37話 人材の登用
帝都リエヴァン リヒト・フォン・シューネヴァルト
シューネヴァルトでは人手が足りないので、帝都では人材の登用もしたいと思っていた。
元王国領の統治は旧臣たちが土地勘も経験もあるので何とかなるが、新たに領地になったリューベック男爵領には手が回らないというのが正直なところだ。
そう思っていたら、帝都に来る前にレーナから、帝国内務省地方局のアダムズ西部辺境課長が辞職したと教えてもらった。
内務卿代理の陰謀に抵抗してくれたからシューネヴァルトにとっては恩人だし、誠実な人柄なのは疑う余地がない。帝国内務省で課長に昇進した以上、有能であることも間違いない。
だから何とかアダムス氏を辺境伯領にスカウトしたいと思ってアポイントを取っていた。
リエヴァンの郊外の小さな一軒家にアダムズ氏は住んでいた。
質素な暮らしをしている様子にも好感が持てる。賄賂など受け取る人ではないのだろう。
アダムズ氏は辺境伯への叙爵を祝ってくれたが、シューネヴァルト領へのスカウトについては、やんわりと断ってきた。
「お声がけ頂き、大変ありがとうございます。しかし、体調を崩したことを理由に辞職しましたし、私などより若くて優秀な者がいると存じます。」
恩人のアダムス氏が病気であるなら無理押しもできないと思って辞去した。
だが、別行動をしていたトリーア卿が西部辺境課の担当者としてアダムズ氏と一緒に内務卿に直訴してくれたバーネット氏に会って御礼を述べたところ、アダムス課長の辞職の本当の理由は病気ではないことが分かった。
内務卿に直訴して内務卿代理を辞職に追い込んだことは正義感に基づく行動とはいえ、官僚の分を越えたことをしたので、アダムズ氏はけじめをつける意味で辞職したようだ。病気というのは表向きの理由だったらしい。
バーネット氏は「アダムス課長は地方局長の候補者と期待されていたのに、誠実に仕事をしたことで、どうして辞めないといけないのか納得がいかない」と言っていたそうだ。
宿でトリーア卿から事情を聞いて、僕はもう一度アダムズ氏に会うことを決めた。
今度はトリーア卿にも同行してもらって訪問し、僕らのために辞職に追い込まれたのではないかと告げると、アダムス氏は「どうかお気になされませんように、私の個人的なけじめです」と言った。
そうであったとしても、内政家としてのアダムズ氏のキャリアが終わるのはもったいない。
領地の広がった辺境伯領で腕を振るってほしいと再度勧誘した。
「私は皇子派貴族に睨まれておりますが。」
ああ、この人はそれを気にしていたのか。だが、気にしなくていい。僕は語気を強めた。
「問題ない。私も皇子派貴族には嫌われている。それより、シューネヴァルトはあなたの内政家としての手腕を必要としている。あなたなら正義を貫き、民を安んじてくれるだろう。」
「買い被りでございます。ですが、私などのために二度も足をお運び頂き、閣下のお気持ちを受け取らせて頂きました。私で良ければ、老骨に鞭打って統治のお手伝いを致します。」
どうにかアダムズ氏を説得できて良かった。
さらに、トリーア卿が再度バーネット氏に会って、アダムス氏が翻意してシューネヴァルトに来てくれることになったと伝えたところ、バーネット氏も辺境伯領に行くと言ってくれた。
帝国内務省の地方局に勤務して、帝国各地の領地の状況を把握している彼らは領地経営を進めるうえで貴重な戦力だ。
アダムズ氏のために護民官というポストを新設して、旧男爵領の内政全般を統括してもらうことにした。通常は代官と呼ばれることが多い役割だが、アダムス氏にふさわしい職名じゃないかと思う。バーネット氏にはその補佐をしてもらうつもりだ。
帝都では、もう一人と面談の約束をしていた。
実は新たに辺境伯領となった旧リューベック男爵領には良い港がある。
半島の付け根にありながらも、海岸は岩場ばかりで良港のなかったシューネヴァルトにとっては非常に大きいことだ。
ただし港湾の管理に経験のある者がシューネヴァルトの旧臣にはいなかった。かといって前領主のリューベック男爵の家臣たちは悪事に加担した疑いもあって信用できない。
そこでレーナに相談したところ、ノルトライン伯爵の伝手で帝都にいる専門家を紹介してもらえることになっていた。
レーナとノルトライン伯爵には本当にお世話になっている。いつか恩返しをしなくてはと思う。
紹介してもらった人に会ってみると、潮焼けした逞しい男性だった。
「はじめまして、シューネヴァルト辺境伯閣下。私はゼーマンと申します。故郷では私の家は代々港の世話役をしております。ただし私は次男ですので家業は兄が継ぎました。お前は自由にして良いと父から言われたので見聞を広めるために帝都に出てきまして、ノルトライン伯爵閣下の知遇を得た次第です。」
なるほど、そういう経緯か。
話してみると、武骨な外見なのに不思議な愛嬌がある人で、打てば響くようなテンポの良い会話ができる頭の良さも感じられる。
ゼーマン氏にはリューベック港の管理官をお願いすることにした。
内政のキーマンを確保できたのは大きい。
だが、シューネヴァルト辺境伯領はまだまだ人手不足だ。
アダムズ氏は帝国政府の要職に就いていたので人脈も広いだろうから、良さそうな人材がいれば声をかけてほしいと依頼した。
「新参の私がそんなに出しゃばって大丈夫でしょうか」とアダムズ氏は心配したが、トリーア卿は「何、心配は無用です。貴殿が内務卿に直訴してくれたことに王国の旧臣はみな感謝しております。帝国の使者として現れた貴殿に後光が差して見えたという者までいます。どうぞ安心して腕を振るってください」と笑顔で答えた。
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「シューネヴァルトの内政を語るうえで護民官アダムズに言及しないわけにはいかない。内務卿代理の不正を内務卿に直訴したことで皇子派貴族たちから睨まれたため、同僚や部下たちに迷惑がかかることを懸念して辞職していたアダムズは、リヒトの強い要請を受けてシューネヴァルトの護民官として赴任した。
アダムズは旧リューベック男爵領を安定させ、さらに帝国政府での豊富な経験を活かし、シューネヴァルト辺境伯領の経済力を高めることにも手腕を発揮した。
誠実で公平な行政をアダムズが行うことは多種族・多民族から成るシューネヴァルトの安定に大きく寄与し、後に「すべての民の守護者」と呼ばれるようになる。」
エスター・クライン著「リヒト戦記」より




