64話 それぞれの思い
帝国歴225年6月 帝都 皇子シャルル
「イル・レンヌとブレイザーの動きが気付かれたか。」
妹のカトリーヌがモルビアンと一緒に南部に向かったという報告を受けた。
軍務卿のイル・レンヌと前内務卿代理のブレイザーは我が派閥の主力だが、自領に戻って戦争の準備をしていることにカトリーヌも気づいたようだ。
だが、遅い。
このときのために私はずっと準備をしてきた。
現状では私の派閥と妹の派閥がほぼ互角の兵数というのは腹立たしいことだが、実はそれでも問題ない。
私には切り札がある。
帝国騎士団は予想どおり中立の立場をとっているから、妹を支持する連中に負けるはずはない。
帝都は私が勝つまでの間は騎士団に任せておいて、北部に向かおう。
南部モルビアン公爵領 皇女カトリーヌ
兄上が多数派工作を放り出して戦争の準備を始めるとは。
予期していなかったのは甘かったのでしょうか。
南部のモルビアン公爵領に向かう馬車の中で私は考え込んでいました。
公爵たち南部諸侯は急いで準備をしてくれていますが、間に合わないかもしれませんわ。
北部からイル・レンヌ公とブレイザー伯を中心とする軍がすぐにも侵攻してきた場合、まずは守りを固めることになるでしょう。
それにしても、兵数ではほぼ互角なのに兄上が戦争の準備を始めたのは何故でしょう?
兄上は傲慢ですが愚かではありません。
兵が同数でも勝てると思う理由が何かあるのでしょう。
軍務卿代理のノルトライン伯からは、皇子派の貴族が領内で古代魔法に適性のある者が見つかっても帝国政府に報告していない疑いがあると聞いていました。
そのような事が明るみに出れば皇帝への叛逆を疑われかねません。
それに古代魔法師を育成するノウハウは帝国騎士団が独占しています。
ですから真剣には心配していませんでしたの。
しかし、こうなったからには兄上の派閥の貴族たちは古代魔法師を違法に抱え込んでいるのでしょう。
それでは古代魔法師を育成するノウハウはどうしたのでしょう?
帝国騎士団の中枢は帝国への忠誠が厚く信用できる騎士で占められています。兄上の派閥へ秘匿された情報を流すことは考えられませんわ。
他に何かあるはず。
はっと私は気づきました。
最近、リヒト殿の両親は帝国に従う意思を示したのに何故帝国軍に攻められて命を落としたのか調べていました。
その過程で、兄上が古代文明の遺跡が見つかったと聞くとすぐに自派の貴族を現地調査に向かわせていたことが分かってきました。
そして、シューネヴァルトに重要な遺跡があると当時の帝国の考古学会は考えていたことも。
古代遺跡から得られる知識を独占するために兄上はシューネヴァルトの支配権を奪おうとしたのではないかと私は考え始めていました。
結果的にシューネヴァルトでは古代遺跡は発見されませんでした。
しかし、兄上が別の古代遺跡から発掘された古代魔法師を育成するノウハウを帝国政府に報告せずに自分のものにしていたとすれば、辻褄があいます。
モルビアン公爵には皇子派の軍は古代魔法師を抱えている前提で作戦を立てるように話さないといけません。
シューネヴァルト辺境伯政庁 リヒト・フォン・シューネヴァルト
諜報部隊のもたらす情報は、帝国が内戦に向かっていることを裏付けるものばかりだった。
皇子派は北部で挙兵の準備を進め、それに対抗するためにカトリーヌ皇女も南部に向かった。
帝都は中立を宣言した帝国騎士団が護っている。
東部はなお中立派の貴族が多く、大きな軍事的な動きは見られない。
西部の皇族であるペリグー公爵は中立を宣言した。
いずれ皇子派と皇女派が講和を探るときに仲介者となるためだろう。
西部ではカミン伯爵が周囲の皇子派諸侯に呼び掛けて兵を集めているようだ。
カミン伯爵たちは帝国騎士団が中立の立場をとっていて、レーナ率いるシューネヴァルト分隊が参戦しないことを知り、僕に勝てると考えているらしい。
「来るなら来い。帝国騎士団抜きでも我らが強いことを見せてやる」とグウィネスは言っていた。狼人たちの戦意は高い。
内戦を想定した準備は順調に進み、メールス卿を中心に辺境伯軍は臨戦態勢をとっている。
ジョバンニがなるべく安く買い付けてくれて食料の備蓄も十分にある。
戦争は決して好きではないが、降りかかる火の粉は払わなければならない。




