14話 ノルトライン伯爵と娘
「父上、シューネヴァルトで領主が獣人狩りをしているというのは本当なのですか?」
先日、騎士団の同僚から聞き捨てならない噂を聞いた。領主があろうことか獣人狩りをして、奴隷として売っているというのだ。
同僚の知り合いは広大な農場を営んでいて、奴隷商から獣人の奴隷を購入したところ、シューネヴァルトから攫われてきたと言っていたらしい。
「マクダレーナ、声が大きい。まず落ち着きなさい。」
父は落ち着けというが、噂の内容がひどい。
そもそも帝国は人身売買を禁じている。それでも借金を返すために自分や家族を売る人はいて、悪質な業者がはびこるよりは良いと、奴隷商の存在は事実上認められていて各地の領主が監督している。
だが、人を攫って奴隷商に売るなど犯罪以外の何ものでもない。
「シューネヴァルトのことは私も気にしている。私なりに領主として、あの土地が安定するように微力を尽くしたからな。」
そのことは私も知っている。私の本当の名はマクダレーナ・フォン・ノルトラインだ。
身分を隠して学校に通っていたから、領主についての同級生の噂話を聞くこともあったが、領主である父の評判が良いことを誇らしく思ったものだ。
「お前も知っているように、私はあの土地に骨を埋めるつもりだった。だが皇女殿下の目にとまり、中央に栄転することになった。そのときの人事の交渉でシューネヴァルトの領主は皇子派のポストになったわけだが、皇子派には帝国至上主義者が多い。」
皇女殿下は帝国の民すべてに公平であろうとしておられる。だからこそ旧王国の民も亜人や獣人も尊重して、あの地を安定させた父の手腕を評価してくださった。
だが、皇子派の貴族には帝国人が偉いと思い込んでいる連中が多い。
「帝国人が最も優秀だと思い込んでいる者は、自分たちと他の者たちを客観的に評価することができない。今の領主はその傾向が強いと聞いていたから、旧王国人を差別することは危惧していた。
まして獣人となると、人として扱ってすらいないかもしれぬ。さすがに自らの手を汚して獣人を誘拐しているとは思わないが、性質の悪い奴隷商が入り込んで獣人を誘拐することを黙認している可能性はある。」
「私の同級生には獣人もいました。彼らも私たちと同じ人間です。何とかならないのですか?」
「私は皇女殿下のおかげで伯爵にして頂いたが、後任の領主が爵位が低いからといって、その統治に簡単に口は挟めない。明確な犯罪の証拠でもあれば別なんだが。」
私も子どもではないから、皇女派の父が皇子派の領主の統治に口を出しにくいことは分かる。
騎士団で世間話をしていても、皇女殿下の人気が高いことに皇子派の貴族たちは神経質になっていることが分かる。皇帝陛下が後継者として皇子を指名しないのは、皇女に後を継がせようとしているという噂もよく耳にする。
父が明確な証拠もなく皇子派の領主の統治を批判すれば、皇子を貶めようとする皇女の陰謀だと思われかねない。
それに、言いにくいことだがシューネヴァルトは辺境のへき地だ。帝国の中央の人間はあまり関心を持っていない。
「難しいのは分かりますが、このまま放置するしかないのでしょうか。」
「私も情報は集めている。今の領主は不正経理をしている疑いもあるようだ。証拠を揃えることができれば、帝国内務省を動かすこともできるだろう。」
今は待つしかないのか。アルとエルナの兄妹は無事だろうか。
何もできない自分の力の無さが悔しい。
私は帝国騎士の一人としてフランコルム帝国に誇りを持っている。
帝国は、かつて戦乱が続いていたアルモリカ大陸を安定させ、多くの民衆を戦争の恐怖から解放した。
帝国が併合した国の民でも能力があれば登用するという実力主義も良いと思う。
だが、今の帝国人には自分たちは選ばれた民で他の民族よりも優秀だという間違った思い込みをする者も少なくない。彼らは他民族を蔑み、帝国人についても本人の能力よりも家柄を重視する。
そのような者が増えれば、帝国の統治は能力の低い者が担うようになり、他民族は帝国に不満を溜めるだろう。
フランコルム帝国は爛熟してしまい、このままでは衰退するのかもしれない。




