3話 家族
元侍従長のトリーア卿は、「殿下も急な話に驚かれているだろうし、今日は引き上げます」と言って帰ったようだ。
綺麗な白髪をしたお洒落な老人で、とても物知りなので、いつも会うのが楽しみな人だった。
王子なんていう話が出るまでは、どんな話が聞けるのかなと楽しみにしていたんだけど。
夜になって、両親が僕の部屋に来た。
「王子だってことを今日まで隠していて、本当に済まなかった。」
父さんは改めて頭を下げたが、その口調があまり他人行儀じゃなかったことにちょっと安心する。
「謝らなくていいよ。話さないように命じられていたんだし。それに、黙っていたほうが僕の安全が守られると思ってくれたんだよね。」
父さんは目を見開いたあとで下を向き、小さくありがとうと言った。うん、元王子だと知ってしまったら、僕の学校での振る舞いもおかしくなって、帝国に目を付けられていたかもしれないことは分かるよ。
「ほら、アルは賢いからきっと分かってくれてるって、あたしの言ったとおりだろう。」
母さんは父さんを小突いたけど、目は潤んでいた。
それから母さんは僕を正面から見た。いつになく真剣な表情で。
「それで、これからどうするんだい。王子っていっても王国は滅んでる。もともと小さな国だったし、帝国に逆らって負けたら、ただじゃ済まないよ。もしアルが叛乱に巻き込まれたくないんなら、ここから逃げたほうが良いよ。」
「そうだな、南方諸島に俺の兄弟子がいる。信頼できる人だから、きっとアルのことを匿ってくれる。南の島には帝国の影響は及びにくいしな。」
ああ、父さんも母さんも僕のことを大事に思ってくれている。
「ほらね、兄さん。母さんも父さんも、いきなり他人になるわけないよ。」
「そうだね。不安に思った僕が馬鹿だった。」
「そうかい、不安に思わせて済まなかったねえ。アルがうちに来た最初の頃は、殿下をお育てするのは恐れ多いと思ったもんさ。でももう12年も親子なんだ。殿下だの何だってのは忘れちまったよ。誰が何と言おうと、アルはあたしたちの息子なんだ。」
父さんも頷いている。
「エルナもあたしらの娘だ。血がつながってなくたって、二人とも大事な家族なんだよ。」
母さんは僕と妹を抱きしめてくれた。
「逃げてもいいって言ってもらえて嬉しかったよ。でも、生まれ育ったこの国を捨ててもいいのかなって思うんだ。まちの人たちにはお世話になったし。戦場で活躍するような力は僕にはないけど、帝国に謀殺された国王夫妻の子というのは、領主と戦うシンボルにはなるんだろう。どんなふうに領主を追い出して、どんなふうに帝国と折り合いをつけようと元侍従長たちが考えているのか、ともかく話を聞いてみようと思う。」
母さんは心配そうな顔をした。
「それでいいのかい。確かに町のみんなは今の領主に困ってるけど、アルが抱え込まなくてもいいんだよ。」
「アルはもうじき16歳だから、もう子どもじゃない。それに俺たちより賢い。アルの将来はアルが決めることだ。」
「ありがとう父さん。母さんも心配してくれてありがとう。元侍従長たちの計画が無理そうだと思ったら逃げ出すことにするよ。」
両親と兄さんとのやり取りを聞いていて、私は小さくため息をついた。
兄さんは甘いなあ。領主をうまく追い出せたとしても、帝国に再び独立を認めさせるのは無理だろう。
叛乱の指導者になると、帝国に捕まったら殺される可能性は低くない。
それでも両親を置いて逃げ出したくないんだろうな。
王子を逃がしたとなると、元侍従長から王子を託されていた両親は苦しい立場に置かれることになる。
その気持ちは私も分かる。父さんも母さんも、私たちに無償の愛情を注いでくれたから。
それに、兄さんの優しく甘いところは嫌いじゃない。
もし兄さんの身が危うくなれば、私が助けて逃げ出そう。
決して死なせはしない。私はそのためにここに来たんだから。