18:「千年生きられたらどうする?」
ヴォルフラムが退室した後、入れ替わるような形で侍女・ミヅキが入室してきた。
鋭い彼女はわたしの様子が普段とは違うことに気付いたらしい、遠巻きに様子を窺ってきたかと思うと、気分の落ち着くお茶を準備してくれているようだった。
ミヅキがお茶の準備をしている様子をぼんやりと眺めながら、わたしはとりあえず、一番身近な存在である彼女に相談してみることにした。
「ねぇ、ミヅキ。千年生きられたらどうする?」
突然突拍子もない質問をぶつけられたミヅキは、数秒間動きを止める。しかしさすがは優秀な侍女だ、カップになみなみとお茶を注ぎつつ、決して零すことはしなかった。
ふぅ、と呆れからか安堵からか分からないため息を一つ。そしてお茶と甘味を持って、こちらに歩み寄ってきた。
「……そうですねぇ。世界中の甘味をコンプリートしますかねぇ」
「あ、それ、素敵」
わたしに振り回されることなんて慣れっこなミヅキは、詳しい理由も聞かず質問に答えてくれる。
彼女の答えに素直に感心して、わたしは笑い声をあげた。千年もあれば世界中を回ることもできるだろう。そして各地の甘味を食べて、感想を本にしたら面白いかもしれない。魔王の王妃も絶賛! なんて謳い文句をつければ、故郷の甘味処・ツルヤも繁盛するだろう。
――あぁ、案外果てしない未来を想像するのは楽しいかもしれない。
「何か趣味や目標を見つけた方がいいよね。時間はたくさんあるから……」
「楽器とかいかがです? 長く学べば学ぶほど、上達が分かるでしょうし」
いいねぇ、と相槌を打つ。
舞は踊れるが、楽器は全く学んだことがない。故郷の楽器、異国の楽器、どれも弾けたら楽しいだろう。上手くなってきたら曲を自分で作って、ヴォルフラムや大切な人たちにプレゼントできたら喜んでもらえるだろうか。
「一人で合奏できるようになるかも」
「いいですねぇ」
甘味集めに楽器練習。ミヅキが挙げてくれた“千年の過ごし方”を心の中に留めておく。
会話が一旦途切れたところで、ミヅキはとうとう我慢できなくなったのか、問いかけてきた。
「……それで、何があったんですか?」
隠すつもりはなかった。けれどうまく説明できる自信もなかった。
ミヅキをちらりと見やる。彼女はどこか呆れたような、しかし優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
彼女になら何を言っても受け止めてもらえる、という信頼があった。だから綺麗にまとまった説明をするのは諦めて、心のままに口を開く。
「ヴォルフラムがね、人族の老いも魔力で止められるって言ってたの。それで……」
「千年一緒に生きて欲しいと、陛下が?」
「ううん。言われてない」
言われた方がどんなに楽か、と思う。もし請われたとしたら、きっと頷いていただろう。けれどヴォルフラムはそうはしなかった。
どこまでもわたしの意思を尊重するヴォルフラムは優しくて、残酷だ。いっそのこと強引に決めてくれた方が楽なのに、とこのときばかりは夫を恨めしく思った。
「わたしの意思を尊重するって……」
「それで悩んでいらっしゃるんですね」
うん、と頷いて再びミヅキを見た。彼女は自分の分のコップを持って、わたしとの距離を詰めるようにソファに座りなおす。この距離感は主人と従者というより、友人同士のものだ。
まるで幼い頃に戻ったような気持ちになった。今ではしっかり侍女として線引きをしているミヅキだが、幼い頃は本当に友人のように育ったのだ。シヅル、と呼んでくれていたし、敬語も使わなかった。それ故、初めて彼女に「シヅル様」と呼ばれたとき、寂しくてわんわん泣いたことを思い出す。
