46話 旧リューベック男爵領の復興
帝国歴223年12月 旧リューベック男爵領 ナウムブルク ジョン・アダムズ護民官
年の瀬が近づき、本格的に冬になった。
シューネヴァルトは海沿いにあるので内陸の帝都よりは暖かいが、厚いコートは手放すことができず、雪の降る日が増えてきた。
旧リューベック男爵領を見回ってきたバーネットが戻ってきた。
「お疲れ様。領内の様子はどうだった?領民たちは冬を何とか越せそうかな。」
「はい。最低限の食料と衣服は配分できましたから、どうにか飢え死にする者や凍死する者は出ずに済むかと思います。」
それは良かった。
私が赴任してきたとき、旧男爵領は酷い有り様だった。
帝国歴223年9月 旧リューベック男爵領 ジョン・アダムズ護民官
シューネヴァルト辺境伯に請われ、旧リューベック男爵領に着任した。
帝都で隠棲して過ごすつもりだったが、若い辺境伯の熱意にうたれ、私で良ければお役に立とうと思ったのだ。
物好きにもバーネットが付いてきてくれた。内務省地方局の中でも期待されている若手なので、そのまま残っていれば昇進できただろうに。
バーネットのほかにも帝国政府から3名の若い官僚がシューネヴァルトに来た。それぞれ帝国内務省、商務省、鉱山庁の出身だ。
辺境伯閣下の意向に沿って声をかけたところ、思ったよりも反応が良くて驚いた。声をかけて一月後にもう3名が引っ越してくるのだから、時間が経つともっと増えるだろう。
グリューネブルクで辺境伯閣下にご挨拶をして、一息入れてから任地の旧男爵領に来たのだが、移動する馬車の中で次第に皆の口数が少なくなった。
旧シューネヴァルト王国は前領主の圧政で人口も減ったと聞いていたが、畑ではジャガイモが収穫され、早いところではジャガイモの収穫後に秋まき小麦の種を蒔いているところもあった。
農民たちの表情も明るかった。おそらく、人望のあるリヒト辺境伯閣下が領主になったことで将来の見通しが明るくなったからだろう
ところが旧男爵領に入ると荒れている畑が目立つようになり、収穫されたジャガイモも
サイズの小さいものが多いようだった。
農民たちは瘦せていて表情が暗く、中には畑に座り込んでいる者もいた。
こうした様子を馬車から見て、これは大変だと皆が思うようになったのだ。
着任してすぐに領内を見て回った。
リューベック港には活気があり、その周辺地域は大丈夫という印象だった。だが港から離れた地域では、馬車の中から見た光景が続いていた。
男爵邸のあった中心都市ナウムブルクの周辺地域が特に酷く、むしろ領境に近い村のほうが状況はましだった。推測だが、前領主の収奪が激しかったせいだろう。
ナウムブルク近くの村で村長から事情を聞いた。
「これでは領民たちは冬が越せないのではないか。」
バーネットがたずねると、村長は暗い顔で答えた。
「へえ。毎年冬になると飢え死にする者が出ます。口減らしのために子どもを売る者もおります。」
村長の疲れて諦めた表情からすると、ここではずっとこんな暮らしだったのだろう。
ナウムブルクに戻り、帝都から来た官僚たちと議論した。皆が危機感を抱いていた。
「このままでは餓死者が多く出て、売られる子どもたちも増えるでしょう。まずは冬を越すための食料を確保して配る必要があります。」
バーネットの言うとおりだが、その財源をどうするかだ。
領主だった男爵が貯め込んでいた金貨などは帝国政府に没収されている。だが、領都の男爵邸には高価な食器や美術品が残されていた。
帝都の美術商に連絡を取り、オークションにかけてもらうことにした。
帝国歴223年10月 グリューネブルク シューネヴァルト辺境伯政庁 ジョン・アダムズ護民官
食器や美術品をオークションにかけるとそれなりの金額になったが、領民を餓死させないために必要な予算を試算してみると、まだ足りない。
止むを得ず、辺境伯閣下に相談することにした。
元シューネヴァルト王宮である辺境伯政庁に来ると、あまり待たされることもなく閣下にお会いできた。
「やあ、アダムズ殿。旧男爵領は難しい状況のようだね。」
事前にお送りした資料を読んで頂けていたようだ。
「はい、農民たちは栄養不足で痩せており、秋のジャガイモの収穫量は少なく、このままでは餓死者が多く出ます。取り急ぎ、男爵邸に残されていた食器や美術品を帝都でオークションにかけて売りましたが、餓死者が出るのを防ぐには予算が足りません。」
「うーん、そうか。グリューネブルクにも余っている予算はないんだが。」
閣下が困るのも無理はない。旧シューネヴァルト王国領も前領主に痛めつけられたところから復興を始めたばかりだ。心苦しいが、今ある予算で餓死者をできるだけ少なくする計画を立てるしかないのか。
「よし、決めた。借金をしよう。」
驚いたことに辺境伯閣下は旧男爵領の民のために借金をしてくれると言った。聞けば、シューネヴァルトで蜂起したときに狐人族の商人に借りた金を秋の収穫の税で何とか返したばかりのようだが。
「きっとコトルリ殿はまたツケで食料を売ってくれるだろう。やれやれ、借金王子から脱却したと思ったら今度は借金貴族か。それでも領民が餓死するよりは良い。」
もともと自分の領地ではなかった土地の民のことをここまで考えてくれるとは。
目頭を熱くしながら辞去した。
帝国歴223年12月 旧リューベック男爵領 ナウムブルク ジョン・アダムズ護民官
思い返すと、いろいろあった。
グリューネヴァルトから旧男爵領に大量の食料と衣服が送られてきたときは嬉しかった。
後で閣下から伺ったところでは、領内を襲った貴族派諸侯からの賠償金で借金せずに済んだとのことだったが、借金してでも民を守ろうとする閣下のお気持ちは貴重なものだと思う。
グリューネブルクからは小麦の種も送られてきたので領内の農民に配り、どうにか秋まき小麦を植えることもできた。これから雪の下で冬を越し、来夏には実ってくれるだろう。
旧男爵領の最低限の復興が終わったら、シューネヴァルト全体の仕事も閣下から頼まれるようになって忙しいが、仕え甲斐のある主君なので皆で頑張っている。
先日は可愛い子熊族の移民たちを受け入れた。
きっとこれからも忙しいだろうが、領民が元気になっていく姿を見るのは嬉しいものだ。




