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とある公爵令嬢の失恋

作者: たま
掲載日:2021/11/29

王宮で開催された王妃様主催のお茶会で、可愛らしく着飾った令嬢達が頬を染めて第一王子であるアンドリューを見つめている。

彼に話しかけて貰いたい、気にかけて貰いたい、と希望を込めた想いを隠しもしないで、期待に瞳を潤ませていた。


当然その可愛らしい想いは彼女らを纏うオーラの色に表れる。

思慕の念の可愛らしいピンク色のオーラでアンドリューの周辺は埋まっている。

メリッサには、人の纏うオーラが見える。

自分や家族、親しい人からのオーラはこんなクッキリと見えないが、自分から遠い存在であればある程人というより色としてしか判別できない時もある。

今の所、この力を持っているのは分かっているだけでメリッサだけ。

勿論この国の人間であれば、やはり多かれ少なかれメリッサのように小さな力を持っている。

だから殊更驚くような能力でもない。


アンドリューが動くと、ピンクのオーラの軍団も動く。

小鳥の囀りのように軽やかで可愛らしい話し声をバックミュージックに、メリッサは白けた想いで冷えた果実水に口をつける。

アンドリューは穏やかな優しい眼をして、令嬢達に微笑みを振りまいている。

それが一番この場で妥当な演出だと、アンドリュー自身も知っているから。

舞台裏を知っているメリッサは、その茶番を冷ややかな眼で見ているだけだ。


馬鹿馬鹿しい。


メリッサが思ったのは、ただそれだけ。

言葉には出さないが、態度には出てたのだろうか。

ふと視線があったアンドリューはメリッサの顔を見て肩をすくめた。

その仕草に、きっともう愛想を振り撒くのも面倒になってきた頃合いだろうな、と当たりをつける。

その気持ちが分かるので、メリッサもアンドリューに薄く微笑む。

その笑みを横目で確認して、アンドリューはまた令嬢達の相手をし始める。


嫌ならこの場に来なければ良いだけなのに。

御苦労な事で。

まあ、彼の場合、この場は公務の様なものだろうし仕方がないのだろう。

それに何よりこの場に出ない方が後々面倒な事になると判断したのだろう。


アンドリューの力は何かを決める時に、どちらがより良い結果が出るか直ぐに判断できるというもの。

だからか、クイズの答えがマルバツだったり、問題の答えが選択制だった場合、アンドリューに勝つのは不可能に近い。

負けず嫌いのメリッサは、それが少し悔しい。


そんな事を思いながら、メリッサは軽く息を吐き出した。


メリッサはシンプルだが高価なディドレスに同じくシンプルな宝飾品で身を飾り立てている。

この場にいる若い令嬢達の色取り取りの可愛らしいドレスの中で、フリルやレースが殆どない彼女の装いはシンプル過ぎて浮いているともいえる。

それだけではなく、彼女の終始一貫白けた様な態度も浮いている要素の一つでもあるのだが。


そうして、この日もいつもの様につつがなくお茶会は終了した。



公爵令嬢であるメリッサと第一王子であるアンドリューは、幼少の頃から一緒に育った仲だった。

アンドリューの母である王妃アンナと、メリッサの母メンディが親友であったからだ。

親友というよりか腹心、いやもっと打算的な関係だ。

公爵夫人のメンディの社交界での顔の広さを同盟国の王女であった王妃が利用し、メンディはメンディで王家に恩を売って貸しを作ろうという、下心ありの過分に大人の事情が複雑に絡んだ仲。

ではあるが、単純に二人の馬があったのだろう。

よく王城で面会をしては話に花を咲かせていた。

子供が同じ歳なのもあり、必然的にメリッサとアンドリューは一緒に遊ぶ様になり、自然に愛称のメルとアンディと呼び合う仲になった。

それ故にメリッサとアンドリューの二人は婚約者とかでは無いのだが、周囲が二人の婚約は既定路線として見ているのは十分の距離の近さになったのだ。


その日も、母の面会ついでに王城に来ていたメリッサにアンドリューは話をする時間を作って会いに来た。

この行動もまた婚約者になるのはメリッサである、と公表している様なものだった。


二人でいつもの様に最近話題の商品や異国の製品など様々話をしていて、一息ついた時だった。

異国で流行っていると言われる果物の砂糖漬けを味わいながらメリッサは耳を傾ける。


「ああ…そういえば、この間の茶会の一番の話題、覚えてるかい?

