぐえないのだろうか。セレンは同情を強めながら、言葉を紡いでいく。


「選択肢は二つあります。一つ目は、薬師寺計助としての人生を完全に終了し、新たな命に生まれかわること。なんと! こっちを選んだ場合は、女神特典として『理想のスペック』を進呈いたします! 大金持ちの家に生まれたい、イケメンに生まれたい、突出した才能が欲しい、などなど……理想の自分に生まれ変わることを、お約束いたしましょう!」

「ふむ、なるほど。いいぞ、続けろ」

「へ? あー、は、はい……」


 突然口を開いた計助に対し、セレンは少し驚いた。

 なんなら、今、ちょっと上から目線じゃなかった? と、多少の違和感も抱いた。


 ……まあ、気のせいだろう。己に言い聞かせつつ、セレンは会話を続けていく。


「え、えっと、二つ目は現在の記憶を保持したまま、全く新しい世界で第二の人生を送ることです。いわゆる、異世界転生というものですね。こっちを選んだ場合は、強力な能力を持った状態で転生することができます。『俺つえー!』って、楽しい生活を送ることができると思いますよ!」

「……」


 あ、あれ、今度は反応が薄いわね?

 セレンの男への違和感が、徐々に強まっていく。


「あ、えっと、私からは以上になります。というわけで、薬師寺さんには一つ好きな方を選んで欲しいわけなんですけど……」


 おそるおそる、男へ選択を求めるセレン。簡潔ではあるが、突拍子もない話だ。計助の不可解なリアクションも相まって、説明を理解してもらえたかどうか、不安になっていた。


「ふむ、なるほど」


 しかし、薬師寺計助は聡明な男であった。少ない言葉から、冷静に事の経緯を理解する。論理的思考に関しては、この男の得意領分だ。セレンの説明も、瞬時に飲み込んだ。


 ……が、セレンはまだ気づいていなかった。


「なんだ、その珍妙な話は。貴様、もしや宗教勧誘の類をしているわけではなかろうな?」


 この男が、とんでもなく面倒な人間であることに。


「へ? しゅ、宗教勧誘?」

「いや、そうとしか思えんだろう。やれ女神特典だの、新しい世界だの、異世界転生だの、能力だの……貴様、先ほどからトンチキで奇天烈な話をするばかりではないか。定義が曖昧な言葉を並べ、話には欠片も現実性が無い。これが宗教勧誘でないのなら、一体なんだというのだ?」

「え、いや、私女神なんだけど……どっちかというと人々から信仰される側なんですけど……」


 神なのに、宗教勧誘を疑われる。セレンにとって、初めての体験である。

 というか、この状況そのものがセレンにとって初めてだった。


「そもそも貴様は何者なんだ?」


 相手の話を一切信じることもなく、質問ばかりを繰り返し。


「人に話を信じてもらいたいのなら、それなりのエビデンスなりソースなりを用意することから始めた方が良いのではないか?」


 話の筋を通せと、ついにはいちゃもんをつけはじめ。


「大体、話し合いの場でドレスはないだろう。メラビアンの法則によれば、人の第一印象はほとんど視覚情報で決まる。派手な恰好よりはスーツ等を着用した方が信憑性は向上するぞ?」


