番外編 花畑薫の災難 ー4ー
「イタタタタ!! 止めろ……止めて」
腕を掴んだ男の顔が苦悶の表情になる。こんな状況化でも、有野はすかさず、その顔をスマホで撮る。
「お前、何しやが……痛い痛い!! メキメキいってる。メキメキ音が鳴ってる」
もう一人の男にはアイアンクローで顔を掴んだ。オバサンに【変身】しても力が変化する事はない。俺の握力は林檎をも潰す。男達の腕と顔を破壊するなんて簡単だ。
「……まるで薫みたいだな」
ボソッと呟く有野の言葉に思わず握った手を離してしまった。
(ちょっと待て!! それはオバサンである俺なのか、痛みでアホ顔してたナンパ野郎のどっちなんだ!?)
「……くそっ!! もう二度と来るか」
ナンパ男二人組は有野達のテーブルに一万円札を置いて、店から出て行った。一応、食い逃げにならないように会計は払ったようだ。
俺がした行為に、周囲の客達から黄色い歓声が上がるのだが……
「『二度と来るか』なんて、現実でも本当に言う事が実証されたわ。それに戦利品を置いていったわけだし、迷惑料として、お釣は私達の支払いに使う事にするか」
【ケーキング】の値段は三千円。ナンパ男二人合わせて六千円だとして、四千円のお釣り。それを使用するのは良いか?
感謝されるためにしたわけではない。だが、周囲みたいにとは言わないが、少しは喜んで欲しいところだ。勿論、お金が安くなった事に対してじゃないぞ。
「はぁ……」
海野の溜め息は、有野の態度に対してだろう。さっきみたいに注意するのかと思いきや……
「ごめんなさい。助けられたかった人は別なの」
海野が周囲を見てたのは恐怖からではなく、白馬の王子様が助けに来ると? それこそ漫画やドラマの話だぞ!!
「ありがとうございます!! あの男達はナンパのためによく来てたんですけど、貴女のお陰でもう来ないと思います。これはせめてのお礼です」
店長らしき人物が近付いてきて、お礼と共にクーポン券を渡してきた。十枚綴りの五百円引き券はスペシャルケーキのためには丁度良い。
「今日のお題も大丈夫です。お客様も彼等のお釣で値引きしても構いませんから」
しかも、今日の支払いが0になるという幸運。有野達も割引されるみたいだが……このモヤモヤした気持ちは何だ?
「あれ? どういう展開なの。紗季の演出……は流石に無理でしょ」
店内が大騒ぎになってる中、【ケーキング】に新しい客が入ってきた。それも有野の親友である叶陣子。これ以上の事は何も起きないとは思うのだが、俺は早々に席に戻り……
(……うん。今日は無料になったんだ。ショートケーキ一つで十分。アイツらに付き合う必要はない)
すぐに【ケーキング】から出て行くのを決めた。