最新の歌劇の話題ならばともかくも、誰も彼もがオースティン、オースティン、オースティンだ。

オースティンの想い人が子爵令嬢だからって何だっていうんだ。

身分を超えた純愛って素敵ですね、ってうっとり言われてもねぇ…」


オースティン。

彼はドリュモア侯爵家の次男で、近衛の騎士である。

彼が恋に落ちたのは斜陽の子爵家の令嬢。

実家の侯爵家で、妹の侍女をしていた人間だ。

親からは勘当だと言われ、家名を捨てる覚悟で彼女を娶ったそうだ。

近衛は実力重視ではあるが、あくまでも身柄が貴族でなくてはいけない。

一代限りの騎士爵位があるのも、これが理由だ。

その彼が家名を捨てる覚悟をした、という事は職すらも辞する覚悟でいた、という事だ。


そんな一時の感情で才ある若者が、騎士の憧れである近衛を辞するなんて有り得ない。

上の立場からするとあってはならない案件だ。


それだけじゃ、ない。


この話題が何処から広まったにせよ、彼の近衛としての出世の道は閉ざされた。

実力があったとしても、近衛の仕事を恋しい女の為に捨てるような騎士は要らない。

それが事実じゃ無かったとしても。

人の口にのぼるような時点で隙を見せたと同じ。

侯爵家の次男坊であったのだから、黙っていてもある程度の出世は出来たろうに。


それなのに、その彼等の恋愛は二人の愛を貫き通した、という事で恋に憧れる令嬢達の羨望の的になっている。


「オースティンも、一体何を考えているんだか」


アンドリューはほとほと呆れた、という気持ちを隠しもせずに吐き捨てた。


「アンディ、若い御令嬢方というのは愛という言葉に夢を見るものなのよ。

とは言え、私も理解が出来ずに首を捻ってしまったので何とも言えないのですが。

歳若い乙女達の可愛らしいお茶会ですもの、話題が夢見がちになるのは仕方がありませんわね」


メリッサはアンドリューを窘める様に言ったが、本心は同様に呆れていた。

実際メリッサには、その恋愛の何処が羨ましいのかさっぱり分からないのだから。

何て責任感の無い騎士だ、と憤慨したのだが、メリッサの周囲にはそんな令嬢はいなかった。

皆が憧れの表情でうっとり語っていたのを、表面上は素敵ねと微笑みながら聞いてはいたが、内心では理解し難く苦い思いで聞いていたのが思い出された。


それを聞いたアンドリューは、嬉しそうな顔をしてメリッサに微笑む。


「女性が皆、メルの様なら良いのだけど」


「ふふ、私みたいな可愛げのないことばかりを口に出してしまう女性は、殿方には余り歓迎されませんのよ?」


「耳が痛いな。

僕の治世では、出来るだけ女性にも門戸を開く様にしないとね。

メルの様な才女が活躍できないなんて、国益を損ねる様なものだからね」


「楽しみにしていますね」


そうして二人は、微笑み合い意見を交わす。

この国の未来を良くするための建設的な会話。


メリッサは自負していた。

正式に婚約はしていないが、アンドリューの伴侶となるのは自分だ、と。

順当にいけばアンドリューは立太子して王になる。

王妃としてアンドリューを支えていくのは、こんな風に王と同じ視線を持って国の今後を考え意見を言い合える女性でないといけない、そうメリッサは思っていた。

アンドリューはメリッサを選んでくれる。

そうずっと信じていた。


それが違った、と分かったのはアンドリューが貿易の要である港町ドウナに視察に行ってからだった。


メリッサがほぼ三か月ぶりに会うアンドリューの隣には、鈴蘭を連想させる様な笑みを浮かべたドウナを領地とするジェンキンソン伯の令嬢、エリザベスが座っていた。


「メル、紹介しよう、彼女はドウナを治めるジェンキンソン伯の息女でエリザベスだ。

そして来月の社交シーズン前に私との婚約を発表する予定だ」


メリッサは頭を殴られた様な衝撃を受けた。

衝撃を受けつつも、メリッサは表面上変わらぬ平静さを保っていた。

アンドリューは、メリッサが衝撃を受けていることなど知らずに、いつもと同じ様に、いつもの笑みを浮かべ話続ける。


「リビー、彼女はトッド公爵家の息女メリッサ嬢だよ、僕とメルは子供時代からの付き合いでね。

僕が信用している異性の友人だ。

何かあったら、メルに頼るといい。

メルは必ず力になってくれるから」


「勿論よ、アンディ。

出来る限り、エリザベス様のお力になりますわ」


メリッサはそう言ってエリザベスに微笑む。

メリッサの笑みを見るまで不安だったのか、彼女のオーラは薄い紫色だった。

その笑みを見たエリザベスの口元がホッとした様に緩むと同時に好感を持ってくれたのかオレンジ色に緩やかに変化していく。

色の変化で、メリッサは自分が変わらぬ笑みを浮かべてる事が出来ているのが分かり、内心安堵する。

目の前にいる二人に、動揺を悟られたくは無かった。


「そのお言葉だけでも心強いです。メリッサ様。

ありがとうございます」


エリザベスの桜色の唇から、囁く様に言葉が紡がれる。

その言葉も、自分が発した言葉ですらも何処か遠くに聞こえるようだ。


エリザベスのアンドリューを見つめる瞳にはハッキリと思慕がこもっていた。

そしてアンドリューがエリザベスを見つめる優しげな瞳は、未だかつてメリッサが見たこともないものだった。

明らかに愛しい者を見る男としての目だった。

メリッサは自分が見た光景が信じられなかった。

今までいた世界が崩れていく様な、そしてなによりもアンドリューに裏切られた様な気持ちになった。

その後、三人で和やかに歓談したのだが、メリッサの耳には何も残らず、実際メリッサ自身も何を話したのかすら思い出せなかった。


タウンハウスに帰る馬車の中でジェンキンソン伯の簡単な経歴を思い出す。

ジェンキンソン伯の妻ミランダは、今一番貿易が盛んなジュレドサ国の港を領地とするサクソン侯爵家の出自だ。

サクソン前侯爵夫人はジュレドサ前国王の妹でもある。

そう、エリザベスはジュレドサ王家の血も引いてる令嬢だという事だ。

ジュレドサ王家には、アンドリューに釣り合う年齢の女児がいなかった。

両国が関係をより強固にしたいのは、同じ。


だから。


…だから?