もしわたしが千年生きることを決めたら、ミヅキも同じときを生きてくれるだろうか。本音を言えば彼女自身にそう望みたかったけれど、あくまでミヅキの人生はミヅキのもの。例え主であったとしても、強引に望むことはできない、と考え――あぁヴォルフラムもきっと同じように思っているのだろう、なんて気づく。
大切な人には傍にいて欲しいと思うのと同じぐらい、好きなように、本人が望むままに生きて欲しいと思う。
「でもね、魔王って生涯伴侶は一人しか持たないって言うの」
「えっ、そうなんですか!」
ミヅキも初耳だったようで、目を丸くした。
「うん。争いの元にならないようにって」
「なるほど……。確かに身内で揉めてる暇なんて、陛下にはないでしょうしね」
ミヅキと頷き合いながら、過去教わったことを思い出す。
一夫一妻制の故郷でさえ、過去の歴史を辿れば兄弟間で後継者争いが起きたとの記録が残っている。他国の歴史を見れば、後宮で世にも恐ろしい泥沼劇が繰り広げられた、なんて珍しい話ではない。
魔王がそんな面倒事に足を取られている暇なんてない。だから伴侶は一人だけ。そう、考えれば考えるほど納得するのだ。けれど――
ふと、自分が爪先をいじっていたことに気が付いた。これは幼い頃の癖だ。みっともないと母さまに指摘されて必死に矯正したのだが、不安なときや気が抜けているとき、無意識のうちに出てしまう。
駄目だと己を戒めて、爪先から手を離す。しかし次に無意識のうちに髪に手をやってしまって、苦笑した。アシンメトリーな髪型の、長い方の一束をしきりにいじってしまうのも直したはずの癖だった。
「わたしてっきり、自分が死んだあとは別の方が王妃になると思っていたから、びっくりして」
「千年も生きられたらどうしようかなぁ、ってとりあえず考えてみた訳ですか」
長い付き合いの賜物だろう、ミヅキは寸分違わずわたしの心の内を言い当ててみせた。
ミヅキが用意してくれた甘味に手を伸ばす。ヴォルフラムがわざわざ取り寄せてくれたらしい饅頭だ。
「うん。やっぱり長いよね、千年」
「魔族と人族が共存を選んでからの年月の、更に倍ですからねぇ」
どうしようかなぁ、と饅頭をちまちま食べながら考え込む。すると隣のミヅキが突然笑い出した。
「ミヅキ?」
「すみません。ただ、シヅル様、もう千年生きる気でいらっしゃるから……」
指摘されて、気が付いた。
確かにわたしが考えていたのは「千年生きるか否か」ではなく「どうやって千年生きるか」だった。ミヅキへの最初の質問からしてそうだ。
――無意識のうちに、わたしはもう、心の中で答えを出していたのかもしれない。
頬が赤らむのを自覚しつつ、意地悪な指摘をしてきたミヅキを睨んだ。そうすれば彼女は「すみません」なんて少しもすまなそうに思っていない笑顔で謝罪を重ねる。
「でも、魔族の方にも聞いてみた方が良いのではありませんか?」
かと思うと現実的なアドバイスをしてくるのだから、ミヅキはつくづくできた侍女だ。
恨めしく思いつつも、彼女の提案には素直に頷く。わたしたち人族同士で話していても、所詮は夢物語のようなものだ。もっとリアルな声――何百年と生きてきた魔族の方の話を聞きたかった。そうすれば少しは千年という永いときを生きることに対して、イメージが湧くかもしれない。
「よし、話を聞いて回りましょう!」
わたしは勢いよく椅子から立ち上がる。そしてミヅキを振り返れば、彼女は言葉もなく頷いてわたしの後に続いた。
今日は城内を散策して、出会う人出会う人に声をかけよう。そして仕事の邪魔をしない程度にインタビューするのだ。休日は何をしているのか、趣味は何か、どうやってこれから先の人生を生きていこうと思っているのか――
ヴォルフラムはわたしの意思を尊重しようと言ってくれている。だからこそ、曖昧な返事はできない。しっかり自分の答えを出して、彼と向き合いたかった。




