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ホワイトハウス/Clear  作者: 川口黒子
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お好きなように

 



 現歴⬛︎⬛︎⬛︎年。12月15日。曇り。クルトフ内戦、東部戦線ガリア支部。砲撃の振動が一定の間隔で指令テントの卓を揺らし、遅れて悲鳴が鳴り響く。塹壕から次々と肉塊となった若き兵の亡き骸が運び出されていく。卓の周りには煌びやかな勲章をぶら下げ、眉間にシワを寄せながら自身の保身のみを考える老いた老人たちがいる。グラットンも、その内の1人だった。


「戦線はこれ以上下げられない!上層部からは死守命令が出されている!我々誇り高き帝国軍人は野蛮なグスタフ人に屈したりはしない!これより反撃を開始する!号令が発せられたら塹壕から飛び出し、敵塹壕へと突撃せよ!心配するな!貴様らの地獄への道のりは上空の飛行部隊が舗装してくれるだろう!貴様らは安心してその道を進め!よいか!?貴様らの踏んだその土地全てが、我らが帝国の偉大な領土となる!後退することは許されない!敵前逃亡した者は即刻射殺する!以上!」


 グラットンは指令テントで捻り出したお粗末な"作戦"を塹壕の中で叫ぶ。愛国心に燃える若き兵たちは目を見開きながら万歳合唱を繰り返す。塹壕の上空には鳥すらも飛んでいない。代わりに重苦しい曇天だけがこの地獄に蓋をしている。号令の笛はグラットンが吹く。そして彼も若き肉壁の後ろから突撃する。勇ましい彼は後方でコーヒーを飲みながら盤上の駒を動かす仕事が大嫌いだった。だからこそ、年老いてからも前線の作戦司令官として奮闘してきたが、彼も次第に自身の衰えと死期を感じとり、周りの司令官の反対を押し切って塹壕の中で待機している。


 彼を取り巻く若き兵たちは前線まで赴き共に戦わんとする歴戦の英傑にいたく感激し、彼を讃え、彼がいる我々の軍が負けるはずがないと口々に言う。塹壕には相変わらず砲弾が降り注ぎ、兵たちは身を隠してやり過ごす。昨夜の雨で溜まった泥水が、ある所では静かに揺れ、ある所では宙へと飛び散る。彼らの命運を決めているのは神ではない。遠く離れたところにいる、敵の砲撃手だ。グラットンは土まみれになった勲章に軽くキスをする。向こう側にいる砲撃手の手が止まる。砲撃が、止む。


 グラットンは乾いた号令の笛を鳴らす。瞬間、若き兵たちの猛々しい叫び声が狭苦しい塹壕の中に反響し、やがて戦場へと一気に放出される。グラットンは彼らの後ろから同じく雄叫びをあげながら塹壕をよじ登る。前方には砲撃によってできた穴がそこかしこにあり、その周りには死体が転がっている。さらに前方にいた兵が血飛沫を出しながら倒れた。乾いた銃声がまばらに聞こえてくる。それと同時に若き兵が次々と倒れていく。それでもなお彼らの脚は止まらない。血走った眼はただ敵の塹壕にのみ向けられている。開いた口は塞がらず、喉は鳴り続け、耳は風と死の音のみを知覚する。


 敵の塹壕に辿り着けた兵はわずかだ。到達した兵は敵の頭蓋に鉛玉をぶち込み、コートの上から銃剣を突き刺し、銃そのものを鈍器にして敵の顔面を叩き潰す。グラットンもまた、自身より何十歳も若い敵の兵の首を絞めた。恐怖で逃げ出す敵の背中に引き金を引いた。彼が殺した人の数はこれで百を超えたであろう。しかし、神兵、いや、敵国の新兵は彼にこれ以上の殺戮を許さなかった。


 グラットンは後方から腕に銃弾を喰らい、そのあとに脚、胸、腹にそれぞれ1つずつ風穴が開いた。彼はよろめき倒れて、仰向けなる。塹壕にはもはや、彼の味方は1人もいなかった。活気盛んな若者は、全員が物言わぬ屍になっていた。泥水が老いた彼の顔に塗りたくられる。痛みと共に彼の意識は遠のき、曇天の空に1羽の"白鳥"を見た。




 ▲▽▲▽▲




 《ハウスキーパーNo.2445500。意識分離に成功。第一位相、第4世界、現歴⬛︎⬛︎⬛︎年から現歴⬛︎⬛︎⬛︎年までの区間維持任務の達成を確認。前回の【ムーブ】との誤差、許容範囲内。【ハウス】より起動許可が発令。お疲れ様でした》


 無機質なアナウンスと共に、真っ白なカプセルの扉が開く。中には1人の少女が入っていた。身体のラインにピッタリとフィットした白いスーツを身に纏い、腕を交差させながら静かに眠りについている。ピロリンっと、カプセルから音が鳴ると、その少女はゆっくりと瞼を開き、身体を起こした。そのまま立ち上がり、カプセルから降りる。カプセルは自動でまた扉を閉じた。


 少女は首を1回回す。短い白髪が揺れて1本の毛が落ちる。毛が淡い白い床にひらりと落ちると、跡形もなく消え去った。少女のいたカプセルの隣にはまた別のカプセルが5つ並んでいる。彼女はそれに一瞥も与えずそのまま部屋を出た。

