34話 祝祭と歴史家
墓参を済ませた後、トリーア卿たちは僕が辺境伯になることを公表した。
そのニュースはすぐにグリューネヴルクに広まったようだ。
帝国直轄都市になれるだろうという情報は流していたものの、実際にどうなるかはっきりしなかったから、町の人たちも不安だったと思う。
直轄都市としての自治どころか帝国の上位の貴族になったことで、みんな安心してくれたんだと思う。
夜にはお祭りになった。
「もう帝国から悪い領主は来ないぞ!」
「今日からシューネヴァルト辺境伯領だ!」
「リヒト王子殿下、万歳!」
人も亜人も獣人も通りに繰り出して、歌い踊っている。
僕らも街に出て、祝いの祭りに加わった。
目抜き通りには、いつの間に準備したのか露店が出ている。
定番の焼いたソーセージやレープクーヘンのほかにビールを売っている露店もある。
シューネヴァルトはビールの国として知られていたんだ。原材料に麦とホップと水以外を使用することを禁じたビール純粋令という法があったくらいだから、歴代の王にビール好きが多かったんだろうな。
成人してからは僕もときどき飲んでいる。いろんな種類のビールを飲んでみたけど、大麦ではなく小麦からつくったヴァイツェンビールの香りが良くて好きになった。
広場のベンチに腰掛けて、パンに挟んだソーセージを齧りながらビールを飲む。
ビールに焼いたソーセージは鉄板の組み合わせだ。
シューネヴァルトにはあまり凝った料理はないけど、ハムとソーセージは大陸でも一番美味しいと思う。
それに屋外で食べるのは解放感があって良いな。
少し遠くから、鬼人族の低くて重い太鼓の音が聞こえてくる。
そして大地を踏みならす力強い狼人の踊りの列が近づいてきた。
「宮廷舞踊とは違いますが、これはこれで野性味があって良いものですな」と言うメールス卿に僕は頷いた。
広場の反対側では、町の人たちが長らく踊られていなかったシューネヴァルト風のダンスを踊っていた。
「またこのダンスを見ることができて嬉しく思います」とトリーア卿は感慨深そうだった。
ノルトライン伯爵が領主の頃は自由に踊ることができたけど、次に来た領主はシューネヴァルトの文化を否定して、このダンスも禁止していた。
旧臣たちがしんみりしていると、既に酔っぱらっているカヤ殿がやってきた。
「やったね、坊や!これであたしらも大手を振って街中を歩けるってもんさ。」
カヤ殿も本当に喜んでくれているようで良かった。シューネヴァルトは帝国から迫害されてきた鬼人族の居場所であり続けようと思う。
それはそれとして「人前で坊や呼ばわりは止めてください」と言うと、じゃあと言って鬼人族の強烈な酒を飲まされた。
「うわ、喉が焼ける」
「はっはっは、この酒は鬼殺しという名前だからね。でも良い飲みっぷりだね。それにしても辺境伯とは本当に参ったよ。あたしがもう少し若かったら惚れてるところさ。」
いつの間にか近くに来ていた妹が力づくでカヤ殿を引き離した。
「その物騒な名前のシロモノはしまってください。」
「あんた、その細い体のどこからそんな力が出るんだい」
カヤ殿は驚いているけど、妹は昔から力が強い。
次にグウィン殿とコトルリ殿が連れ立ってやってきた。
「リヒト殿、飲んでおるか?」
「今日はとことん飲むで!」
二人の言うとおり、今日くらいは飲んでもいいだろう。
「乾杯!」
翌朝起きたら、ものすごく頭が痛くて、午前中は何も食べられなかった。
妹はあきれ顔だったけど、お昼にパン粥を持ってきてくれた。
まあ、たまにはこんな日があってもいいかな。
「次の覇者は辺境から現れる。」
うん、きっとそうだ。私は書きかけた論文を手に取って頷く。
アルモリカ大陸は「パクス・フランコルム」(フランコルム帝国による平和)の時代が続いたが、帝国は後継者が定まらず。地方で不正を働く領主が増えるなど、その統治には陰りが生じている。
永久に続く王朝など人類の歴史には存在しない。帝国が衰えたら、次に覇者となるのはどの国だろうか。
歴史学者である私は、帝都から遠くにあって帝国の影響をあまり受けず、帝国とは異質な要素を持つ辺境から次の覇者が誕生するという仮説を立てている。
これまでは屈強な戦士の揃う遊牧民の国や宗教色の強い国に可能性があると思ってきたが、面白い存在が現れた。
それは元シューネヴァルト王国だ。いったん帝国に滅ぼされたが、獣人と亜人と手を組んで悪徳領主を追い出した。
さらに帝国騎士団を前にしても一歩も引かなかったらしい。住民が義勇兵になって一緒に戦おうとしたと聞いたから、指導者にカリスマがあるのだろう。
今は帝国の辺境伯領になっている。
帝国至上主義者が勢力を増しているフランコルム帝国とは真逆の道を進んでいる点が面白い。
辺境伯は帝国貴族だが、独自の軍を持ち、内政面でも裁量が大きい。シューネヴァルトはもともと帝国とは別の国だし。次の覇者の候補になり得ると思う。
一体どんな風なんだろう。ああ、実際にシューネヴァルトに行ってみたい。