 挙句、メガネをクイっと持ち上げながら、よくわからない横文字でダメ出しをしてくる。


 現実性重視。曖昧さを許容せず、具体性を求める。納得する根拠が無い限り、絶対に話を信じない。


 すなわち──


「貴様、もう少し論理的に話した方が良いのではないか?」


 ──この男、ゴリゴリの理系であった。


「ああああ! もうっ! うるさいうるさいうるさぁーい!! さっきから、グチグチグチグチと! 一体なんなのよアンタ!? 何様のつもり!?」


 結果、セレンは女神として取り繕うのをやめた。


「大体、服装がおかしいのはアンタだって一緒でしょ!? なんで白衣着て次元の狭間に来てんのよ!! 初めて見たわよ!!」

「白衣は俺の身体の一部だ。何があろうと一生脱がん」

「いや、アンタもう死んでんのよ」


 薬師寺計助、享年二十一歳。所属、九帝大学ケミカルマテリアル研究室。

 男は生前、学生研究員であった。


「くぅ、このパターンは初めてね……どうしたものか……」


 眉間に皺を寄せ、頭を抱えるセレン。それもそのはず、一般的には憧れの象徴とも言える転生を断られるなど、全く想定していなかったのである。

 しかし女神の役割は、次元の狭間に流れ着いた者を例外なく転生させること。セレンは何があろうと、この理系男を説得しなければならなかった。


「えっと……アンタ、自分が死んだって自覚はあるわけ?」

「まあ、状況的には死んだと考えるのが妥当なのだろうな。おそらく、俺が巻き込まれたのは粉塵爆発だろう。実験中にガスバーナーを着火した瞬間、実験室ごとドカン。それが最後の記憶だ。生還している可能性は薄い」


 理路整然と、己の最期を語る計助。悲しさ、悔しさ。その類の感情を一切見せることなく、淡々と言葉を零すのみであった。落ち込んでいる様子は見られない。


 しかし、セレンはむしろ、その無感情さに哀れみを抱いた。論理的過ぎるからこそ、感情を交えず、抵抗なく『死』という現実を受け入れる。その姿に、言いようのない虚しさを感じていた。


 一時ヒートアップしてしまったものの、セレンは女神としての冷静さを取り戻していく。


「はぁ、なるほど。良くも悪くも、計助は理知的なのね。分かったわ。じゃあ、私の話は宗教勧誘だと思って聞いてちょうだい。よくよく考えれば、別に信じてもらわなくてもいいし」


 一応、セレンの権限で計助を強制転生させることもできる。最終手段ではあるが。


「ああ、そうだな。俺も多少冷静さを欠いていた部分はある。詫びとして、宗教勧誘に付き合うのも悪くないだろう」

「ふふ、つくづく不遜な態度だこと。バチが当たっても知らないわよ?」


 徐々に、計助の扱いを覚えていくセレン。長年死者と相対してきた経験が為せる技である。


「と、いうわけで。冗談半分で聞いてもらって構いませんが、薬師寺計助さんには選択権があります。ハイスペック赤ちゃんとして元の世界に生まれ直してもらうか、チート能力を持って異世界転生してもらうか。二つに一つ。どっちがいい?」

「素人質問で恐縮なのだが、それは世界が複数存在するという認識で良いのだろうか」

「うわ、理系うっざ。まあ、そんな感じよ。元の世界も含めて、転生先は自由に選べるわ」

「なるほど。エヴェレットの多世界解釈もあながち間違いではなかったのだな。別世界に時空超越的な魂の転置を行えるというのは、なんとも信じがたい話ではあるが」

「え、えべ……なんて?」


 エヴェレットの多世界解釈。量子力学における解釈のひとつであり、宇宙の波動関数を実在のものとみなすと、異なる世界に分岐していくと考える説。


 要するに、学者のエヴェレットさんが「世界って何個もあるんじゃね?」と言っただけの話。別にこんなの知らなくても生きていけるが、なんかロマンがある。


「で、結局計助はどっちがいいわけ? 特に要望が無いなら私の方でテキトーな世界に飛ばすけど」

「テキトーとはなんだ。もっと具体的に話せ」

「いや、ホント面倒な性格してるわね」


 はぁ、と溜息をつきつつ、渋々ながら、セレンは説明を続けていく。


「まあ、アレよ。特に要望が無いんだったら、私の方で計助に合った世界を選ぶってことよ」

「転生先の選定基準は何だ?」

「端的に言うなら、計助が抱く『未練の種類』よ。不幸に死んだ結果、漠然と『次は幸せになりたい』っていう願望を抱いてるだけなら、新しい命として恵まれた家庭に生まれ直してもらう。けれど、あなたがあなたとして……薬師寺計助として叶えたいと思う、強い願望があるのなら。その願いが最も叶いやすい世界に行ってもらうことになるわ」