 部屋の外には同じく真っ白な廊下が左右に伸びている。彼女はそれを右に曲がり、しばらく歩き続ける。横には彼女のいた部屋と同じものが均等に配置されており、そこから時折白いスーツの少女や少年が出入りしている。彼女に話しかける者はいない。同時に、彼女も誰にも話しかけない。


 廊下を抜けると、広々とした空間に出た。第4世界の呼称を借りるなら、"オフィスのエントランス"である。天井は見上げる必要があるほど高く、白いスーツを着た少年少女が宙を舞っている。目の前には白い柱が立っており、それの周りに"カウンター"が等間隔で配置されていて、受付の人が"新人"に道を教えている。向かって右側には廊下が無数に配置されていて、壁にはそれぞれ番号が記されている。彼女が出てきた廊下の番号は0000097543222である。


 向かって左側には、廊下も壁もなく、一面に透明なガラスが張られている。そこから見える空は青く、十字路の庭園には薄緑色の芝生が生い茂っている。それはどこまでも広がっていて、その先は見えない。庭園の左右には白い"オフィス"が伸びていて、上空から見れば、この"オフィス"はコの字の形をしている。庭園では少年少女が仲良く昼寝や談笑をしている。


 彼女は特に表情を変えずに中心にある"カウンター"へと向かった。"カウンター"の前に立つと目の前にいた顔面のない"マネキン"のような機械が話しかけてきた。


「任務達成の報告をしてください」


 彼女は特に喋らない。だが"マネキン"は頷いて彼女の"報告"を復唱した。


「第一位相、第4世界、現歴⬛︎⬛︎⬛︎年から現歴⬛︎⬛︎⬛︎年までの区画維持任務、誤差許容範囲にて達成。個体名グラットンの模倣終了。【染色度】ゼロ。素晴らしい結果です。No.2445500」


 彼女は特に返事もせずにその場を立ち去る。白い柱の向こう側にある自らの部屋に向かった。コの字の"オフィス"の内、左右には寮が存在しており、ひとつの部屋に2人の職員が住んでいる。少女はさっきの"仕事場"へと向かう廊下よりも広々とした廊下を進んでいく。部屋の一つ一つにNo.が書かれており、その下には彼らが直筆で書いた"名前"が彩り豊かに書かれている。


 少年少女たちにとって、"名前"は長ったらしいNo.に代わる識別記号であり、同時に自らの"色"、第4世界の言葉を借りるなら、"個性"を表すものになっている。廊下を歩く少女は、不均一な文字列が書かれた均等に配置された部屋を横目することなく通り過ぎていく。


 ———No.2445500、No.3587242 /アゼン


 少女は自分のNo.が書かれた部屋の前で立ち止まる。ドアが自動で開き、少女は中に入る。部屋はちょうど真ん中で区切られており、両脇にはベッドがそれぞれ2つずつあるが、右側のベッドには沢山の"本"が積まれ、壁にはお気に入りの"写真"が貼られている。色鮮やかな右側に比べて、左側は純白のベッドが1つ置かれているだけだった。少女はそのベッドに腰掛ける。右側のベッドで寝転びながら"本"を読んでいた少年が起き上がって少女に話しかけた。


「やぁ、【グラットン】はどうだったんだ?彼は君を"染める"ことはできたのか?」


 少女は何も言わない。"アゼン"はつまらなさそうにまた本を読み出した。彼が読む本は"料理"に関する本ばかりで、仕事がないときはよく"厨房"に行って"料理"をしている。少年少女に食事はいらない。だが"ベテラン"は位相の中にいる人々の生活に影響されて彼らの生活を模倣することがある。そのために必要な設備や道具は、簡単に創れるし、容易に入手できる。【ハウス】の"福利厚生"の1つである。


 少女はよくアゼンの作った料理の試食を頼まれる。少女に味というものは理解できないが、彼は誰かに食べてもらうことが料理においては重要なんだと言う。特に無口な彼女を唸らすことができたなら、それは最高の料理が完成したということらしい。アゼンは"ベテラン"だが、少女は"新人"だ。アゼンは模倣しているが、少女は模倣していない。彼女は確かに位相の人々と同じく食事をしているが、彼女は食事を食事だと理解しているわけではない。ただ同居人との義務的な触れ合いをしているだけである。少年少女はそうやって訓練されてきたはずだからだ。


 もう一度言おう。アゼンは"ベテラン"で、少女は"新人"だ。だが、"仕事"において優秀なのはいつだって"新人"なのだ。それでも今まで長い間仕事を続けてきて、新人であり続けた【ハウスキーパー】は、少女ただ1人だけである。新人は仕事を重ねるにつれて自らの仕事先を名前にし、仕事先と同じような口調になり、仕事先が好んでいた物を好むようになっていく。こうして"新人"はベテラン"と呼ばれるようになる。


 少女は訓練生時代の成績はトップで、【ハウスキーパー】の役職を全てこなすことができる。それでいて、【染色度】が高い役職の【キープルズ】でも、彼女が"染められた"ことはない。"ベテラン"たちはそんな彼女に多くの名を付けた。それは嫉妬や不可解、あるいは尊敬の念を持って付けられたものである。




 透明、トゥエルブ、あるいは、"「 」(ムメイ)"




 あなたは、どう呼ばれたい?


 ある日少女は【社長】に尋ねられる。


 少女は言った。


「お好きなように」





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