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14:「よろしく頼みました、義兄上」



 慣れない着物に足を取られるヴォルフラムに合わせて、ゆっくり城内を散策する。

 自分の城とは全く違う和の内装が珍しいのだろう、あちこちに目を奪われ足を止めるヴォルフラムを最終的に案内したのは、わたしが使っていた部屋だ。そこまで広くはないけれど、窓から城下町の大通りを見渡せる見晴らしの良い場所に位置している。



「ここから見える桜が、本当にきれいなんです」



 大通り沿いに等間隔で植えられている桜は今まさに見ごろを迎えており、街が淡い桃色で彩られていた。生まれてから毎年見ているのに、何度だって感動するこの景色をヴォルフラムにも見て欲しかったのだ。

 口を半開きにして景色に見入るヴォルフラムを見上げる。



「桜の季節は短いですから、こうしてお見せできてよかった」



 ふふふ、とにやける口元を袖で隠して笑ったそのとき、



「よろしければ都をご案内いたしますよ」



 突如として男性の声が背後から割って入ってきた。

 ――この、耳に馴染む声は。

 わたしはその姿をしっかり認識するよりも先に、半ば反射的に駆け出していた。向かった先には、黒髪の男性が両手を広げて待っている。



「タツミ兄さま!」



 部屋の入り口付近に佇む男性――タツミ兄さまに勢いよく抱き着いた。大きな腕に抱きしめられる。数秒温もりを堪能してから体を離すと、その後ろに姉さまの姿も見えた。

 ――将来この国の王となる長男・タツミ兄さま。一つに結んだ長い焦げ茶の髪を揺らして笑う彼は、優しく包容力に溢れる、まさに王に相応しい器だ。わたしと十も年が離れているから、小さな頃からとてもかわいがってもらった。

 その後ろで「久しぶりだね」と朗らかに笑う黒髪の女性は、長女のアヤメ姉さま。明朗快活な人柄で誰からも慕われる姉さまは、この国一番の馬の使い手と名高く、愛馬と共に国中を駆けている。

 更にその後ろ、わたしの頭を乱暴に撫でたのは次男のハヤテ兄さま。きょうだいの中で一番体が大きいハヤテ兄さまは、皆を守るためにと日々鍛錬に打ち込んでいる。会うたびに体が大きくなっているように思うのは、気のせいだろうか――



「ごきょうだいか?」



 こちらに歩み寄ってきたヴォルフラムに、息を弾ませて兄さまたちを紹介した。



「兄のタツミ、ハヤテ、姉のアヤメです。ここにはおりませんが、もう一人、サクという名の姉がいます」



 長男タツミ、長女アヤメ、次男ハヤテ、次女サク、そして三女シヅル。今では皆それぞれの役目を全うするために各地に散らばっていることが多いから、こうして揃って顔を合わせる機会は随分と減ってしまったけれど、ずっと仲の良いきょうだいだという自負がある。

 兄さまたちは誰一人としてヴォルフラムに怯えた表情を見せず、それどころか人懐っこい笑みを浮かべた。



「サクなら舞の準備で忙しくしてるよ。あとで顔見せるってさ」



 アヤメ姉さまがヴォルフラムへの説明を補足するように教えてくれる。

 わたしと一番年の近い、次女サク姉さま。彼女はわたしと同じ巫女のお役目を負っており、それ故この時期は舞の準備で追われて忙しいのだ。会えるのは嬉しいけれど、無理をさせてしまってはいないかと心配になる。

