38話 辺境伯軍の創設と領内の人事
帝国歴223年8月 シューネヴァルト辺境伯政庁 リヒト・フォン・シューネヴァルト
皇子派諸侯を牽制するという皇女殿下の期待に応えるには軍を整備する必要がある。
解放軍を母体にして早急に辺境伯軍を立ち上げないといけない。
帝都から戻ったら、もうメールス卿が動いてくれていて、グリューネブルクの中心部の広場には志願兵を募る高札が立っていた。
帝国では通常の軍は農民などが徴収されて兵士となっている。だから練度は低いし、農繁期には戦争は起こせない。
シューネヴァルトでは徴兵制ではなく志願制にした。できる限り、領民を無理やり戦争に連れて行くことはしたくない。
そして将来的には兵士を専業にしたい。そうすれば練度は上がり、戦争になったときの犠牲者は少なくなる。農閑期にも軍を動かすことができるのは戦略上の大きなメリットでもある。
ただし財源の制約がある。大規模な常備軍を保持するには大きな経済力が必要になる。今のシューネヴァルトでは多くの兵士に給与を払うことはできない。
だから、当面は中核となる部隊だけを職業軍人で構成する。
帝国騎士団が襲来したときに義勇兵になってくれた町の人たちのように、職人などの本職がある人たちが志願してくれたら予備役になってもらい、本業に差し支えない範囲でときどき訓練に来てもらうことにした。
中核となる部隊として、まず騎士団を編成した。
辺境伯なら騎士団を持たないと体面上もまずい。
騎士団長はもちろんメールス卿だが、その下に隊長を二人置く。
一人は王国の旧臣のアーレンス・グラットバッハを任命した。グラットバッハは王国が滅んだときは騎士見習いだったようだ。将来の王国のために逃げるよう指示されていた一人だ。
王国の滅亡後は牧場を経営していたとのことで、馬術に秀でている。メールス卿によると戦術理解も早く、隊長としての資質もあるようだ。
グラットバッハは500人を率いる。
もう一人の隊長には狼人族の族長の娘であるグウィネスを任命した。グウィネスには狼人族から志願した者たちを指揮してもらう。
狼人は馬に乗れないなどという偏見が帝国の一部にはあるようだが、そんなことはない。狼人だけの部隊をつくるのは、人族では狼人の動きについていけないからだ。
グウィネスは400人を率いる。狼人族には戦える大人が700人くらいいるが、全員戦ってもらったのは非常時だったからであり、やや高齢の人などは猟師に戻ってもらい、予備役になってもらった。
大盾を備えた重装歩兵隊の隊長は元近衛騎士のゲオルグ・アルトドルファーだ。重装歩兵隊は旧臣を中心に300名で構成する。
王国のことを良く知り、実戦経験が豊富で忠誠心の高いアルトドルファーには、新兵の教官も担当してもらう。
弓隊も300人で編成し、その隊長には妹のエルナを正式に任命した。
そして辺境伯軍の切り札になりえるのが精霊魔法師だ。帝国軍の切り札は古代魔法師だが、帝国貴族になったからといって、古代魔法は教えてもらえない。魔法師は皇帝直属となる決まりがあって、古代魔法の知識は機密扱いになっている。
その点、精霊魔法師はシューネヴァルト辺境伯領で抱えることができる。古代魔法に比べると地味な印象があることと、精霊魔法師は亜人に多いことが理由で帝国は手を出していないのだろう。
鬼人族には精霊魔法師が30人くらいいる。彼らに頼んで辺境伯軍の人族や獣人に精霊魔法師の適性があるかどうか調べてもらったら約20人に適性があった。
約50人の精霊魔法師はシューネヴァルト辺境伯軍の切り札になりえる存在なので、あまり人目につかないほうが良い。だから樹海の中で訓練することになった。
辺境伯軍は常備兵が1500人、予備役が1500人で合計3000人になる。
シューネヴァルト辺境伯領に存在する戦力としては、このほかに帝国騎士団シューネヴァルト分隊が500人いる。
レーナの副官になったカリンは「皇子派の騎士は排除しましたから、姫様の意の通りに動きます」と言っていたから、頼りになると思う。
辺境伯になったことで、いくつかの爵位を動かせるようになった。帝国政府に推薦すると皇帝が爵位を授けるという流れになる。
まずはトリーア卿を男爵に推薦した。トリーア卿に領地はどうしようかと話したところ、「閣下のもとで一体的に運営されたほうが良いと思います。私は爵位だけで十分でございます」と言われた。
戦力と経済力の向上を急いでいる現状では、確かにそのほうがありがたいので、爵位だけを贈らせてもらった。男爵には領地を持たない者もいて、帝国政府で働いたり、貴族の臣下という場合も珍しくない。 そしてメールス卿は帝国騎士に推薦した。帝国騎士は一代限りの爵位になる。
二人とも王国では貴族だったので解放軍の中では貴族として遇していたが、公式には平民だった。これで名実ともに貴族になる。これまで随分支えてもらっていたので、少し肩の荷が下りた気分だ。
特に帝国政府や他領との交渉を担うトリーア卿は、爵位を得ることで仕事もやりやすくなるだろう。
グウィン殿とコトルリ殿、それにカヤ殿は、亜人や獣人の人権がはっきりしない帝国では公的な地位に就けないが、辺境伯には領内の統治に大きな裁量権がある。
そこでグウィン殿とコトルリ殿に相談した結果、グウィン殿の娘のグウィネスは上述したように騎士団の隊長に、コトルリ殿の息子のジョバンニは領内の交易の責任者である商務官に任命した。
獣人が公職に就くことは稀なので、グウィン殿もコトルリ殿も喜んでくれた。
蜂起の最初から一緒に戦ってくれたグウィン殿とコトルリ殿に少しでも報いることができたのなら嬉しい。
鬼人族のカヤ殿には、辺境伯顧問官になってもらった。
鉄をつくり鍛冶をするというだけでも重要だが、鬼人族には精霊魔法師がいるから存在感は大きい。
内政面では、アダムズ護民官とリューベック港のゼーマン管理官が着任した。アダムズ護民官は、補佐役のバーネット氏に加えて帝国商務省や鉱山庁の官僚を何人か連れて来てくれたのは有難い。
帝都の忙しい生活に疲れて辺境でマイペースの暮らしをしたい者、新しくできた辺境伯領なら自分の手腕を存分に振るえると思う者など動機は様々のようだが、人手不足のシューネヴァルトではみんな歓迎だ。