メリッサの頭の中で、全てのピースが埋まった気がした。



それからメリッサはジェンキンソン伯爵令嬢エリザベスから、頻繁に王城内のお茶会に呼ばれた。

彼女は名実ともに婚約者として王城に客分滞在をしている。

その事も、メリッサを傷付けた。

だがメリッサは、感情の揺れは見せなかった。


頻繁に行われるお茶会には、案の定時間を作ったアンドリューも一緒に居た。

二人の雰囲気は、訪れる度に以前よりも柔らかい雰囲気で、親密になっている。

まるで、メリッサとの関係など最初から何もなかったかのように。

いや、何もなかったのだ、と思い知らされる。


ただの、幼馴染。

ただの、友達。

ただの、気分転換できる話し相手。


選ばれなかった事を、特別になれなかった事を、二人の雰囲気で嫌でも理解してしまう。

メリッサは、胸が抉られたような思いがした。

自分という存在を特別だと思っていたのは、自分だけだった、と自覚をしてしまったから。

あの、エリザベスを紹介された日から、メリッサはずっと自問自答していたのだ。

だが、まだ、婚約段階だ、まだ婚約解消もありえるかもしれない、とメリッサは密かに期待もしていた。


アンドリューの加護はどちらがより良い決断になるのかを無意識で選ぶ。


だから、まだ、チャンスはあるのではないかと。


今は初めて好意を持った女性の側にいて浮かれてるだけで、

エリザベスよりもメリッサの方が国の為に有用だと思うのであれば、もしかして、と。


だから、いつも通りアンドリューが好みそうな話題を出す。

それは、メリッサが意図的にとった、エリザベスへの対抗意識でもあった。

それなのに。

彼女は見事、別な方向からの話を添えるのだ。

前回と同じように、囁くように、静かに。


新進気鋭な絵描きの話を、アンドリューとメリッサはしていた。

ボニャールという画家の絵は、まだ描く前、どんな絵を描くか分からないのに売約済みになるというのが面白い、貴族の選ばれた特権階級的なプライドを刺激するのだろう、とメリッサとアンドリューが、そう話を終わらせた。

