026『手当:酒宴』
「痛てて……」
私は今、本殿の横に立つ御饌殿でセイラの手当てを受けている。手当と言っても傷口に赤チン(ヨードチンキ液)を塗り脱脂綿を粘着テープで張っているだけだが……。しかし、雑菌すら生存してなさそうなこの世界でどれほどの効果があるかわからない……。
私と多賀谷はその後も仲良く殴り合いを続けたのだが、本殿の中にいた村人たちに見つかり無理矢理引きはがされた。
鼻血と全身の擦り傷と青タンを創っていた私たちは、穢れていると言われ本殿には上がらさせてもらえず、私は食事を作る為の御饌殿の控室へと連れてこられ、多賀谷は小田商店裏の自宅へと連行されていった……。
「まったくいい年こいて、話し合いに来たんじゃないの、それなのに喧嘩するなんて……」セイラが呆れ声を上げる。
「いいんだよ、これは 〝決闘を前提とした、正しい《《どつきあい》》〟 なんだから」
「何を馬鹿な事を言ってるの……」セイラが呆れ顔で返す。
「いやいや、要は向こうもこうなることが判ってて喧嘩吹っ掛けて来たから良いって事だよ」
「そう言う物なの?」
「ああ、そう言う物だ、痛てて……」――多分。
「ふぅ、やっぱり無理、理解できないわ……」
――だろうな……。
痣も切り傷も出来てはいるが、骨や筋肉に異常は見られない……。これは、向こうもそして私もそれなりに手加減が出来ていた証拠なのだが、それを言っても多分理解はしてもらえないので黙って置く……。漢はつらい。
「それでこれからどうするのよ、皆の集会も中止させてしまったし……」
「さてどうしたものか……ん? 先ずはお昼かな」
部屋の隅に掛けてある柱時計の時刻は十一時半、目の前の厨房では村の女性陣がバタバタとせわしなげに奮闘しており、昼食が出来上がりつつある。
控室の隅の方では子供たちが何やらお絵かきに夢中になっているようである。
「はぁ~……」セイラはかぶりを振って溜息を付いた。
そのまま御饌殿の控室に卓袱台を出し、セイラと二人で出来上がった昼食を頂くことになった。今日のメニューは、麦ごはんに筑前煮、味噌汁と、そして辛子レンコン……。
筑前煮は九州地方ではがめ煮と呼ばれ、鶏肉・さといも・レンコン・シイタケを油でいためみりんなどで煮た料理である。辛子レンコンは熊本の郷土料理で酢水で茹でたレンコンの穴に辛子を詰め油で揚げた刺激の強い料理だ……。
「これ何?」
「辛子レンコン……熊本の郷土料理だ」――おや、セイラはこれを食べたことが無い様だ。
「ふーん…………ガハッ!」セイラは天を仰ぎ、口を開けて目頭を押さえ涙をこらえている。
――うん、最初に食べたときはそうなるよな……超絶辛い、でも癖になる。お酒欲しいな……。
「それにしても、みんな元気ね。先程まであんなに悲し気に嘆いていたのに……」なんとか復活したセイラが厨房の方を見ながら言った。
「この時代の人間はみんな強いからな……」
女性陣は和気あいあいとおむすびを次々と握ってお盆に並べている。
「何と言うか、心が強いと言った感じね……」
第一次世界大戦から第二次世界大戦の終戦までの日本は激動の時代と言って良いだろう。明日をも知れぬ時代。そんな時に生きていた女性達の心が弱いはずは無いのである。
「そう言えば……私がマヒト様にここに呼ばれた理由にも魂の強度が高いというのがあったな……」思わずぽつりとつぶやいた……。
「……」
――しまった! セイラが瞳を爛々と輝かせこちらを見ている! あっ! 何やらぶつぶつ言い始めた。
丁度私が食事を終えた頃、御饌殿の扉が勢い良く開かれた。
「おい! 浅見居るか!」大袈裟に包帯を巻いた多賀谷が現れた。「ちょっと、話がある家まで来い」
そう言い残すと多賀谷は、扉を開いたまますたすたと御饌殿を後にし、自身の家のある大鳥居の方へと歩き出した。
「やれやれ、相変わらず態度のデカい奴だな……」
セイラが心配そうに見上げる。「これ以上揉めないで」
「大丈夫だよ、多分……」
私はそう言って食べ終わった食器を片付けた。
その後、私とセイラはおばちゃん達に無理やり持たされたがめ煮の鍋と辛子レンコンを抱え、多賀谷の自宅へと向かった。神社の境内から石段を下り大鳥居へ向かう。その東側、ツゲの生け垣に囲われた瓦葺の民家が多賀谷の家の様だ……。田舎ではありふれた広さの平屋の民家に大きめの蔵がある。
障子の開け放たれた居間から声が掛った。
「おう、上がって来い」
私たちは玄関から土間へ入り、そこから居間へ上がった。どうやらここに居るのは多賀谷一人だけの様だ。――何の話だろう?
「お前、いけるクチか」
そう言いながら多賀谷は居間に置かれた大きなテーブルの上に一升瓶をドンとおいた。
「頂こう」
私はそう答えた。
私とセイラは貰って来た食材を装いテーブルに並べささやかな酒宴を始めた。ただしセイラは終始「何でこうなるのよ?」と怪訝そうな表情だ。どうやら、先程まで殴り合いの喧嘩をしていたのに一緒に酒を飲むことが理解できないらしい。――私に説明を求められても困る……。
「それで、お前は話し合いに行かなくてもいいのかよ」私は清酒を注いだ湯飲みを傾けながら多賀谷に問いかけた。
「ふん、どうせ何も決まりやしねぇよ」多賀谷が吐き捨てるように答える。
「何!?」――それはまずい! それこそが私の一番恐れていた結末である。何も決まらず、なし崩し的にずるずると時間が長引く……。それを避けるために多少きつくなろうとも具体的に用件を伝えたのである。
「最初は、あの兵士たちが死んでここへ呼ばれ始め、真相がわかった時だったな……皆が自分の死を悟った……」
そう言ってから多賀谷は思い出を語る様に話し自分の湯飲みを煽る。
「お次は和泉田殿がここへやって来た時だ……事の顛末を知り、全てが過去になった事を知ったんだ……」
多賀谷は眉を顰めながら溜息を付いた。
「その後も、もうこれで終わりにしようと幾度も話し合ったもんだ……」
そして、雨の降る遠くの空を見つめている……。そして独り言ちり始めた。
「だが時間が足りなかった……日を跨いでしまえば皆の記憶は失われる。残るのは話し合いをしていたという事実だけだ……」
「……同じことを繰り返した……何度も……何度も……」
「……だから、ここは明日、俺が終わらせる」
多賀谷ははっきりとした口調でそう言いきり拳を握った。




