35話 帝都リエヴァン
辺境伯への叙任のため、帝都リエヴァンに向かうことになった。
今回は外交儀礼なのでトリーア卿に同行してもらい、メールス卿には留守を頼んだ。
族長さんたちは、帝都は居心地がよくないから同行は遠慮するとのことだった。帝国の獣人や亜人への姿勢を考えると無理もない。
妹も帝都には良い印象がないらしく「今回はパス」と言っていた。
帝都リエヴァンは帝国東部のガロア地方の中心にあり、ルヴァロア王家の古くからの領地だ。
帝国創建初期は帝国南西部のバイエレマン地方に首都はあったと聞く。ルヴァロア家が皇位を担うようになってから遷都されたようだ。
辺境の少年として育ったから、これまで帝都に行ったことはない。
帝都は花の都と呼ばれているが、どんな街なんだろう。
街道を一週間かけて進み、ようやく帝都周辺の丘に差し掛かった。
丘を登りきると、帝都の街並みが一望できた。
「やはり大きいな。」
「そうですな。グリューネブルクのほうが緑は多く風情がありますが、確かに帝都は栄えておりますな。」
負け惜しみを言うトリーア卿に苦笑する。
帝都リエヴァンに入ると、事前に聞いてはいたものの、人の多さに驚いた。
さすがに多民族国家である帝国の首都らしく、ガロア人にブリタリア人、僕らと同じバイエレマン人、さらにネデルランド人など様々な民族がいる。
帝都の街路はどこまでも石畳が敷き詰められている。
グリューネブルクは中心部だけ石畳が敷かれ、土の道路が多い。
道路の両側には石造りの建物が続く。四、五階建てが多い感じだ。木造の平屋が多いグリューネブルクとは違うな。
そして建物の窓という窓には花が飾られている。お店だけじゃなく、普通の民家の窓にも色とりどりの花が咲いている。
さすが花の都と称えられるリエヴァンだ。
街角では吟遊詩人が歌い、キャンバスを立てて絵を描いている画家が何人もいる。帝都は政治と軍事の中心であるだけじゃなく、文化の都でもある。
パン屋から甘い匂いがするので近寄ってみると、お菓子も売っていた。
買って食べてみると、甘い。
高級品の砂糖を使ったお菓子が街で売られているとは。帝国の富を見せつけられた思いがする。
いつかシューネヴァルトもこんなに豊かになるように、頑張らないと。
翌日、王宮に向かった。
広大な庭園の中に白を基調とした美しい建物が建っていた。
幾何学模様に刈り込まれた庭木はよく手入れされている。
豪奢なエントランスで要件を告げて、近衛騎士に案内されて進む。
廊下の床には大理石がふんだんに使われ、柱には珍しいピンクの大理石も使われている。高価な鏡もうまく配置されていて、実際の大きさよりも広く見える。
謁見を待つために案内された部屋の天井にはフレスコ画で神話が描かれている。装飾を施した台の上には人体の躍動を見事に捉えた彫刻があった。
華麗な宮殿だな。
トリーア卿からは、辺境から帝都に来ると文化度の高さに圧倒されると聞いていたが、確かにすごい。
しばらくして案内役が来て、謁見の間に向かう。
謁見の間に入り、緋色の絨毯に跪く。
豪華な金銀で装飾された王座に座っていたのは、疲れた印象の老人だった。
帝国皇帝フランソワ7世は若い頃は覇気があり、帝国の領土をさらに広げたと聞くが、今は痩せて枯れている印象だった。
もしかすると皇子が信頼できず悩んでいるのかもしれない。
形式どおりに辺境伯に任命されて、謁見は短い時間で終わった。
何だか実感がなかったが、トリーア卿は感慨深そうだった。
王宮から宿に戻ると、来客があった。
帝都には知り合いはほとんどいない。レーナとは明日会う約束だし、一体誰だろう。
「初めまして、シューネヴァルト辺境伯閣下。私は帝国歴史研究所のエスター・クラインと申します。最近、フランコルム帝国では帝国人至上主義者が増えていますが、シューネヴァルトでは亜人や獣人と協力を深めておられることに興味を持っています。シューネヴァルトに滞在して研究することをお許し頂ければ嬉しく思います。」
訪ねてきたのは眼鏡をかけた小柄な女性だった。
歴史家とは、これは変わった人材だな。でも歴史の知識は重要だと思う。
「リヒト・フォン・シューネヴァルトだ。確かにシューネヴァルトはどの民族でも、どの種族でも安心して暮らせる場所であることを目指している。そのことに興味を持ってもらえるのは嬉しく思う。
また、私は若輩だが、歴史は少し学んだつもりだ。人の為すことは昔も今もたいして変わらない。温故知新とはよく言ったもので、過去の事例から学べることは多いと思っている。」
「おお、辺境伯閣下はよくわかっていらっしゃる。私の歴史の知識は閣下の統治のお役に立てることがあると思います。」
「そうか、それでは宜しく頼む。シューネヴァルトには残念ながら歴史研究所はないから、私の顧問のような形になるが、それで良いだろうか。」
「それで十分です。私の望みはシューネヴァルトに住んで、この新しい領地がどのように発展していくかを観察することですので。」
「そんなにシューネヴァルトは興味深いのか。」
「はい、とても。私は帝国の後継者は帝国とは違う在り様の国になると思っています。ですから帝都の周辺ではなく辺境から生まれると思うのです。」
帝国が衰退する後のことを言うのは、気を付けないと謀反の意思があると思われかねない。だが、シューネヴァルトをそこまで評価してくれるのは嬉しくもある。
「大胆な発言だな。今の話は聞かなかったことにするが、クライン殿は面白い視点から歴史を見ているようだ。」
「ありがとうございます。私はシューネヴァルトの発展を自分の目で見て、いずれ書物にまとめたいと思っています。もしかすると、それは閣下の伝記になるのかもしれません。」
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『帝国歴223年、帝国の西部にシューネヴァルト辺境伯領が誕生する。帝国ではシャルル皇子派の貴族たちが異民族や亜人、獣人を排斥する動きを強める中、異民族および異種族間の協調を重視するカトリーヌ皇女派の貴族として、リヒト・フォン・シューネヴァルト辺境伯は人材を広く求め、内政と軍事の両面から力を付けるべく精力的に活動を始めた。シューネヴァルト辺境伯領の誕生にはカトリーヌ皇女の強い後押しがあった。
後に「大陸を照らす光の王」と呼ばれるリヒトは、こうして歴史の表舞台に登場したのである。』
エスター・クライン著『リヒト戦記』より
ストーリーの進行にあわせてタイトルを変更します。ようやくここまで来た感じです。これから領主らしい内政の話なども出てきます。引き続きお付き合い頂ければ幸いです。
ブックマークや評価点を頂いた方には改めて御礼申し上げます。書き続ける原動力になります。




