10話 樹海と獣人の里
アルモリカ大陸の西の端にある半島は、その大部分を樹海に覆われている。半島の根っこの部分に位置するシューネヴァルト王国の名である「美しい森」(シューネヴァルト)とは、この樹海を称えたものだと伝わる。
帝国の伯爵領より領地が小さいと揶揄されたシューネヴァルト王国だが、樹海を含めれば広大な領地を有することになる。
だが樹海の中では磁石が狂ってしまい、何度か派遣された調査団は無事に帰ってくることができず、開発は断念されたらしい。人が入ることを許さない樹海は「大いなる森」(グローセヴァルト)とも呼ばれている。
一方、獣人たちは樹海の中でも人族のように迷うことがない。活動できるのは樹海の入り口近くに限られ、森の奥には入れないらしいが、それでも人が入ることのできない樹海は獣人たちにとって安全な住処といえる。だから領主に迫害された獣人たちは樹海に逃げ込んだ。
その樹海の中を僕は歩いている。
木々の間から陽射しが入るので、決して暗いわけではないけど、樹海に入るなと子どもの頃から聞かされて育ったシューネヴァルトの民としては、どうしても緊張してしまう。
「子どもの頃から、樹海に入ってはいけないと言われてきた。こうして樹海の中を歩いていると、つい大丈夫かなと思ってしまう。」
僕がぽろっと本音をこぼすと、
「はは、無理もありませんな。樹海は人族が入るには危険な場所です。しかし我らが先導しますから大丈夫です。」
と、同行している狼の獣人が答えてくれた。
今日はトリーア卿やメールス卿と一緒に、狼人族の族長に会いに来ている。
人族は樹海の中では迷ってしまうので、樹海の入り口まで若い狼人族が迎えに来てくれて、樹海の中を先導してくれていた。
獣人の外見は人族とあまり変わらない。違うのは毛がふさふさした耳があることとしっぽがあることくらいだ。
だけど身体能力は人族よりも高い。種族によって違うが、たとえば狼人族は速く長く走ることができて、跳躍力があって力も強い。
トリーア卿が事前に狼人族と連絡をとり、王子が生きていることを伝え、蜂起への協力を依頼している。義理堅い彼らは友好関係にあった先王夫妻を助けられなかったことを悔いていて、今の領主の圧政への不満もあり、快諾してくれたそうだ。
だから今日は会談といっても難しい交渉じゃない。
狼人族の族長と会ったら、その次に狐人族の族長にも会う予定だ。
トリーア卿は狐の獣人族にも接触していて、商業を生業とする狐人族は、今の領主のもとでは商売ができずに困っているので協力すると言ってくれたらしい。
しばらく樹海の中を進み、狼人族の里に着いた。
狼人族の族長は逞しい壮年の男性で、グウィンと名乗った。
「おお、そなたが亡き先王夫妻の忘れ形見か。確かに王妃殿の優しい面立ちに似ておる。帝国が約束に反して攻め込んできたとき、我らは何もできず、済まなかった。」
グウィン殿は力強く僕と握手をすると、国王夫妻を助けられなかったことを詫びてくれた。
そして、悪辣な領主を追い出すために共に戦おうと言ってくれた。
狼人族は勇敢で粘り強く、集団で行動することも得意だ。援軍としてこれほど頼もしい部族もそうそういない。
狼人族の里を出て狐人族の里に向かう。どちらも樹海の浅い部分にあるので、ほどなくして着いた。
狐人族の族長のコトルリ殿は整った顔立ちの女性で、商業を生業とする種族らしく愛想は良いが、油断ならない雰囲気もあった。
話をしている間、僕を試すような目で見たり、凄みのある色気のある視線を流してきたりしたが、最後はにっこり笑って協力を約束してくれた。
「獣人を人とも思わへんような領主のもとでは、うちらも商売どころやあらしません。王国の人らが決起しはるんやったら、協力させてもらいますわ。」
狐人族は前線で戦うことは得意ではないが、商売のルートを使って、食料や武器を確保するとコトルリ殿は言ってくれた。
樹海からの帰り道は、狐人族が先導してくれた。
狼人族にしろ、狐人族にしろ、事前にトリーア卿が話を付けておいてくれたから、僕は挨拶するだけで済んだ。そのことを改めて卿に感謝したら、照れくさそうにしていた。
これで領主軍に対抗する最低限の体制はできたと思う。