「要するに、死ぬ前の俺が具体的な夢を持っていたかどうかで決まる、ということか?」

「良い解釈ね。その通りよ。文字通り、夢があるなら、その続きを見せてあげるってわけ」

「……夢、か」


 顎に手を当て、思案に耽る計助。

 どうも、『夢』という言葉に引っかかりを覚えているようである。


「あら、意外ね? てっきり『夢なんて曖昧で非論理的だ』みたいに言うと思ってたのに」

「貴様、俺を何だと思っている。……確かに、俺は論理で物を語る節がある、かもしれないが。別に、感情が無い機械、というわけでもないのだぞ」


 饒舌が一転、言葉に詰まり始める計助。表情を曇らせつつ、遠い過去を反芻するように視線を明後日の方向へ逸らす。


「……なんというか。アンタって、よくわかんない人間ね。超絶論理的なのかと思えば、そうやって少し感情を出してみたり。まあ矛盾があるのは、ある意味人間らしいとも言えるけれど」

「よく分からんのは貴様も同じだろう自称女神」

「アンタほんと不敬罪で一回雷ブチ当てるわよ」


 よくわからない女神、よくわからない人間に悪態をつきつつ、話を最終段階に進めていく。


「で、どう? 道半ばで途絶えた夢とか、あったりする? あ、犯罪行為とかはダメよ?」

「誰が罪など犯すものか。俺はマッドサイエンティストではない。むしろ……サイエンスは、化学は、世界を守るために使われるべきだと思っている。攻撃手段として化学を使うなど、研究者への冒涜だ」


 眼鏡の奥、その眼光を強めながら、計助は虚空を見上げる。


「ああ、そうだな。もし、未練があるのだとしたら。俺に、夢と言っていいものがあったのなら。この矜持こそが、夢なのだろう。幼少期から心惹かれてきた学問の知識で……俺はただ、何かの役に立ちたかったのかもしれない」


 依然として、口調は冷淡。計助は己の夢さえも客観的に、淡々と語った。


「ふーん、なるほど。……ただの偏屈男ってわけじゃないのかもね」


 しかし、セレンはその冷徹さの奥に、一筋の熱意を見出した。


 次元の狭間は、人の未練が流れ着く領域。であれば、この男の未練は『身に付けた学問を活かせなかったこと』ではないか。知識を発揮する機会が得られないまま、その生を終えてしまったことではないか、と。


 計助の目的は『学ぶこと』ではなく、『学びを役立てること』だった。ならば、その知力を存分に生かせる世界に行かせてやるのも悪くないだろう、と。


 希望的観測を交えつつ、セレンは計助の評価を改めたのである。


「いいでしょう。『化学の知識で世界に貢献したい』。その夢、しかと聞き届けました。うん、だったら、ちょうど良い世界があるわね。シュバっとそっちに行ってもらおうかしら」

「ちょうど良い世界とはなんだ」

「はぁ、質問が多い男ね。まあアレよ。一言で表すなら、魔法に頼り過ぎてる世界があるのよ。んで、その世界には近いうちに『厄災』が訪れることになってるの。どういうわけか、コレが魔法で解決できる問題じゃないらしくてねぇ。魔法以外の手段で対処できる人材がどうしても必要だったってわけ」


 時折、女神は予知夢を見る。戦争や大災害など、その世界にとって危機となる問題が生じた際、女神は断片的に未来を察知することができるのだ。


 数日前、セレンはとある世界に『厄災』が訪れる夢を見ていた。魔法に依存する世界で、魔法では解決できない大問題が発生する。遠くないうちに、その悪夢が現実となることを知っていたのである。


「ふむ。奇っ怪な話だが、理解はした」


 つまり、セレンの言い分とは。


「──俺に、化学の力で『厄災』を解決しろと言うのか?」


 と、いうわけである。


「そういうことよ。要は、サイエンスで異世界を救ってもらいたいの。ね? そうすれば、スパッと貴方の夢が叶うでしょ?」


 とは言うものの、セレンの中では善意と打算が半々だ。転生者の夢が叶うついでに、世界も救えたら一石二鳥じゃん? くらいの考えである。この女神も女神で、なかなかに良い性格をしていた。


