幼なじみの死
翌日。
冬弥は昨日買ったばかりのガムを手に呆然としていた。春真の席には誰も座っていなかった。
急遽、家の用事ができてしまい、学校へは昼頃に登校すると、やけに教室が騒がしかった。
一体何があったのか。冬弥が訝しみながらも席に着くと、担任の中島先生が涙混じりの声でとある事を告げたのだった。
「えー、残念なお知らせです。芽吹春真くんは先程亡くなりました。さっき息を引き取ったと病院から連絡があった。用務員さんが見つけてくれた時にはもう大量に出血していたから、間に合わなかったらしい」
中島先生はそこで言葉を区切るとハンカチで顔を覆った。しん、と静まり返った教室は誰もが信じられないといった顔をしていた。
冬弥はその言葉を頭の中でぼんやりと繰り返す。
春真が、死んだ? だって春真は今もそこに……そうか、いないのだった。いや、そんなことはない、きっとこれは悪い夢のはず――
「春真くんのご遺体は、綺麗にしてから親御さんの元に返すから……通夜はおそらく3日後だと思っていてくれ。棺に入れたいなら手紙やお菓子、好きなものを持ってきていい。先生もあいつの好きだった花を入れようと思う。」
がたん、と音を立て、ひとりの女子生徒が立ち上がる。彼女は確か、同じ委員会の子だ。冬弥は幽鬼のような動きでそちらへと顔を向けた。
「そんなっ、先生! だって春真くんは倒れていただけで、命に別状はないって……」
「…………生徒に不安を与えないように、と思ったんだ。すまなかった。芽吹は、春真は本当のことを言うと朝の時点でもう、助かる見込みは薄かった……」
「っ…………、春真、くん……」
女子生徒がへなへなと椅子に倒れ込む。中島先生は、もう一度すまなかった、と繰り返すと俯き、やがて顔を上げた。目の端にはこぼれそうな涙が光っていた。
「……今日の、午後の授業はなしになった。この後、警察が来ることになっているから、君たちはすぐに下校するように。死因についてはまだ詳しくは分かっていないから、春真くんのご遺族のためにもSNSなどに書くことは控えてほしい。では、これでホームルームを終わりとする。」
それだけを早口で告げ、中島先生は教室を去った。
先生が出ていくと、急に教室はがやがやと騒がしくなった。春真とよく話していた、きらびやかなグループの男子が、そんなの信じられるかよ!と机を叩いている。
その隣で髪を編み込んだ女子が遠慮がちに口を開いた。
「春真くん、中庭で倒れたんじゃないかって聞いたけど……血まみれだったって用務員さん言ってたし、やっぱりほんとに病死だったのかな」
「いや、ないだろ。だって春真だぜ?俺より足速いし皆勤賞だし、そんな倒れるようなガラじゃないだろ」
「それな。てかあたし思うんだけどさ。春真って転落死とかじゃないの?だって先生が言ってたとこ、ちょうど屋上から落ちたらぴったりじゃん。それにあいつ、よく屋上に出てたし」
「おいおい明日花、縁起でもねぇな……」
「そうだよ、だいたい屋上からって……。あいつが飛び降りる理由なんてないだろ、いじめられてるわけでもないんだし……」
転落死、その言葉に冬弥は肩を揺らした。確かに春真が急に意識を失って失血死するほどの倒れ方をするとは思えない。
やや体の弱い自分が重い鞄に苦戦してると、さりげなく取って颯爽と駆け出す春真がそんな。
おそらく、彼らのいうとおり死因は転落死だろう。だとすれば、怪我の状態から最初は強く殴られたのかと思った、という報せとも辻褄が合う。
しかし、なぜ。
とめどなく溢れる涙がスマホの画面を濡らしていった。
昨日まで、春真に変わった様子はなかった。思い当たるとすれば、自分が告白をした、ただその出来事だけだ。
そして、今日は返事をしてくれるはずの日だった。
――お断りの返事にショックを受ける俺を見たくなかったから、か。
憶測にすぎないが、冬弥にはそうとしか思えなかった。春真にはきっと、男から告白されるというのはとても耐え難い事だったのだ。
しかし、幼馴染同士、気持ち悪いと伝えることで関係を壊してしまうのは避けたい、なんとか友達同士に戻りたい。春真ならきっとそう考える。
だからきっと、優しい彼は、どうにかして丸く収める方法をとろうと死を選んだのだろう。
明るく穏やかで、光そのものの彼を殺したのは、他ならぬ自分だったのだ。
なんて馬鹿なことをしたのだろう。自分が余計なことをしたせいで、関係を失うどころか彼の存在そのものを失ってしまった。
冷静に考えれば、実は来年、3年次での受験に向けての勉強で滅入っていた等の理由も思い浮かぶはずなのだが、今の冬弥にその余裕はない。
冬弥はスマホを操作し、ひとつのアイコンを長押しすると通話アプリを削除した。青いアイコンの、ゲーマー御用達のアプリ。
春真とは毎週のように夜中まで喋りながら配信をしたものだった。でも、もう彼のいない今はただ楽しかった時を思い出すのが辛かった。
窓の外に目をやると雪は止んでいた。今朝から晴れているのだから当然ではあるが。
しばらくしてサイレンの音が響き、白と黒に塗られた車が続々と現れる。学校で生徒が死んだのだ、今日は事情聴取やなんやらで先生たちも大忙しだろう。
邪魔にならないうちに帰らなくては。そう思うのに、石のように固まった足は、全く言うことを聞いてはくれないのだった。
しばらくして。冬弥は自分の部屋にいた。
あの後、自分の席から動けず、呆然としているところを、中島先生が連れてきてくれたのだ。
お前はあいつとずっと一緒だったもんなぁ、つらいよなと目を潤ませて、か細い声で肩に手を置く担任に、冬弥は何も返すことができなかった。
亡くなった彼の幼馴染だ、ということを伝えられると、警察は一様にそれは気の毒に、ぜひ彼を家まで送っていってあげてください、と冬弥を悲痛な面持ちで見つめる。
心の底からの哀れみを含んだ目に見送られ、冬弥はその場を後にした。その後、先生の車に乗りこみ、自分の家へと帰ってきたのだった。
壁に貼られていた、春真と撮った写真を1枚ずつ剥がしていく。剥がした写真を集め、ゴミ箱に捨てようとするもなんとなく気が進まなくて。
冬弥は押し入れの中から箱を持ってくると、その中にバラバラと乱雑に写真を入れていった。
壁紙に設定してある高校の入学式の写真。学ランを着て、胸に花を飾っている、中学の卒業式での写真。
ずいぶんと幼い2人が、プールで水と戯れている写真、舞う花びらの下、ランドセルを背負った春真の写真。うららかな春の木漏れ日に照らされ、色素のうすい目がきらきらと輝いている。
「春真……。なぁ、なんで……」
冬弥の声が震える。満面の笑みを浮かべる紙の上の春真に雫が落ちた。
「なんで、死んじゃったんだよ。……俺とは恋人にはなれないって、男なんて好きになれないって、そう、伝えてくれればよかっただけなのに……。」
どんなに涙を流そうとも、彼は帰ってこない。やがて泣き疲れたのか、冬弥は床に丸まったまま寝息を立て始めた。
窓の外、遠い空からその姿を見ている何かがいた。何かはその様子を見つめていたが、急に手を打つと何やら忙しない動きで空へと消えていった。




