番外編 花畑薫の災難 ー3ー
「……写真は駄目だ……ですが、一度だけあの友達がいる場所から、スケッチぐらいなら」
有野の事だから写真を拒否しても、スケッチするのは目に見えている。鞄の中にスケッチブックが入ってるのも分かっているからな。それに距離も言っておかないと、海野を放っておいて、隣の席に座るだろう。
俺の時は鼻毛が飛び出ていたのを見られるぐらいの近さだった。実際に漫画にも鼻毛が出てる場面は描かれてた始末。
「くっ……私の事をよく知っているような台詞を吐く。もしや……私のファンか!?」
その前も漫画でしか言わなそうな言葉を吐いているわけだが、少しの言動で花畑薫だとバレる可能性もあるぞ。早めに話を切り上げなければ。それに……一番に言わなければならない事がある。
「ファンではないです。漫画家なら、スケッチブックとか持っているのかな? と思っただけです」
俺は迷惑を受けている側で、ファンなわけがない。普段は言えない台詞だが、オバサンの【変身】している今なら言える。
「すみません……紗季も変に絡む癖、止めた方がいいわよ。遠くから描いてもいいと言ってくれたのだから、それで良しとしないと」
海野は奴の頭を軽く叩き、俺に頭を下げた後、席に連れ戻してくれた。
「これがオチにしては物足りないんだけど」
有野の言葉は自身すらも漫画のネタにしようとしてるのは、ある意味尊敬に値するかもしれないが……
(ふぅ……有野の視線は何度も受けている。いつもより距離もあるのだから、ケーキに集中出来るはずだ)
俺が選んだのは勿論苺のショートケーキ。新しく作られてきた物だから当然だ。他のは選ばず、まずはその一品に魂を込める。お供のアッサムティー、紅茶を選ぶのも忘れない。
そして、それをスマホの写真に納める。SNSに投稿するつもりはなく、デザートの写真を撮るという俺の趣味でしかない。
(よし!! 写真も撮った。心の準備も万全。有野の視線は……)
有野の突き刺さるような視線が全く感じられず、逆に俺の方が見てしまった。
「ねぇねぇ……漫画のモデルを捜してる? 俺達なんてどう? その代わりにデートして欲しいんだけど」
奴の視線がないのも、男二人組が壁になっている……もとい、ナンパされているからだった。それよりも、この神聖な場所にナンパ目的で入って来ないで欲しいんだが……
「……モブには用がないから。そのナンパも仕方もありきたり過ぎて笑う」
(そんな辛辣な言葉を言うとか、相手を怒らせるだけだ。海野も一緒にいるんだぞ)
海野も男達が怖いのか、辺りを見回している。店の従業員も相手は客であり、ナンパしているだけで、声を掛けるのは難しいのかもしれない。
「ああっ!! お前は本当はオマケなんだよ。俺達の目的は側にいる彼女だから。オタクになんて興味がないんだよ!!」
ナンパ男は有野の言葉にイラつき、罵倒するだけじゃなく、手を振り下ろそうとした。
「ごめんなさい……邪魔をするようで悪いんだけど、ここはケーキを純粋に楽しむ場所であって、ナンパ目的で男が来るような場所じゃねえんだよ!!」
俺は思わず、有野に振り下ろされる腕を止め、凄みのある口調で脅していた。こんな状況を見るとケーキが不味くなるし、知り合いが迷惑してるのを助けないのは男じゃない……今は男ではないけどな!!




