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さらばもじゃもじゃ組

 なんとこの勘吉郎ことタヌ吉郎は修業中の狸で、キヌタ様と名乗るこの大奥様風の美人は日ノ本の狸の頭領だと申します。


「事情はわかったが、もじゃもじゃ組とはなんだね」

「それが、お恥ずかしい。狸の面汚しどもなのでございます」


 キヌタ様は続けます。


「狸の中でも特に毛深く汚らしくずるがしこい者どもが、いじけた嫌われ者の毛虫やゲジゲジ共を束ねて〈もじゃもじゃ組〉と名乗り始めたのは、かれこれ百年ほど前になります」


 もじゃもじゃ組。そんなに昔からあったのです。


「おもに食べ物をゆすり取ってゆく乱暴者どもでございます。今宵あらわれたものは、あの大きさからして古狸の大五郎でございましょう。ひとつうまくいくと、図に乗りますから、こちらのお蕎麦屋さんだけではすまぬと思われるのです」

「いけねえ」


 蕎麦屋さん、頭をひとつ、ぺちりと叩きます。


「そうなると、この界隈で蕎麦屋は俺っちだけじゃあねえぞ」

「急ぎましょう」


 勘吉郎も、すっかり酔いがさめたもよう。

 瓢箪先生ばかりが、ぐうぐうと眠っております。


   * *


「うわあ」


 またひとつ、またひとつ、夜鳴き蕎麦屋の屋台が襲われていきます。


「ちくしょう、なんだってんだ」

「遅かった」


 小平次たちが、しょげている蕎麦屋と客をなぐさめます。


「あっ、あすこですよタヌ吉郎、追いなさい」


 そうしている間にも、キヌタ様と勘吉郎は、狸の意地をかけて大五郎とおぼしきもじゃもじゃを追いかけるのです。


「待て!」

「おっ。小癪な子狸め」


 果たして今宵の賊は、古狸・大五郎でした。


「キヌタの手の者か? 邪魔すると容赦しねえぞ」

「確かにおいらは子狸だが、町のみなさんに迷惑をかける奴は許しちゃおけねえんでい! そのくらいの心意気はなくしちゃいねえぞ!」


 その勘吉郎、いやタヌ吉郎を大五郎はあざ笑い、三つ目の大入道に化けて見せます。


「なんだこれは!」


 蕎麦屋さんと権兵衛さんは腰を抜かしますが、小平次は違いました。


「こりゃあいいや!」


 画帳を出して、筆を構えます。


「それ! どんどん暴れておくんねえ!」

「ああ、小平次さん、なんてこと言うんですか!」


 タヌ吉郎はあきれますが、そんな小平次さんを大五郎は踏みつぶそうとしましたので、慌てて袖を引っ張って逃がしました。


「お止しなさい!」


 キヌタ様も、お怒りのご様子です。


「タヌ吉郎。このようなときはどうするのか、勉強しましたね?」

「はい。相手よりも大きなものに化ければ、勝ちです」

「お前ならどうする」

「象に化けて見ろよ、勘吉郎」


 見世物小屋で象の世話をしていた小平次がはやし立てます。


「あいつよりも、もっと大きな象だ。象に踏みつぶされたら、誰でもひとたまりないぜ」

「象さま……」


 どんなだったのか、一度見たきりなのでよく覚えていません。


「何に化けても見事大五郎を追い払えば、皆伝としますよ、タヌ吉郎」

「どうしよう」


 騒ぎを聞きつけて、捕り物も火消したちも町の人たちも起きだして来ました。

 みんな、大入道をこわがるので大五郎はますます愉快になるのか、火の見やぐらをへし折ろうとしています。


「よし!」


 勘吉郎ことタヌ吉郎は印字を組んで、気合を入れます。

 すると、その体はむくむくと大きくなり、小山のような象になりました。


「……あれ、蕎麦屋さんはどうしたのかい?」

「あ、瓢箪先生」


 小平次が夢中で画帳に書き付けているところに、瓢箪先生がやってきました。


「蕎麦を食おうかと思ったんだが、こりゃあどうしたことかね」

「どうしたも何も、俺っちたちの次のホンは、これに決まりですよ!」

「ほう」


 火の見やぐらを襲う大入道に、小山のような象が鼻を振るって止めようとします。


「うおう!」


 火消し用の水を吸った鼻から勢いよく水を出して、大入道の顔を洗ってやります。


「うわあ、やめてくれい! 風呂はきらいだ!」


 あとでわかったことですが、〈もじゃもじゃ組〉は、風呂好きな者は仲間に加えられないそうでございました。まことならず者の掟はわかりません。


「まいった、まいった」


 大入道はみるみるうちにしぼんで、もじゃもじゃの大狸が逃げていくのが見えました。


「わっしょい!」


 喜んだ町の衆が、子狸を胴上げします。


「うんうん」


 瓢箪先生も、満足そうに見つめています。


 そう。そして瓢箪先生の次の評判絵双紙は、この晩のお話をタネとしたものになりましたとさ。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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