41話 シューネヴァルトの舞踏
ベリグー公爵邸大ホール グウィネス
決闘を申し込まれたカミン子爵は口をもごもごさせている。まさかここまでリヒト辺境伯閣下が怒るとは思っていなかったのだろう。
しかし、私のために閣下が決闘を申し込むとは思ってもみなかった。今回は帝国貴族として初めての外交デビューの場だから、大人しくしているとおっしゃっていたのに。
周囲が騒然となっていると、舞踏会の主催者である公爵が現れた。
隣にいる女性は誰だろう。騎士と侍女が周囲を固めているので相当高位の人だと思われるが。
「まあ、何があったのかしら。」
その女性が口を開くと、周囲にいた者たちが一斉に跪いた。
辺境伯閣下も跪くと、口を開いた。
「カトリーヌ皇女殿下。私の家臣とカミン卿の間でちょっとしたトラブルがありまして。お騒がして申し訳ありません。」
えっ、皇女殿下?驚愕する私に視線を向けると、殿下は微笑まれた。
「あら、貴女がシューネヴァルト辺境伯の家臣?随分凛々しくて美しいのね。それで、どんなトラブルがあったの?」
カミン伯爵は「何でもございません。少し酒を過ごしたようでございますので失礼致します」と言って、大慌てで逃げ出した。
ペリグー公爵邸大ホール リヒト・フォン・シューネヴァルト
ついかっとなって決闘を申し込んでしまったが、皇女殿下のお陰で大事に至らずに済んだ。
しかし、会場の隣の控室でレーナと妹から説教を受けた。
初めての舞踏会なので大人しくしているつもりだったから反省はしている。
もっとも、二人とも僕を叱りながらも「女性を守るのは正しいことだ」とも言っていたが。
レーナは、また何かあるといけないからと言って僕の側に来た。
決闘騒ぎがあったせいか、寄って来る者はいない。
「これなら大丈夫かな。ちょっと兄さんのことを見ててね」と言って妹はどこかへ行った。
そのうちに公爵家の楽団が演奏を始め、舞踏が始まった。
参加者は次々に踊り始める。
自然な流れで、最初にレーナと踊ることになった。最低限の練習はしていたものの、帝国式の宮廷舞踏には慣れていないので、下手なダンスを披露してしまった。
さっきの騒ぎで静かになっていた皇子派の貴族どもがまた喜んで悪口を言っているだろう。
少し落ち込んでいると、いつの間にか妹が隣に来ていた。
「落ち込んでいないで、私と踊ろう。」
「いや、でもエルナも帝国式の舞踏は慣れていないよね。」
「大丈夫。公爵家の楽隊に楽譜を渡して頼んできたから。」
耳を澄ますと、聞きなれたメロディが流れてきた。
周囲からは戸惑う声が聞こえる。
「この曲は何だろう?」
「聞きなれないが、公爵閣下の趣向か?」
公爵は芸術に造詣が深いことで知られているから、その趣向だと思われたようだ。
シューネヴァルトに古くから伝わる曲にのって、妹と僕は踊った。
複雑で細かいステップだけど、子どもの頃から練習しているので体が覚えている。
何でも、もとはエルフの舞踏だったものがシューネヴァルトに伝わったらしい。
ステップを踏みながら滑るように舞踏会場を進むと、周囲の貴族たちは驚いた顔で僕らを見た。
いつの間にか他の貴族たちは踊るのを止めて、広い会場で妹と僕だけが踊っていた。
曲が終わり、妹と僕は一礼した。
「素晴らしい、これは久しく失われていた古い舞踏だ」と言って、公爵が拍手をしてくれた。
「まあそうなの。貴重なものを見ることができたわ。」
皇女殿下も拍手をしてくれて、周囲に次第に拍手が広まっていく。皇子派の貴族たちもしぶしぶ拍手をしていた。皇女派の貴族たちはとても喜んでいるようで「ブラボー!」と叫んでくれる者までいる。
会場の端のほうに戻ると、不機嫌そうなレーナが待っていた。
「ずるいぞ、エルナ。私にも教えてほしい。」
「ふふ、私の指導は厳しいよ。」
「望むところだ。」
僕の近くにはアーレン子爵が寄ってきた。
「いや、決闘を申し込むとは驚きましたが、胸がすく思いでした。同じ女性としてあのような行為は許せません。あのような者が帝国貴族とは嘆かわしい限りです。それに引き換えリヒト辺境伯閣下は帝国貴族の鑑です。舞踏も見事でした。」
「決闘については周囲に叱られました。若気の至りだと思っています。」
「そうでしょうか?私は正しい決断だと思います。貴族は舐められてもいけませんから。私は貴方のような貴族が同じ皇女派として隣にいてくれて良かったと思います。いい馬を選んで送りますから期待していてください。」
辺境伯軍の戦力の増強を図るうえで馬は必需品だ。
騎士団といっても馬が不足していて歩兵が多かったが、これで騎士団らしくなる。
アーレン子爵の領地では鉄が不足しているらしいので、馬を買う代わりにこちらからは鉄を売ることにした。お互いに益のある取引ができそうだ。
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「帝国歴223年9月にリヒトは帝国の舞踏会に初めて参加した。そして義妹のエルナと共に、帝国では失われた古い舞踏を見事に踊り、文化に造詣の深いペリグー公爵に称賛された。辺境の田舎者と馬鹿にしようとしていた皇子派の貴族たちは大いに悔しがったと伝わる。
また、この舞踏会には狼人族のグウィン族長の娘であるグウィネスも同行していた。舞踏会で皇子派のカミン子爵からグウィネスが侮辱されたことに対し、リヒトが決闘を申し込んだのは有名な逸話である。
後に武勇で大陸に名を轟かすグウィネスが最初に歴史に登場したのは、意外にも舞踏会だったのである。」
エスター・クライン著「リヒト戦記」より




