49話 妹の独り言
帝国歴224年3月 グリューネブルク エルナ・フォン・シューネヴァルト
兄さんのもとにトリーア卿が訪れて王子だと告げてから、早いもので一年経つ。
この間、兄さんは帝国の辺境伯の地位を得て、シューネヴァルトは急速に成長している。
最近、内政ではアダムズ護民官、軍事ではグウィネスが力を発揮している。
新たに任用した者、重要なポストに引き上げた者が活躍しているのだから、兄さんは人を見る目がある。
シューネヴァルトは豊かになり、強くなってきている。
でも、まだ足りない。
兄さんが新たな盟約を結ぶ資格を得るには。
アールヴが盟約を結ぶ相手は「精霊の祝福を受けし辺境の王」とされている。
私たちエルフにとって重要な樹海の存在する辺境を統べる王になり、人族がみだりに樹海に入ることを防ぐ実力を持つ王として認められないと盟約は結べない。
辺境伯は帝国貴族の中では格が上の貴族で、独自の戦力を持ち、内政をほぼフリーハンドで行うことができる。
それでも辺境を統べるとまではいえない。
帝国の枠内でどこまで辺境の王と言える存在に成長するかは、なかなか大変な課題だろう。
精霊の祝福も難題だ。兄さんは森の精霊アルセイドと契約したけれど、祝福を人に与えられるのは精霊神とも呼ばれる上位の精霊のみ。
上位精霊は滅多に人前に現れない。私たち精霊に近いと言われる亜人であっても、人族よりも長い寿命のうちで一度も上位精霊に会わない者もいる。
それでも、私は兄さんを信じている。
帝国は皇帝が高齢で病身になり、内部が混乱してきている。いつまでも帝国の天下は続かないだろう。歴史家のクラインは兄さんが次の覇者になる可能性を見出している。
そして、兄さんは時間があると精霊魔法の修練をしているし、人並みはずれた精霊力を持っているから、いつか上位精霊の目に留まると思う。
リヒト・フォン・シューネヴァルト王子の守り人として私が選ばれたのは外見の成長段階がちょうど良かったこともある。
アールヴは5歳くらいになると外見の成長が止まり、また20年くらい経つと再び外見の成長が始まる。そこから今度は10年くらい外見が成長して、また成長は止まり、人族のように外見が老いることはない。
姿を変える魔法を使っても身長はごまかせないため、ちょうど5歳くらいの外見から再び成長が始まる私が適任だということになったの。
ちょっとそこのあなた。今、私の年齢を計算しようとしたでしょう。女性の年齢を計算するなんてマナー違反よ。
話がそれたわ。
先日、樹海の奥にあるエルフの国に戻って、長老に現状を報告した。
兄さんが新たな盟約を結ぶ候補として成長していると説明すると、長老もうなずいてくれたが、同時に「そなた、あの人族に少し入れ込みすぎではないか」と言われた。
確かに、兄さんの妹として過ごす時間は私にとって喜びの多いものになっている。
最初はアールヴの責任ある一族として役目を果たすという義務感だったけれど、今では自分の意思としても兄さんの傍にいたいと思う。
でも兄さんに入れ込みすぎということはないと思う。
人族の街で十年以上暮らし、それなりに多くの人を見たけれど、盟約を結べるような信頼できる人柄と潜在的な能力をあわせ持つ人は兄さんしかいなかった。
それに、樹海には脅威が迫っている。
前のシューネヴァルト領主は樹海の木を切って開発しようとしていた。
樹海の奥に人が入り込めば精霊魔法にかかって迷子になって出られなくなるが、外縁から木を伐られていくと魔法は発動しない。
だから木を伐った者たちにはトラブルが起きるという樹海の呪いという噂を広めたりしている。シューネヴァルトの民は子どもの頃から樹海に入ってはいけないと教えられているので呪いの噂を信じて、前領主が高額の報酬を約束しても樹海の開発をする者はいなかった。
でも、その方法もいつまでも通用する訳じゃない。前領主は帝国人で作業部隊を構成して木を切る計画を立てていた。
兄さんたちの蜂起が遅ければ、樹海は少しずつ削られていたかもしれない。
だから、樹海を守るために新たな盟約を結べる相手が現れることをアールヴも望んでいる。
長老も兄さんの可能性は評価している。引き続き兄さんを守るようにと私に言ってきた。
兄さんの身辺は以前よりも危険が増している。帝国内で注目される存在になるほど、邪魔に思う者も増えてくるものだ。
先日グリューネブルクに入り込んだスパイは腕が悪く、騎士団でも対処できたが、今後は腕の良いアサシンの襲来もあると思う。
幸い、諜報能力の高い猫人たちが協力してくれるようになったので、こちらの体制も飛躍的に強化できた。
長老に言われるまでもない。アールヴの一族としての義務ではなく、私個人の意思として、兄さんを傍で守り続ける。
そしていつか、兄さんがアールヴと新たな盟約を結ぶことを私は夢見ている。