エリザベスは、その話にさりげなく今後の話題になるような情報を追加する。


「ボニャールと言えば、コーザー子爵夫人のサロンに一時期はよくお見えになっていたそうですわね。

コーザー子爵夫人は、新人画家を発掘する才能がおありなのか、今、彼女が目をかけてるアレックスという画家の絵も青の色が素晴らしくて迫力がありましたわ。

私も今後が楽しみな方だと思います」


または、隣国から来る予定の13歳の少女がピアノを披露するサロンの話になった時


「ウェイルズ侯爵夫人が御贔屓にしている作曲家のドナシェ様が口を利いたと伺いましたわ。

ウェイルズ侯爵夫人のサロンは音楽関連の催しを頻繁にしておりますわね。

最近は、ウェイルズ侯爵夫人がそのテーマを決めて、その装いで音楽を楽しむのですよ。

この間は妖精がテーマで、華やかで。

とても、楽しかったですわ。

そういえば、今はサロンでしか出来ないけれど、そのうちに夜会でもテーマを決めて催す予定だと伺ってます」


エリザベスは、微笑みながら静かにゆっくりと話す。

時に小首を傾げながら。

各夫人がどのようなサロンで、どのような催しをしているのか、を。

最近の流行とその動向を。

そして次の流行の予想を。

女性ならではの視点で。

柔らかな声と、その優しい物言いで。


一つも、無駄な話はなかった。


メリッサが話す内容は、事務官が話す内容と遜色ない。

それ位貪欲に学んできた。

知らない事は恥だと思っていた。

誰もが真似て出来る事ではない、が、だったら、それは何もメリッサでなくても良い。

最初から事務官と話していた方が、仕事は早い。

そしてその様な話題の時にエリザベスは素直に、私には難し過ぎて、と分からない事を肯定した。


彼女は、彼女の知識をひけらかすことはなかった。

淡々と、気が付いたことを口にして、という風体で自然体だった。

気負いも衒いもなかった。


毎度毎度、肩の力が入って、対抗意識を燃やしていたメリッサの方が恥ずかしくなるくらいだった。


だから、こそ、メリッサも認めるしか無かった。


自分が選ばれなかった事を。


小さくため息を吐いた後、メリッサは、エリザベスを見て言った。


「お話しするのが楽しくて、時が経つのも忘れてしまいましたわ。

様々なサロンのお話、大変興味深くて、我が身の勉強不足を恥じ入りました。

…素晴らしいご婚約者をお持ちになりましたわね」


最後はアンドリューに向けて微笑む。


「ありがとう、メルに褒めてもらえて嬉しいよ。

どうやら、我が婚約者殿はメルのお眼鏡に適ったようだね。

メルは僕の大切な初恋の君だからね。

メルは優秀だったから必死で勉強したよ。

君に釣り合う様にって。

お陰で勉強が捗ったっけ、今でも頭が上がらないよ」


あくまでも素直に、純粋に思った事を口にしたのだろう。

昔の他愛の無い思い出話として。

昔の可愛らしい、幼い無邪気な頃の思い出として。

アンドリューに悪気は無い。

だからこそ、その発言は残酷だった。

メリッサの笑顔が固まる。

感情が抑えようとしても溢れてきそうだった。

それを無理に抑え込み冗談めかせて微笑んだ。


「あら、じゃ私に感謝して下さいませ」


メリッサの声が少し震えた。

