有野紗季は漫画家である
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新学期が始まるまで、後五日。
私はオッサン以外に【変身】する食べ物、スルメ以外でオッサンになるかを調査する……つもりだったのに、気付けば、昨日の夜から、紗季の家に拉致されている。
「持つべき者は親友だね。新学期が始まるまでには完成させたいからさ」
紗季は目を充血させながらも異様なテンションになっていて、床の上には色んな種類の栄養ドリンクが空の状態で転がっている。何日徹夜しているのか、髪がボサボサ、肌もカサカサの修羅場状態だ。
有馬紗季。私の親友であり、幼馴染み。今は一人暮らしをしていて、漫画が沢山あったり、ポスター、フィギュアが置いてあったりと、ガッツリなオタクだ。そして、月刊誌で漫画家デビューした女子高校生でもある。
「言っとくけど、タダ働きじゃないからね。それと……いい加減に私達をネタにするのは止めときなよ」
私はベタとトーン貼り、消しゴムを手伝っているんだけど、紗季がどんな漫画を描いてるのかは当然知っているわけ。
高校を舞台にしたユルい日常四コマ漫画。主人公達、登場人物のモデルは紗季自身や、私を使ったりしている。蛍も勿論登場していて、私達が知り合ったきっかけがこれ。
私達以外……他二、三人ぐらいしか、紗季が漫画家である事は知らない。学校をネタにしているから、知られるわけにもいかないんだけど……
「現場を利用するのは当然。面白ければ、それでよし。ネタなんて簡単に出てくるもんでもないから。いくらあっても足りないぐらいだし」
私がオッサンに【変身】するのが知られると、ネタにされる……いや、ユルい学校生活の漫画が、変な方向転換する事はないでしょ。
「そういえば、女の子達が凄い力を手にしたって話題になってるよな。近場にいないかなぁ……ネタにしたいなぁ……私なら、腕が何本も生えるとか、アイデアが無限に生まれるとかが良いんだけど」
方向転換も辞さないの!? 私みたいなオッサンに【変身】するのは、バトル漫画になるわけでもないし、ユルい漫画には合ってるかも……けど、口にするつもりは全然ないから。
「本人にとって都合の良い物ばかり手に入らないと思うよ。偶然、能力を持った子を見掛けたけど、屁の勢いで自転車のスピードを速くしてたぐらいだし」
「おおっ!! その勢いで空も飛べたり……ありそうやネタ過ぎるわ。ボツね」
「テンションの浮き沈み激しいわね。一応、さっきの話は本当の事だから。私も栄養ドリンク一本貰うから」
テーブルの上に常備されている栄養ドリンクを一本貰う事にした。私も徹夜していて、そこまでテンションは上がらない……というか、本当は眠りにつきたい。
「はいはい……昼までには終わると思うから、一旦寝てから、夜はご飯を食べに行こうよ」
紗季は椅子を反転されて、私の方を向いた。栄養ドリンクをもう一本飲むつもりなんだろう。
「誰!!」
紗季は眠気を醒ますような声と、驚愕な顔をしている。というか、一緒にいるのは私しかいない……
「嘘でしょ!?」
私は自分の顔、頭と触ってみると、眼鏡があるのと薄い髪だと分かった。尚且つ、声もオッサンになっている。スルメ以外で色々試して【変身】しなかったのに、栄養ドリンクに反応するなんて、誰も思わないじゃない。しかも、同じオッサンだし。