 不意にハヤテ兄さまが前に出た。かと思うと、ヴォルフラムに向って勢いよく頭を下げる。



「シヅルが世話になってます。大切にしてもらってるみたいで、手紙はヴォルフラムの旦那の惚気ばっかりですよ」



 からかうような物言いをされて、「ハヤテ兄さま!」と声を荒げた。けれど兄さまたちはすまなそうな顔をするどころか、三人で声を上げて笑う。

 わたしの横で、ヴォルフラムもふ、と表情を和らげたのが分かった。その笑顔を見逃さなかったのはアヤメ姉さまだ。



「よければご一緒に、城下町に繰り出しませんか? 今の季節は都全体が浮かれていますから、見て回るだけでも楽しいですよ」



 物怖じしない性格は相変わらず、初対面の魔王を誘うアヤメ姉さま。

 彼らの分け隔てないヴォルフラムへの接し方を嬉しく思いつつ、アヤメ姉さまの誘いに乗るように、キラキラとした瞳でヴォルフラムを振り仰いだ。



「えぇ、ぜひ」



 彼は迷うことなく頷く。

 やったぁ、と普段より幼い口調で喜べば、ヴォルフラムは目を細めた。



 ***



 城下町はアヤメ姉さまの言う通り活気に満ちていて、ヴォルフラムの表情も明るく、楽しんでもらえているようだった。――といっても、王族四人と魔王が歩く以上護衛もついてきているから、あらかじめ予約をしてくれていたらしい店で昼食を食べた後、ふらりと別の店に立ち寄ることは難しかったが。

 上機嫌になったわたしは、頼まれてもいないのにヴォルフラムの手を引っ張ってはあちこち案内した。ここの店の甘味は絶品なんです、だとか、小さい頃城を抜け出してきょうだいたちと散策していました、だとか、観光情報から思い出話まで、己の口は閉じることを忘れてしまったかのように動き続けた。

 ヴォルフラムは聞き上手だ。優しい赤の瞳は取り留めのない話で動き続けるわたしの唇を見守り、話の先を促す。時折挟まれる相槌は肯定か質問がほとんどで、わたしは気を良くするばかり。

 わたしたち二人を見守るように後ろについていた兄さまたちは驚いたことだろう。魔王がこんなにも聞き上手で穏やかな人柄だったなんて、と。いや、もしかすると呆れたかもしれない。どこに行っても変わらない、妹のおしゃべり加減に。

 わたしの思い出話が一旦落ち着いたところで、タツミ兄さまが声をかけてきた。



「シヅル、ツルヤの饅頭が好きだっただろう? 作ってもらうよう頼んでおいたから、寄って食べよう」


「ほんとう? ありがとう、タツミ兄様!」



 ツルヤというのは小さい頃からお気に入りの甘味処の名前だ。古くの歴史を持つ老舗で、王家とも繋がりが深い。ツルヤの饅頭は城の食事で出されることも多く、わたしだけでなくきょうだい全員のお気に入りだった。

 ヴォルフラムの手を引いてツルヤを訪れた。すると馴染みの女将さんから、「シヅル様!」と今にも涙を浮かべそうな勢いの歓迎を受ける。

 彼女とは古くからの知り合いで、こっそり城を抜け出したときも、何度も匿ってくれた。



「お元気そうで安心しましたわ! 今日の饅頭は職人がいつも以上に気合を入れて作りましたのよ」



 奥からぞろぞろと職人たちが表に出てくる。彼らに一人一人挨拶をして、最後に女将の孫だという小さな少女から饅頭を受け取った。



「雨巫女さま、どぉぞ」


「ありがとう、いただきます」



 雨巫女。なんだかそう呼ばれていたのが随分と昔のような気がして、懐かしい気持ちになる。

 ヴォルフラムの許に嫁いでから、まだ半年も経っていない。けれどヴォルフラムの隣で過ごす日々は一日一日が濃密で、新しい経験も数多く、もう何年も過ごしているような気すらする。

 そう思えることは幸せなことだ、と噛み締めつつ、饅頭を持って店の表に設置された長椅子の許までやってきた。そして兄さまたちとヴォルフラムと一列に並んで座り、一緒に饅頭を頬張る。

 口内に広がったのは馴染みのある、懐かしい味だった。



「サク姉さまはお堂の方にいらっしゃるの?」


「うん。私たちが出てくる前は風の堂で確認してたから、今頃は月の堂にいるんじゃないかな」



 ここにはいないもう一人の姉――サク姉さまについて尋ねる。問いに答えてくれたのはアヤメ姉さまだった。

 サク姉さまはわたしと同じ巫女だ。だからこの季節はお堂で毎日のように舞を捧げる。自分が嫁いでしまったことで一番負担をかけているのはサク姉さまに違いない、と申し訳なく思っていた。

 巫女は王家の血筋の者だけが選ばれる役職ではない。巫女見習いとしての教育を受け、試験に合格すればいい。けれどその試験が狭き門であるため、なかなか人数が増えないのだ。だから巫女が一人抜ければそれだけで、結構な痛手になってしまう。



