愚子
世界中の人々は皆、自分自身の名前を持っています。李白、李黒、李青若くて町内に住んでいる犬でも小黄という名前があります。
しかし宋国四皇子だけは名前がありません。
彼は宋国皇帝昔日宠妃の次男であり、本来赵姓であった筈ですが、また王族出身であった筈ですが、正式な名前すら与えられず姓も剥奪されました。
誰も彼を呼ぶことが出来ず、「愚子」と代わりに呼ばれています。
愚子は梧桐宮に住んでおり、そこは遠く静かな場所に位置しており冷宮から近いため内殿に灰塵が積もり蜘蛛の巣も多数存在します。主人から寵愛されていないため掃除する下僕も少なく平時通る人間も稀です。最近では一人さえ通らぬよう空き家同然と化しています。
広々とした内殿ではただ一人、灰塵に覆われた石板の上で座っている青衣の少年がいます。
それは12歳の子供であり、肩幅が狭く目鼻立ちが整っており老成した表情をしています。しかし、眉と目の端に少し稚嫌さのない。
それは四皇子の愚子です。
彼は顔を上げて見ました。「隠れる必要もないようだな。私はあなたの一撃さえも受け止められない」と笑いました。
言葉が終わらぬ内に、内殿の梁から黒衣と黒髪、そして黒いマスク姿の刺客が現れます。手に持っている刀だけは雪白色で秋水のように光っています。
行方を暴かれ驚きます。「あなたは私が来ることを知っていた？」
愚子は平然と答えました。「今や太子位空席中で父皇8人息子中3人盛年期まで達し王位争奪戦勃発中です。誰も誰かを制することが出来ません。その場合我々5人弱小無力幼弟達自然先死します。そうしなければ他の3人兄弟誰も安心できません」
これは、朝野上下、皇宮内外で誰もが黙認する暗殺事件です。そのため、最近では彼の梧桐宮には人影がなく、下僕さえいません。
人々は彼がここで死ぬと想定しており、彼に巻き込まれて共に葬られることを望む者はいません。
刺客もそれを考えて少し同情します。「梧桐宮の愚子がこんな早熟だったとは思わなかった。大物だ。でも今夜あなたは私の手で必ず死ぬ」と言います。
「大物？」 愚子は笑って、「私より不幸な大物がいるの？」 と驚嘆しました。
宋国では、三教（儒教、仏教、道教）が尊重され、それぞれの宗派には都城汴梁に一人の大師が鎮座しています。3人の大師はすべて修行者であり、手を振れば雲が起き、手を下せば雨が降るほどの境地を持っています。
彼らの影響力は朝政にも大きく、宋国皇室には名前をつけることが定められています。
毎回、儒教の先生によって名前を与えられます。
その書生が四皇子に与えた名前は「愚子」でした。
仙家は意図していませんでした。人間は彼の目にとって蟻以下です。
しかし、人間は仙家を気にしますし、人間も気にします。
そこで朝廷や国民全体、さらに四皇子の実親すらこの男児を見て、「仙家を怒らせると、この子供は不吉だ」と考えました。
「名前を与えられた後、私は寵愛を受けなくなりました。地上に落ちた鳳凰以下で、雌鶏のひよっこみたいな鳳凰は誰でも面白がるでしょう？下僕ですら踏みつけてくるようになりました。」
愚子は冷静かつ笑顔で語ります。過去を平静に話しているようですが、彼の顔から刃物のような寒気が伝わってきます。
「最初、私は餓死しそうになった。」
「まずは石ころを混ぜられた飯を食べさせられ、その後は直接配膳されなくなり、自分で水を飲んでしのいだけど、それでもお腹が空きすぎて胸と背中がくっついて目の前が金色に見えるようになってしまった。そんな時夜中に梧桐宮の犬小屋から出て御膳房から盗み食いすることにしたんだ。」
「本当に盗めたんだよ。それ以来毎日同じことをしてきた。やっとご飯が手に入るようになって感慨深かったもんだ。」
「毎晩犬小屋から抜け出して御膳房で犬達と争奪戦をする生活だったわけさ。彼らは護衛任務である程度理解してくれていて助かったわ」と話す。
「実は私は、食べ物を奪い合う犬たちにとても感謝しています。私が人間らしくなく必死で奪っているほど、次の夜御膳部屋に残された飯が美味しく香りますから。」
「宮殿の中で子供が物を盗んだら、どうして見つからないわけがない？彼らはただ、皇子が犬小屋に入り込んで食べ物を盗み、犬と争っているのを面白がっているだけだった。」
「犬と食べ物を争うことも一種の技術だよ。君たち人間は知らないんだろう？最初に犬に追いかけられて、逃げ回り叫び、地面を這いつくばって転がって、自分の袍子に足を取られて倒れ込むこともあったけど、その時点ではまだ人間らしかった。」
「そして、クライマックスの部分です。自分に向かって飛び掛かってくる犬を見て、それを噛むようになります。犬が人を噛み、人が犬を噛む。地面で転がり回ったり這いつくばったりして、人も犬も餓えた目で見つめ合います。区別はつかなくなり、人もワンワンと乱れ叫びます。」
彼は自分の腕と肩を触った。
過去のことを話し始めると、本来癒えていた傷跡が再び痛み出す。
犬の歯は非常に鋭く、少なくとも子供の歯よりもずっと鋭いです。肉を引き裂く痛みは人々が冷たい空気を吸うことを我慢できないほどであり、犬の口から出る臭い匂いは鼻や耳にまで届き、人々を震え上がらせます。
嫌悪感が胸中に湧き起こり、子供は突然犬を噛みつきました。平たくて小さい歯が肉に食い込んで離れません。
驚かされた犬はわめき始めました。子供は凶暴な目つきで噛み付いています。犬が大声で叫ぶと、彼も同じように大声で叫びます。まるで自分自身が人間だと忘れてしまったかのようです。
刺客の顔色は哀れむような表情に変わり、「こんな苦しみを味わってしまうと思わなかった」と言います。「惜しむべきだけど、私の手元では解放されることになるだろう」
愚子の笑顔は一瞬壊れました。仮面を外すと、彼は冷たく無表情になり、「何故だ？」と真剣に尋ねます。まるで世の中の真理を探究しているかのようです。
「あの愚かな書生が私を馬鹿呼ばわりしたから、私は賢明でありたいと思った。兄弟王が私を殺すことを望んだから、私は生きていたいと思った」
と彼は軽蔑的に冷笑しながら、天を指し、地を指し、そして、刺客を指さして言います。「お前、お前、それともお前」。
そして、寒々しい声で問います。「お前たちに俺を命令する権利があるっていうのか？！」