「もちろん、世界を救うなんて大変よ? アンタ風に言うなら、多大なリスクがある。でも、それ相応のリターンも用意してるわ。世界を救ってもらった暁には、私から報酬を与えましょう!」

「リターン……?」


 奇っ怪だなんだとは言いつつも、女神の提案に興味を示す計助。

 出会い頭は計助のペースに圧倒されていたセレンだが、徐々に会話の主導権を握っていく。


「そりゃあ、リスクにはリターンがつきものよ。厄災を退けてくれたら、私が計助の願いを一つ叶えてあげるわ。ね? すっごいリターンでしょ?」

「ハッ、まるで御伽噺だな。到底信用できん」


 興味はあるが、信じるとは限らない。そう言わんばかりに、計助が怪訝な表情を浮かべる。

 が、この際、セレンにとっては計助の疑念などどうでも良かった。


 なぜなら。


「まあ騙されたと思って、叶えたい願いくらいは言ってみていいんじゃない?」


 セレンには最初から、このロジカル偏屈男を完全に説得するつもりはなく。


「……それも、そうか」

「うんうん! さあ、言ってみて?」

「そうだな。別段、化学以外に興味は無いが……急死だったので、家族と研究仲間に別れを告げられなかったのは残念だったな。そういう意味では、『一度帰るべき場所に帰る』というのが、願いになるのかもしれない。最低限の礼儀として、別れの挨拶くらいはしておくべきだろう」


 異世界転生を成立させる条件はただ一つ、『本人の同意』のみであり──


「はい! 承りました! その願い、試練を乗り越えた暁には叶えてしんぜよーう!」


 ──この空間において、女神に『願いを請う』という行為は『転生に同意した』とみなされるのである。


「よっしゃあ! 開け! 異界の門!!」


 突如、セレンが計助の足元に向けて手をかざす。呪文のように掛け声を放つと、計助の身体が光に包まれ始めた。


「は? お、おい、貴様、急になんのつもりだ……?」

「いや、論より証拠って言うじゃない? 百聞は一見に如かずって言うじゃない? だから、あーだこーだ話すより実際に転生してもらった方が早いと思って」


 球状の光を身に纏いつつ、困惑顔で宙に浮かび始める計助。

 対してセレンは、開き直ったようにニマニマ顔を浮かべている。


「あはは、ウケる」


 この女神、不敬な男に仕返しをできたことで、なんだかんだ気持ち良くなっていた。


「おい貴様、この光は一体どういう原理なんだ。なぜ身体が浮かぶ。浮力の発生源はどこだ。空間の重力場はどうなっている。そもそも死人に重さがあるのか──」

「よーっし! 準備完了!!」


 セレン、理系男の素人質問を右から左に受け流しつつ、両の手を光の束へ向ける。


「いい? 世界ってのは、アンタが思ってるよりずっと理不尽で、ご都合主義に出来てるの!論理だけじゃ救えないモノだって、たくさんあるんだからね!!」

「おい、待て。光が強くなっているぞ。宗教勧誘の類だと思っていたが、もしや本当に──!」


 吐き捨てるように、転生前のアドバイスを送るセレン。

 しかし当の計助は、最後まで女神を信じ切っていなかったようである。


 ──そして最後、セレンは半ば強引に儀式を完了させることにする。


「権限行使! 転生者の新たな道行きに祝福を!! いってらっしゃ~い!!」

「謀ったな貴様ぁぁぁぁ!」


 かくして。どこぞの悪役のように断末魔を残し、白衣の男は彼方へ消え去った。

 器が小さく、仕事が雑な女神。論理に固執するリアリスト。二人が迎える顛末としては、ある意味妥当なものと言えるだろう。

 だが、しかし。転生の儀式など、計助にとってはほんの序章に過ぎない。

 果たして理系男は、如何にして魔法至上主義の世界に立ち向かうのか。


 ──史上最もサイエンスな異世界英雄譚が、今、始まる。


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