だが向かいに座る幸せな二人は、それに気が付かない。


「ハハ、勿論感謝してるさ。

だからこそ、自分が褒められたみたいで嬉しいんだ。

…まぁ、リビーは本当に素晴らしい女性だから、誰でも彼女に夢中になると思うけど」


アンドリューはそう言って胸を張った。

そして蕩けそうな笑顔をエリザベスに向ける。

その顔も態度も、婚約者を誇らしく思っていることが一目瞭然だった。

隣のエリザベスは恥ずかしそうに俯く。


「有難うございます、メリッサ様。

でも、メリッサ様が勉強不足など、そんなことありませんわ。

私、領地の関係上、舶来ものに幼い頃から馴染みがありますし、どのご婦人がどのようなものに興味を示すか分かっていただけです。

そういった関係上、色々な方々のサロンに出入り出来ているだけの身ですので…。

恥ずかしながら、私もまだまだ勉強中の身です」


そう話すエリザベスの態度は、堂々としていた。

選ばれた女の自信に満ち溢れていた。

愛されている自覚もあるのだろう。

初めて会った時よりも、遥かに美しくなっていた。


メリッサが席を辞するときに、エリザベスは、あ、そうだ、という顔をしてガラスでできたピンク色のウサギ型のペーパーウェイトをメリッサに渡した。

小さく、小ぶりで、メリッサの手にちょうど入る大きさ。

そして、何よりも可愛らしすぎて、メリッサには気恥ずかしい気分がした。


「これ、最近入ってきた舶来ものなのですが、可愛らしくてメリッサ様にお似合いだと思って。

私のは黄色で、私と色違いなのですけれど、

もし、よろしければお近づきの印に」


そう言うと、エリザベスは花が咲くようにふわりと柔らかく笑う。

エリザベスのオーラは終始オレンジ色で、婚約者であるアンドリューの初恋の人がメリッサだと分かってもオーラの色は変わらなかった。


「なんだ、随分と可愛らしいな。

メルなら、もっと獅子とか、龍とかの方が好みなんじゃないのか?」


覗き込んでいたアンドリューがからかうように言うのを、エリザベスは横目に睨む。

それに思わず苦笑する。


そして、メリッサ自身も気が付いた。


メリッサだって、可愛らしいものは大好きだ、だけど。

いつから可愛いものを選ばなくなったのか。

無意識に、意図的に女らしいものを避けてた。

可愛らしい話題、可愛らしい装い、可愛らしいメイク。

いつもメリッサが選ぶのは上質だがシンプルな、大人っぽいドレス。

メリッサの派手な顔に会う、大人っぽい化粧。

化粧次第ではメリッサだって年相応に可愛らしい雰囲気には出来たろうに、しなかった。

だって、それは。


メリッサの胸がつきんと痛む。


「あら、私、可愛いものも大好きなのよ?

アンディ、知らなかったかしら?

エリザベス様、有難うございます。

本当に可愛らしいペーパーウェイトですね、大切にします」


メリッサは受け取ったペーパーウェイトのウサギを、優しく撫でた。

その優し気な目線も、仕草も普段のメリッサとは違い、年相応の可愛らしい女性に見えた。


「え?」


鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたアンドリューの隣に、ほら見なさい、というようなご満悦な表情のエリザベスを見て、メリッサは笑った。

