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12:「御両親にご挨拶をさせてくれないか」



 その手紙がわたしの許に届いたのは、夫・ヴォルフラムとの結婚生活が始まって数か月経った頃だった。

 魔族マギルトの国に嫁いでから、故郷に定期的に手紙を送っていた。父さまをはじめ今回の結婚を不安に思っている人々が多いのは分かっていたから、彼らの不安を払拭するためにも、とても大切にしてもらっているのだと日々のできごとを手紙に綴っていたのだ。

 魔法を使えば離れている場所であっても顔を見て会話できると聞いたけれど、わたしは手紙を好んだ。相手のことを思って一文字一文字書き連ねていくその時間が好きであったし、手紙であれば忙しい父さまも仕事の合間に読みやすいだろう、と気を遣ってのことだった。

 ――が、しかし、その気遣いが裏目に出ていたらしい。



『無理をしていないか。本当に大切にされているのか。顔を見せないのも、やせ細ってしまったからではないか』



 実際の文章はもう少しオブラートに包まれていたが、こういった旨の心配が書かれた手紙がわたしの許に届けられたのだ。

 父さまは、わたしが心配かけまいと嘘をついていると思っているようだった。本当は邪険に扱われ、辛い環境でやせ細ってしまったが故に、その姿を見せず、声も聞かせずに済む手紙で連絡してきているのではないか、と――

 手紙を読んですぐ、父さまに対して憤った。なんて失礼なことを言うのだろう。

 王城に届けられる手紙、荷物、通信その他諸々は万が一を考えてすべて検閲が行われている。当然のことだろう。しかしヴォルフラムは、わたしに宛てられた手紙に限って検閲を行わないよう指示してくれているのだ。その気遣いを嬉しく思いつつ、だからこそ自分が書いた手紙だけでも、夫の側近であるザシャさんに確認してもらうよう願い出ているぐらいなのに。

 大切にされているのか、なんて愚問にもほどがある!



「シヅル様のことが心配で心配でたまらないのですよ。お顔を見せて差し上げてはいかがですか?」



 怒るわたしの思考を落ち着かせてくれたのは、侍女のミヅキだった。古くからの付き合いである彼女は、もしかするとわたし以上にわたしの怒りのおさめ方を知っている。

 わたしは自分の感情に寄り添ってもらうより、自分を不快にさせるできごとへの現実的な解決方法を提示された方が冷静になれるのだ。今回も、「顔を見せては」という父さまの不安を取り除く方法をミヅキから提示され、怒りを静めて考え込んだ。



「とりあえず、ファティマさんに相談してみようかな……」



 ぽつり、と独り言のように落とした言葉に、ミヅキは「それがいいと思います」と笑顔で頷いた。

 ヴォルフラムの側近の一人であるファティマさんに、わたしはすっかり気を許していた。彼女の気さくな性格はどこか故郷の姉さまたちを思い出させ、ミヅキと三人で遅くまで話し込んでしまうこともままあった。



(電話は通じないから、協力をお願いしないと)



 電話機は人々の生活にすっかり馴染んではいるが、遠く離れた故郷と魔族の国はまだ繋がっていない。

 魔力を持たない人族ヒュマートの国には、主な連絡手段として電話機が普及している。しかし魔族の国では魔法が電話機に変わる通信手段のため、電話を繋ぐための“線”がほとんど通っていない。

 魔力を持たないが故に技術を進歩させる人族と、魔力を持つが故に魔法を駆使する魔族の間では、時折こういった食い違いが発生していた。



「お父様に通信したい、ですか?」



 手紙が届いたその日の夜、自室を訪れてくれたファティマさんに相談した。

 手紙のことは深く話さず、ただ父さまが心配している様子だということ、だから顔を見せてやりたいということ――

 そして最後、通信を繋げてほしいとお願いをするためファティマさんの顔色をちらりと窺って、瞬間、目を丸くした。なぜなら、ファティマさんがひどく青ざめた顔をしていたからだ。

 気づかないうちに失言をしてしまったかとわたしも青ざめたそのとき、ファティマさんは座っていた椅子から大きな音を立てて立ち上がった。そして、



「陛下をお呼びしてきますわ!」



 目にも止まらぬ速さでファティマさんは退室した。

 何が起きたのか分からず、何度か瞬きを繰り返す。同様に侍女のミヅキも呆気に取られていた。

 それから数分。ドタバタと慌ただしい足音が二つ近づいてきたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。そこにいたのは――入ってきた勢いで崩れるように頭を下げる夫・ヴォルフラムと、そんな彼を厳しい目で見やるファティマさんだった。