「……お堂?」



 数テンポ遅れて、ヴォルフラムは聞き慣れない単語に首を傾げた。

 どこか普段より幼い夫の仕草に、思わず微笑む。



「巫女が舞を捧げる場所です。都には城を中心に四つ、お堂があって……」



 手短に、なるべく分かりやすいよう詳細を省いて説明する。

 お堂とは巫女が舞を捧げる舞台だ。都には花の堂、鳥の堂、風の堂、月の堂の四つのお堂が建てられており、春の催し事ではすべてのお堂を使用する。都だけでなくある程度の規模の町にはお堂が建設されていて、巫女は定期的に各地のお堂を巡って舞を捧げるのだ。もっともすべての町にお堂が建てられているわけではないから、自然の舞台で舞うことも多々ある。

 古いお堂なんかは舞の最中に床が抜けたこともあって――と、思い出話に突入しかけたところで、はっと我に返った。

 サク姉さまのことを聞いたのは、わたしの方から彼女を訪ねようと思ったからだ。ただでさえ忙しいサク姉さまに余計な負担なんてかけられない。

用意してもらった饅頭の残りを胸元に抱いて、長椅子に座る兄様たちを振り返る。



「わたし、サク姉さまにお饅頭を届けてくる」



 例年通りであれば、今日は四つのお堂の確認と巫女同士で当日のスケジュール確認を行っているはず。しかしそれも夕刻までには終了した記憶があるから、今から饅頭を持ってお堂に行けば、ちょうど仕事終わりのサク姉さまと合流できるはずだ。

 兄さまたちは饅頭の残りを口に放り込んで、すかさず長椅子から腰を上げる。



「それならみんなで……」



 みなまで言わさず、「大丈夫」と制した。

 椅子から立ち上がりかけた中途半端な格好をしている兄さまたちに、わたしは中腰で微笑みかける。



「兄さまたちも姉さまも、迎春祭の準備を抜け出してきてくれたんでしょう? ゆっくり休んで」



 王族全員が出席する春の催し事――迎春祭まで一か月もない。いつもであれば各地に散らばってお役目を果たしている兄さまたちがこうして都で出迎えてくれたのも、迎春祭に備えて集まっていたからだと分かっていた。

 見透かされて苦笑した兄さまたちに、「ね?」と念を押す。そうすれば彼らは「わかったよ」と頷いて椅子に座りなおした。



「ヴォルフラム、一緒に来てくれませんか?」



 言葉もなく頷いて、隣に立ってくれるヴォルフラム。その腕にそっと自分の腕を絡めた。

 ヴォルフラムの頬が若干赤く染まる。そんな初々しい彼の様子に、タツミ兄さまは笑いを噛み殺しきれないといった風に目尻に皺を刻んだ。



「よろしく頼みました、義兄上あにうえ



 義兄上。

 兄さまに自分たちのことを認めてもらえたような気がして、嬉しくて嬉しくて、絡めた腕に更にぎゅっと力をいれ、気持ち頭をヴォルフラムの方へ傾けた。

 隣のヴォルフラムは、ぴしりと音を立てて固まってしまっていた。驚いているのか、喜んでいるのか、はたまたその両方か。

大きく見開かれた赤の瞳の焦点が、徐々にタツミ兄さまに合う。絡めていた腕が緊張するように強張ったのを感じて、あぁ彼はきっとどう応えていいのか分からないのだ、と思った。



「ヴォルフラム、兄さまに……義弟おとうとたちに返事をしてあげてください」



 優しい声ですっかり固まってしまったヴォルフラムに囁く。

 兄さまたちは、ヴォルフラムをわたしの伴侶としてだけでなく、きょうだいの一人として迎え入れてくれようとしている。彼らがこちらに向ける瞳はどこまでも優しく、無防備だ。

今日出会ったばかりの言うなれば他人に、こうも歓迎されて戸惑うヴォルフラムの気持ちも分かる。けれど一歩踏み出して、兄さまたちの手を取って欲しかった。

 数秒の沈黙の後、ヴォルフラムは目を細める。まるで太陽を眺めるような、眩しいものを見るような表情だった。

 すぅ、と大きく息を吸った音が横から聞こえた。絡めた腕から伝わる緊張は、幾分和らいでいるようだった。

 ヴォルフラムは口角を緩める。そして、



「確かに任された。……タツミ殿、ハヤテ殿、アヤメ殿」



 ヴォルフラムの言葉に、兄さまたちは歯を見せて笑った。



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