それは、いつもの淑女の笑みでもなく、自然にこぼれた笑みだった。

久しぶりに見た、メリッサの心からの笑みを、アンドリューとエリザベスの二人揃ってしばし見とれたほど、可憐で美しかった。


部屋から退出する二人を見送り、メリッサは遠ざかる二人の後ろ姿を見た。

アンドリューのオーラが見えなくなって久しかった。

なのに、何気なく振り返って見た二人のオーラは薄い黄色がかった白。

信頼しあってる二人の、幸せそのものなオーラだった。


涙一つこぼれなかった。


それから一週間もしないで、メリッサの婚約が決まった。


相手は、サクソン侯爵家の後継者。

元はジュレドサ王国の第三王子。

彼はサクソン侯爵家の養子になった人物だった。


その婚約の了承を、メリッサは黙って頷いた。

既にメリッサの心は決まっていた。


「いざメリッサの結婚が本決まりになると寂しいものねぇ」


その発言は、寂しげで弱々しい声音で、メリッサは思わずまじまじと母を見た。

いつもと同じように髪を纏めて、涼しげな顔をして泰然と座っている。

メリッサは久々に母と二人でのんびりとお茶を飲んでいた。

嫁入りが決まってからは決めてしまわないといけない事、新たに勉強しないといけない事などあり、お互いにゆっくり話すことがなかった。


「…そうですね。

私もまさか、私自身がジュレドサに嫁ぐとは思ってもいませんでした」


「そう、ねぇ…

なくは無い話、だったのもあるから覚悟はしていたけれど。

自国内なら遠くとも王宮の夜会などでも会えると思っていたからね…」


手を頬に添え、小首を傾げながら、そういえば、というように話す。

ジュレドサとの縁組は、今回のエリザベスとアンドリューの二人の結婚がまとまったら終わるかと思っていた。

だが、それだけでは足りなかったのだろう、より強固な関係を結び付けるためにも。


そこでふと気がつく。

メリッサは、一度も自身の婚約の話を両親から聞いた事が無かった。


「私…てっきりお母様は、私を第一王子殿下の婚約者に望んでいたのかと思ってました」


思わず素直に心中を吐露する。

メンディは驚いたような顔をした。


「え?貴女を?」


心底驚いたという顔をしてメリッサを見るメンディの顔に、母は本当にそれを考えていなかったのだ、と気付く。


「だって、貴女は…」


メンディは言いかけて口をつぐんだ。

メリッサの抑制しているだろうに隠し切れない答えを求める必死な目を見て、娘の問いの裏にある想いに気がついたからだ。

メンディは視線を下に落とした。

何と返事をしようかと躊躇しながら言葉を選ぶ。


「そうね。

確かに良い縁組の一つではあったかもしれないわね。

そして今迄貴女に婚約者がいなかった、理由の一つでもあるわね。

候補の一人であった事も否めない」


メリッサの視線がメンディには辛かった。

メリッサは可愛い娘だ。

自慢の娘でもある。

だが。

メンディは、娘の顔をしっかりと見た。


「でも。

貴女のお茶会では、無理だと判断した」


「…お茶会…?」


メリッサは言われた意味が分からずに、訝しげにメンディの顔を見る。

知らず組んだ手に力が入る。


「ねぇ、貴女が主催したお茶会覚えてるかしら?

皆を満足させようと、成功させようと一生懸命頑張っていたわね。

私も何度か手伝いを申し出たけど、大丈夫と言って貴女は自分一人でやり遂げた。

それに関して言えば、素晴らしかったと思うわ。

そうね、それなりに流行を取り入れてそれなりに楽しめて」


メンディは、そこで言葉を区切ってメリッサを見つめる。


「だけど。

主催者である貴女は、楽しんでなかった。

それはそうよね。

だって貴女は私達のお茶会やサロンを下に見ているのですもの」


「そんなつもりは…」


「無い、と言えて?