 余計に混乱するわたしに、ヴォルフラムは頭を下げたまま告げる。



月彌つくやノ国で、御両親にご挨拶をさせてくれないか」



 え、とただでさえ丸くしていた瞳を更に見開いた。

 両親への挨拶。その言葉から察するに、どうやらヴォルフラムはわたしの故郷を訪ねるつもりのようで。

 それは願ってもない話だった。わたし自身、故郷を心から愛しているから、いつかはヴォルフラムに案内したいと思っていたのだ。けれど、五百年祭を無事に終えて仕事が一段落したとはいえ、まだまだ忙しそうで――

 どうしてもあれこれ考えてしまって、すぐに頷かないわたしに、ヴォルフラムは更に言い連ねる。



「御父上のご不安も、すべて私の落ち度だ。大切な娘さんを預かっているのに、ろくに挨拶もできず……」



 ヴォルフラムは少しだけ顔を上げて、こちらを見る。ひどく落ち込み後悔している様子の夫に、呆気にとられつつも、嬉しく思っていた。

 ヴォルフラムはきっと、忙しいからと遠慮しても頑なに頷こうとしないだろう。真面目で優しい魔族ひとだから。それぐらい、数か月共にすれば分かる。だから申し訳なさそうにするよりも、喜んだほうがいいだろうと思い、口元に笑みを浮かべた。

 そうすれば、ヴォルフラムは目に見えて安堵するのだ。その分かりやすさといったら! わたしはますます笑みを深める。

 ――が、しかし、ひとつだけ懸念事項があった。



「わたしの故郷では、魔族の方の姿は滅多に見られません。きっとヴォルフラムを好奇の目に晒してしまいます」



 月彌つくやノ国は鎖国している訳ではないが、西に大きな領地を持つ魔族の国と真反対の極東に位置している。それ故、ほとんど魔族の姿は見られない。巫女として各地を巡っていたわたしでも、国にいるときは魔族を見たことがなかったのだ。

 そんな国に魔族の王がやってくるとなると、国中大騒ぎになるのは間違いないだろう。その姿を一目見ようと多くの国民が都に押し掛けるだろうし、魔族に対する偏見を口にする者もいるかもしれない。

 わたしは故郷を愛している。けれどその愛する故郷で、ヴォルフラムが傷つくことは避けたかった。

 俯いてしまったわたしの手を、ヴォルフラムは柔く握る。



「構わないよ。シヅルが生まれ育った国を、私も見たい」



 普段より柔らかい口調は、わたしの不安な心に寄り添ってくれているように感じて。

 ヴォルフラムの大きな手を握り返す。そして顔を上げれば、彼はわたしの顔を覗き込むように首を傾げて微笑んだ。

 その笑顔に、そしてヴォルフラムの言葉に、嘘がない。真っすぐすぎて眩しいぐらいだ。だからわたしもあれこれ考えるのはやめて、自分の心に正直になった。

ヴォルフラムが故郷に一緒に来てくれると言う。それはとても嬉しくて、心から望んでいたこと。父さまと夫の対面は緊張するけれど、先延ばしにしたところでいずれは顔を合わせなければならない。

 すぅ、と息を吸って、



「一緒に、来てくださいますか?」



 内緒話をするような小声で尋ねた。

 ぎゅっと手を更に強く握られる。そしてヴォルフラムは「もちろんだ」と微笑んだ。

 それから話は早かった。ヴォルフラムは後ろに控えていたファティマさんにスケジュールの調整をお願いし、二人で相談を始めた。多忙を極める彼のスケジュールに遠い故郷への訪問をねじ込むのは中々難しいだろう、と申し訳なく思いつつ、真剣な表情の二人を見つめる。

 やがて話がまとまったらしい、ファティマさんは大急ぎで部屋から出ていった。一方でヴォルフラムは部屋に留まったまま、腕を組んで何やら考え込んでいる。



「何か詫びの品を用意しなければ……。シヅル、何がいいだろうか? こちらにしかない珍しい土産か? それとも調度品――」



 落ち着かない様子であたりを歩き回るヴォルフラムの姿に、声を喉奥で噛み殺すようにして笑った。真剣に考える夫を笑っては失礼だと思う一方で、どうしても笑いがこみあげてきてしまったのだ。

 魔族のことを詳しく知らないが故、恐ろしい種族だと考えている故郷の人も少なくない。だからきっと、今のヴォルフラムの姿を見たら多くの人々が驚くだろう。普段は威厳ある王として振舞っている父だって、あんぐりと口を開けて呆気にとられるに違いない。



「父も母も、月彌つくやノ国は多くの人々が甘味を好みます。高価なものより甘味の方がきっと喜びますよ」



 アドバイスにヴォルフラムは「そうか」と表情を和らげる。「そんなに多くなくていいですからね」と念のため付け加えれば、彼は「……そうか」と若干眉尻を下げた。その表情の変化に、山ほど持っていくつもりだったに違いないとこっそり笑う。

 ――かくして、わたしたち魔王夫妻は月彌つくやノ国を訪れることになった。



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