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030『調合:細工』


 私とセイラは西沢温泉へと戻った。

 裏口へ回り自炊場へ行って瓶のケースと雑嚢袋を下ろす。


 ――ん? 何やらロビーの方が騒がしい。

 覗いてみると十吾さんがお蕎麦を大量に打っていた。


「いま、帰りました」

「戻りんしゃったと。すぐ麺を茹でるたい、もうちょっと待とっと」

「あ、手伝います……」


 私とセイラはロビー横の厨房で、十吾さんのお嫁さんのお花さんと蕎麦を茹でる手伝いをした。

 茹で上がったお蕎麦を、いつものワラビのお浸しにゼンマイの素揚げシナチクも添えて四人で頂く。


 私は思い切って聞いてみた。

「十吾さん。十吾さんにとってこの村は何ですか」

 暫く考えこんで十吾さんは答える。「…………思い出たい。幸せがあって、喜びがあって、安らぎがあったとよ……その全てが詰まっとるたい」

「そうですか……でも私は、ここを……」

「何も言わんでよか。思い出は思い出たい。わいはもう一度夢で逢うことが出来た。そいでよか」

「はい……ですが……」私は黙ってそっとお花さんの方を向く。

「私は夫に付いて行くと決めております故」そう言ってお花さんは目を細め優しい笑顔で微笑んだ。


 最初にお花さんの事を十吾さんに聞いた時、十吾さんはただの女中だと答えた……。これは自分が再婚して戻ってきた存在だと悟らせないようにするためだと思う。しかし、それをする理由には私がここに現れた新参者の異邦人という記憶が無いといけないのだ……。それに……いや、この二人は幸せそうなのでもう何も質問しないでおこう……。



 十吾さんは、蕎麦を打ち終えたら神社に向かうそうである。

 私は十吾さんにいらなくなったすり鉢とすりこ木を借り露天風呂へと出向いた。

 手拭いで口元を覆い、顔をなるべく離してさくらさんに貰った材料を捏ね合わせる。


「ねぇ、それ何?」後ろからセイラが質問してきた。

「近づくな危険だぞ」

「そんな料理みたいなもので、何をするつもりなのよ」

「これを知らないのか……第百部隊の連中を追っ払うのに使うんだ、ごほっ!」

 ――臭気だけでも目に染みる……。

「ふーん」訝し気な表情でセイラが答える。


 私はそれをさらに温泉の水で溶かして漏斗を付けた瓶に注いでいく。そして万が一にも漏れ出さない様にコルクの栓をきつく締める。


「よし、一本完成!」

「ねえ、そんな物で本当に兵隊を追い払えるの?」

「ああ、勿論だ、奴らはこいつの怖さを知っている。こいつを喰らえば逃げ出さずにはいられないはずだ」

「そうなの……」


 訝しがるセラを他所に、私は残り九本分を調合し瓶に詰めたのだった。


 ――そう、奴等はこれの怖さを十分に知っている……。自分たちで製造し、実験を繰り返し、あまつさえ実戦にも投入しようとしていたのだから……。そして奴らはこれを無視できない……。


 蕎麦を打ち終えた十吾さんとお花さんは猫車を押し神社へ向けて出発した。

 私は雑嚢袋から工具を取り出し替わりに十本の瓶を入れて自炊場のテーブルへ置いた。


「ねえ、まだ神社に行かないの」しびれを切らしたセイラが聞いて来る。

「ああ、まだもう一つ夜までにやっておくことがあるんだ」

「何するつもり」

「行程の確保だよ。ちょっと私の部屋で待っててくれ」

「いやよ」

「ダメだ、三十分ほどで帰るから待ってろ!」


 ぐずるセイラを部屋へ置いて、私は工具を抱えダムの方へと急ぎ足で向かった。


 宿の前の坂を上る。渓谷全体を見渡しながら北へと進む。ダムへと向かう分かれ道の柵が見えてきた……。

 ここからは、少し警戒しながら柵へと近づく。何せ雨が突然止んだのだ、兵士たちがいつもと違うパターンで動くことも考えねばいけない……。


 ちなみに、ここの兵士たちは連れてこられた時点で、既にマヒトに脅されて村に近づくことは無いそうである。

 それならば、連れてきて事情を聴いた時点で追い出せばよいと思うのだが、マヒトにはそれが出来なかったそうだ。


 彼らはこの村を沈めた後も様々な罪を重ね、その魂に多くの穢れを宿してしまったそうである。その量があまりに多く禊を行えば魂を壊してしまう。また単に追い出してしまえば勝手に穢れを集め、怨霊と化してしまいかねない状態なのだそうである。なので争いの無いこの場所に留め少しずつ浄化するしかなかったようだ……。


 なぜそこまで村を全滅に追い込んだこいつらに気を使うのか……。彼等はその後も幾つかの作戦に参加して最終的に日中戦争の最前線に部隊ごと送られたのである……。それの意味するところは勿論 〝口封じ〟。村一つを消滅させるほどの秘密を知った彼らの末路である……。

 それを知ってしまったマヒトにはこいつらの魂を消すことが出来なかった様だ。この場合、優しいというよりは甘いと言わざる得ない……。

 当初十七名いた兵士は四名浄化して追い出したために、今では十三名。峠のトンネルに二名いるので、ダムには十一名が詰めていることになる。


 私は辺りを警戒しながら柵へ近づいた。

 扉にかけられたチェーンの一コマをペンチで摘まみ金鋸で切っていく。

 簡単に切ることが出来た。切れ目が出来たところでそこへバールを突っ込みペンチでそこを広げていく。

 実はチェーンはその製造工程にリング状の曲げ加工がある為に比較的柔らかい金属で出来ている。太さや重さ以上に意外に変形しやすい。

 チェーンが簡単に外れる事を確認してから切ったコマに引っ掛けて誤魔化して置いた。これでもし誰かがここに確認に来ても、鍵を外して外まで出なければ、切ったコマがバレることは無いだろう……。


 ――ふう、それにしても暑いな……。


 七月十日。雲一つない晴天の午後三時ごろ。

  汗ばむほどの気温の中、私は上着を脱ぎ工具と一緒に手に持って宿へと引き返した。


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