…私も悪かったと今なら分かるのよ。

幼い貴女を連れて王城に通っていたから。

ちょうど殿下と同じ歳で。

だから。

貴女にとっても良いと思ったから。

あの時は、貴女が人の感情が見えるなんて知らなかったから。

結果は女性の嫌らしい一面を知って、表面を取り繕う事を覚えてしまった。

あんな悪意も善意もある場所に連れて行った私の判断ミスよ」


母親であるメンディには、メリッサが可愛らしい年相応な格好を好まない理由も、勉学に励んだ理由も分かっていたのだ。

醜い女同志の諍いは、幼いメリッサにどう映っただろうか。

和やかに見えて実態は違うという大人のいやらしい社交術は、オーラで見抜いてしまう。

言葉より早くに視覚で意図を理解してしまう。

きっと考えたのだろう。

アンドリューの隣にいる為にはどうしたらいいか、を。

彼女は、同志になる事を選んだのだろう。

友人として、側にいる事を。

無意識にある種の感情に鈍感になる事を。

メリッサの公爵息女という身分の高さ、彼女自身の努力の賜物でもある頭の良さ。

婚約者のいないアンドリューの隣にいても、候補者として彼女以外に相応しい人間が居なかった。

だから今まで何も問題が無かっただけだ。

ただ、それだけ。


「本当に、ごめんなさいね」


俯いたメリッサに、メンディは謝る事しか出来ない。

メンディが娘の異変に気が付き、環境を変えても何をしてもダメだった。

親としての力不足を見せつけられた気がした。

今でも、正解がどれだったかなんてわからない。

だからこそ、あの時もし、と思ってしまうのかもしれない。

見つからない答えが欲しくて。


黙り込んでいたメリッサが、声も出さずに泣いていた。

メンディの声が優しくて、穏やかで鼻の奥がツンとしたと思ったら、メリッサの視界が滲んで歪んだ。

せめて声を出さないように、と嗚咽を漏らさないように下唇を噛んだ。


「メリッサ、泣いても良いのよ」


メリッサが気がついたらメンディに抱きしめられていた。

母親に抱きしめられたのはいつ以来だろうか。

懐かしい母の匂いに包まれて、メリッサは声を出して泣いた。

失恋による悲しみ、親元から離れ、異国に嫁ぐ不安。

全ての感情が溢れ出して、幼い子供のように涙が止まらなかった。


思い切り泣くことによって、メリッサの感情も落ち着いた。

母親の前で恥も外聞もなく泣いた自分を恥ずかしく思うと同時に、肩の力が抜けて楽になっている自分に気が付いたからだ。

泣く事によって想いも昇華出来るのだろうか。

未だ胸は痛むが、気持ちの区切りにはなるのだろうか。


だったら今日だけは。


だから、今日だけは自分の感情に素直になる事をメリッサは自分自身に許した。


机の上に置いてある、エリザベスがくれたピンクのウサギのペーパーウェイトは、年頃の少女らしい部屋とはお世辞にも言えないメリッサの部屋では、少し浮いてるように見えた。


ころんとした、丸っこいデザイン。

可愛らしい薄ピンク色した愛らしいウサギの顔。

見ているだけで、可愛くてつい口角が上がる。

目の高さまで持ち上げて眺めると

少し惚けたような表情で、こちらを見てる。


いつからか人にどう思われるかを考えて行動する癖がついた。

人の感情が見えるから。

生まれた時からそうだったから、他の人も当然自分と同じように見えていると思っていた。

それが当たり前の光景だったから。違和感なく。


なんて可愛らしいのかしら、と笑顔で言う女性の後ろに蠢く黒いオーラに怖くて怯えた。

口や表情とは違う感情を人が持つ事を知った。

女性だけでなく、男性も。

トッド公爵は賢い御息女をお持ちで素晴らしいですな、将来が楽しみですね、そう闊達そうに笑いながらも、妬みに染まる黒いオーラを発する男性に、なんて返事をしたら良いのだろうか。

