番外編 花畑薫と犬
取り敢えず、商店街の中でも人気の無さそうな場所……空き店舗の裏に移動した。わざわざ、犬が喚いてるからと覗きに来る奴なんていないだろうからな。
「はぁ……頼みを聞かないと、ずっと付いて来そうだからな。一体何をして欲しいんだよ」
本来の姿に戻りたい……というのは違う気がする。狼だと思い込んでるだけ。こんな場所に狼がいるわけがないし、群れで行動するのは【妖怪の森】に登場する狼妖怪の大神さんで知ってるからな。
「その前に食べ物を何か……こっちに来てから、何も食べてなくて」
「……ほら」
ここに来るまでに一度コンビニに寄って、ペット用の缶詰を買っておいた。ネコも一度追い出させた事があったのか、俺が外に出てくるのを律儀に待ってたからな。
「これは……良い匂いがしますね」
ネコはクンクンと匂いを嗅いだ後、ガツガツと中身を平らげる。余程、腹が減っていたのかもしれない。流石にその姿は獣って感じで、可愛さ半減だ。
「満足です。よく私がお腹を空かしてるのが分かりましたね。魔法でも使いましたか?」
「魔法って……人間みたいに腹の虫が鳴ってただろ」
俺に声を掛けながらも、ギュルルルル……と音が鳴ってたからな。腹の音が言葉に変化される事はなかったみたいだ。
「なるほど……凄い洞察力です。やはり、協力してもらうのは貴方しかいないようです。どうか、我が主を見つけて貰えませんか?」
「……はっ? 頼み事って、人探しなのか?」
主……飼い主の事じゃないのか? やっぱり、犬だろ? 臭いで探し当てるとか、人間よりも優秀な気がするんだが……
「そうです。この街は主の匂いが強く残っているので、何処かにいると思うのです。ですが、土地勘が全然なく、今も僅かながらに匂いはしていますし……」
土地勘がない……引っ越して来たばかりなのか? それでも臭いが強く残っているというのも……まさか、捨て犬とかじゃないよな? 喋る犬なんて怪しい以外の何者でもないぞ。
「その飼い……主を探すより、自分の家に戻ればいいんじゃないか? ここで探すよりも確実だろ」
土地勘がなくても、主の家の場所には戻れるんじゃないか? そういう犬の逸話は何度か聞いた事がある。
「無理ですね。私に元の世界に戻るための力はないです。送って貰った形なので」
「元の世界って……厨二みたいな言葉を使うよな。お前の主はオタク系か」
所々に厨二みたいな言葉を使うのは、一緒にアニメを見ていたのかもしれないな。この場所に来たのも、車で移動した感じか?
「オタク……というのは分かりませんが、元の世界に戻るつもりはありません。主の役に立つために来たのですから」
忠犬……なのか? 捨てられた可能性は否めないけど、人に頼み事するのも、食べ物を要求するのも、主に再会するためだとしたら……
「……少しだけだぞ。で、その主の特徴は? 色んな場所を案内すればいいのか?」
「感謝します。主も私のように姿が変化してる可能性があるので、分かりません!!」
「『分かりません!!』って、駄目だろ!! 主……がお前みたいに変化しないから、覚えてる時の事を教えろ」