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酒がすすむ

 近ごろの江戸の評判は。


 芝居でしたら、傾城でしたら、見世物でしたら、それぞれああ、そうだなあと人を感心させる名前が並ぶのですが、絵双紙で申せばなにより青月瓢箪作『満月山合戦白雪評判記』でしょうか。


 満月山の奥深くの満月城。妖術を用いる妖術使いの白雪と、その手下の化け物たちが住まう城です。

 満月城と下界を隔てているのは、竜神滝という大きな滝と、そこから流れる竜神川でした。その滝の周りをたまさか散策していた白雪、傷つき倒れている若武者を見つけます。

 まだ息があるかの者を城へ運ばせ、介抱することひと月。ようやく人心地ついた若武者は自らを氷室源之進と名乗り、父母、忠臣を殺めた悪家臣の反逆に立ち向かい力尽きたと語るのでした。


 若武者に心惹かれていた白雪は妖術の籠った鏡を授け、下界へ戻った源之進は鏡の力を用いながら、悪家臣・曽野垣頼母を追い詰めてゆくのですが、敵方にも妖術使い・半月悟朗太が居り、苦戦します。


 そのうち白雪の手下、雫の化け物、水太夫が救った娘が生き別れの源之進の妹であることがわかり、筋書きは込み入ってまいります。


 しかしすべて仏の導きで救われましたとさ。めでたし、めでたし。


 こちらが評判となったので、ひとつ続きを、と急かされているのですが、瓢箪先生、いっこうに筆が進まぬのでした。代わりに酒が進むというはなしです。


   * *


 日暮れて、鐘が鳴りました。

 夜鳴き蕎麦屋が支度をはじめ、猫が、なぁお、と何かねだります。ほれ、と、煮干のしっぽを投げてやれば、ひょい、と掠めて、どこかへ行ってしまいます。


「おやおや、ねぐらはどこだろうね」

「なに、小間物屋の裏でさあ」


 小間物屋の裏を猫は駆けて、どぶの上を飛び、長屋の入口をくぐりました。


「ちぇ、タマの奴、またおみやを提げてきたぜ」


 なまいきなことを言ったのは、酒を重そうに抱えた酒屋の小僧、滝坊です。


「おいらを抜かしやがって」


 楽しそうに追いかけて、だって、行き先は同じなのです。


「先生」

「よお」


 七輪をぱたぱた扇いでいる者がありました。


「なぁお」


 タマの好物のイカを焼いておりましたので、喉を鳴らすと、おみやが口からぽとりと落ちました。あわてて前足で寄せ、むしゃむしゃと食べてしまいます。


「酒なんか飲みながら、よく仕事にならあ」

「いやあ。俺あ、飲みながら仕事はしないよ」

「そうかい。近ごろ急かされてる、って聞いたぜ」

「そうか。だけど俺あ、飲むときは仕事はしないんだ」

「ちぇ、せっかく戻ったってのに、また家賃ためて気まずくなって、板元に転がり込むのかい?

 まあ、うちの店にしてみりゃ、どのみち酒は売れるんだ、どっちだっていいけどな」


 酒代を受け取りながら、またなまいきを言いました。


「ただいま戻りました」


 そのとき、こんな声がしましたから、おや、ひとり住まいではなかったようで。


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