アンドリューと仲良く話していただけなのに、黒い感情をぶつけられる。

少しずつ少しずつ、周囲の感情に惑わされないように。

だけど、結局それは自分の感情の一部に蓋をする事。

一時凌ぎの処置に過ぎない。


蓋が外れたら、どれほどの思いが溢れてくるのだろうかと思っていた。

待ち構えていたのは、言葉では言い表せないほどの喪失感。


「…初恋だった、ね…」


誰にも聞かれないように口の中で呟いた。


それは、メリッサにとっても確かに初恋だった。

柔らかな笑顔で楽しそうに笑うアンドリューが、好きだった。

夢物語に憧れて、幸せな花嫁になる事が夢だった。

アンドリューの隣に立って支えたいから。

それは幼い頃からの思いで。


講師から出された問題を。二人で頭を抱えて解いた事もあった。

どちらが早く答えられるかを、競った事もある。

苦手分野は、お互いに教えながら克服した。

思い出すと口元に笑みが浮かぶくらい、微笑ましい思い出。

楽しかった思い出なら、いくらでも思い出せる。


年齢を重ねる毎に、二人の世界は広がっていった。

それと同時に二人の好きという感情も少しずつ変化していった。

初恋は既に終わりを告げていたのを、メリッサもアンドリューも気が付かないふりをした。

まだ二人共、恋を知らなかったから。

まだ二人共、子供のふりをしていたかったから。

否が応でも大人にならなきゃいけなかったから、ほんの少しだけ小さな抵抗として。

二人共、それを知っていた。

分かっていたから、知らないふりしてお互いにわざと周囲が誤解する様に振る舞っていた。

異性に対する好きなのか、幼い頃から一緒にいた家族愛の様な好きなのか。

恋を知らなかった二人は、知らないならこのまま結婚しても良いと思っていたのだ。


手の中に収まった可愛らしいペーパーウェイトを見る。

幼い頃から知っていたアンドリューは、メリッサよりも一足早く恋に落ちて、優しい慈しみを込めた眼差しでエリザベスを見ていた。

エリザベスも同じような表情でアンドリューを見ていた。

裏切られた、そう思ってしまったあの時の感情は、メリッサの知らなかった事をアンドリューが既に知っているのが悔しかったから。

羨ましかったから。

もうアンドリューはそんなふりをしなくて良いのだから。

もうアンドリューの一番大事な女性では無いから。

このまま、ずっと続いていくと思っていた未来が消えたことによる喪失感。

感情をぶつけることの出来ない悲しみ。

何も教えてくれなかった事への怒り。

何も相談してくれなかった事の寂しさ。


振り子のように感情が揺れる。

純粋に異性として好きだという感情と、いや、違う、寂しいだけだと否定してしまう気持ち。

それらが全部メリッサの胸の中でぐるぐると苛む。


せめて、言えていたら。

メリッサの初恋も、アンドリューだと。

言葉に出して伝える事を拒んだのは、お互いが小賢しい計算をしたから。

二人の思いは、お互いに異性と意識しないように、その境界線上をグラグラとバランスを取りながら続けていく事を選んでいた。

言わなくても分かり合えてる、という驕りもあった。

何よりも伝える事によって、二人のバランスが崩れるのが嫌だった。

現にあの時、アンドリューはエリザベスが隣にいる安全地帯からメリッサへ初恋だったと告げた。

それはもう、メリッサへの想いが慕情ではないと知っているから。

だから、あの場所であんな無邪気に告げられたのだ。


エリザベスが現れる前に、初恋だったと告げていたら。

エリザベスが現れる前に、初恋だったと告げてくれていたら。

もしかしたら、今が全て変わっていたかも知れない。

お互いが、また意識するキッカケになったかもしれない。

それは叶う事ない、もしもの世界。

道が分かれた今になって口に出して伝えても、遅い。

既に、二人が歩む道は別々に分かれている。


声に出して想いを告げる事もなく、口に出せない想いを胸に秘めたまま。

メリッサの掌から零れ落ちた想いは、もう成就する事はなく、ただ虚しく空に消えるだけ。



メリッサは小さく溜息をついた。


まだ見ぬ婚約者を思う。

姿絵を見て覚えてるはずなのに、顔は薄ぼんやりと膜が張っている様で、ちっとも思い描けない。

歪む視界に、目を伏せれば涙もまた零れ落ちた。


夫となる人を好きになれたら。

アンドリューとエリザベスのようになれたら。


それは、この悲しみの渦から一時でも気をそらせる事が出来る、小さな祈りに似た希望。



メリッサの手の中のペーパーウェイトのウサギは、変わらず惚けた顔してメリッサを見ていた。




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― 新着の感想 ―
今回メリッサが選ばれなかったのは、アンドリューの加護が働いたからなんでしょうね。 メリッサとエリザベスを比べた時に、エリザベスの方がより良い結果になると。 初恋のメリッサをずっとキープした上での選択だ…
[一言] これ異世界恋愛じゃないし母親が屑ってタグ位付けても良いんじゃね
2022/01/14 11:01 退会済み
管理
[一言] メリッサちゃんの今後がきになります。彼女が幸せになれるのを願います。
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