若杉は報われない存在
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新学期前日。
「何で私は新学期前日にバイトを入れてるんだろう……」
明日から学校なのに居酒屋のバイトをしているのは、春休みの間はバイトをフリーで出していたから。日曜日という事もあって忙しく、若い子達は休みの時に限って入らない……私も若いんだけど……
「馬鹿だな。フリーで出すから悪い。学校の前日くらい休みにしておけよ」
そんな事言ってくるのは厨房バイトの若杉真琴。私と同じ学校で同級生。バイトは若杉の方が後から入ってきた形。私はホールで、若杉は厨房。先輩、後輩というのはないんだけど、何かと突っ掛かってくる。
「それは人の事を言える立場なわけ? アンタも仕事を入れてるじゃない」
「俺は良いんだよ。クラブがない日に入れてるんだからな」
若杉のクラブは……何なのか知らない。別に知っても、得になる事もなし。私に話し掛けるぐらいなら、注文の品をさっさと出して欲しい。
「あっそ……若杉が何のクラブに入ってるなんて、そもそも興味がないし。料理をさっさと出してくれない」
私の言葉に若杉は固まってしまったけど、これはいつもの事。いい加減に迷惑と分かってくれたらいいのに……
「叶はあまりバイト仲間と喋らないよな。客の食べてるところを良く見てるというか」
人の話を聞いてる? 私は別にお前と話すつもりで仕事はしてないんだけど!! まぁ……バイトの子達とはそこまで仲良く接してないのは確か。
客の食べるところを見る事に関しては……今日に限っては否定出来ないかも。
「年上……オッサンが好みなのか? カップルとかじゃなくて、一人呑みしてる奴ばかり見てるだろ?」
オッサンがタイプなんて全然違う。蛍とは違うんだから。そもそも、それに気付くお前が気持ち悪い……とまでは流石に言ったら駄目でしょ。
「そんなんじゃないから。私が苦手な物とか美味しそうに食べてるなと思っただけ。オッサンになったら味覚も変わるのかなって」
私がオッサン達を見てたのは、苦手な食べ物でも美味しくなるのか。スルメの時は更に美味く感じだし、味覚の変化はあると思う。
というのも、オッサンに十分間、【変身】するとして、何が出来るか。エロ本……【サクラサク】の作品を買うのは失敗したわけで、他には食事しかないのでは? と思ったわけ。栄養ドリンクバージョンは……二時間もなりたいわけでもないし。
「オッサンって……叶はそんなところがあるもんな」
若杉は納得したようだけど、それはそれでオッサンみたいと言われてるみたいでムカつく。
「だったら、バイト終わりにでも、一緒に牛丼でも食べて帰らないか? それぐらいは奢ってやれるし」
「はっ!? そんなの無理。そもそも人の話を聞いてた?」
私は苦手な物と言ってるのに、牛丼をどうして食べに行くわけ? 確かに女子一人では牛丼屋に入るのはハードルが高いかもしれないけど、とうにその壁は越えてきているわけ。
牛丼はオッサン、男が好きな料理と思われがちだが、女子も大好きである。
「苦手な物と言ったわけで、牛丼は至高の料理に価するの。若杉と一緒に行く必要もないから」
また若杉はフリーズしたけど、一体何なの? 店長もこいつを復活させるために、肩を叩いてるし。
「怒るポイントは違ったけど、牛丼屋に誘うのは駄目だよ」
店長が若杉に掛けた言葉が聞こえてきた。怒るポイントとは私の事を言ってる? 別に紗季や蛍が杉屋に誘うのなら、全然行くんだけど? 余計な事を言うと、更に面倒になるか。
「店長、今日は持ち帰りしたいので宜しくお願いしますね。焼き鳥の盛り合わせで。塩とタレでも分けます」
レバーは少し苦手で、塩も敬遠しがちだったけど、今回はそれに挑戦してみよう。お酒は……流石に二十歳からで。