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017『出発:潜入』


 集合的無意識とは、スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した分析心理学における中心概念で、様々な時代や民族の神話にも共通して存在する人類の心が普遍的に持つイメージのことである。

 ――何か大仰な事言ってる……。私的にはここがそれ程の物とは思えないが、記憶や知識に造詣の深いセイラにとってはそれを連想させるほどの物なのだろう……。


「それじゃ、行ってくる。深夜までには帰って来るつもりだが、十吾さんに何か言われたら適当にごまかしといてくれ」

「わかった。気をつけて行って来て……」


 心配そうな表情のセイラに見送られ、私は雨除けのマントを纏い宿の裏口から出発した。時刻は午後七時。外は雨の所為もあり相当暗くなっている。

 坂を上りダムを目指す。坂を上がり切ると神社にはすでに明かりが煌々と灯っていた。境内には何かの準備をしているのか、多くの人が出入りしているのが見える。


 視線を少し上へとずらす。

 長く伸びる石段の上。まだ、かろうじて社の姿が確認できる。

 おや? 昼と違い襖があいているのだろうか……。社の壁が見えずぽっかりと黒い口が開いているかのように見える。

 室内は僅かに明るく、蝋燭の火が灯っているのがわかる……。


「!」


 今、間違いなく、目が合った! マヒト様なのか……。

 ここから距離にして五キロ位。姿さえ確認できないが、今、その確信があった。

 ――誘われてるな、これは……。待っていろ、今からそこへ行ってやる……。

 降りしきる雨の中、私はダムの方へと道を急いだのだった。



 鉄柵の脇に設置したロープは無事残っていた。ロープを伝い柵を越える。

 ロープを回収してそのままダムの下へと降りる階段を下った。辺りは既に暗くなり足元もおぼつかないが、目を凝らし慎重に階段を降りる。

 階段を下まで下り今度は慎重に発電施設に近づいた。

 中からは水音と激しく回るタービン音。周囲に人の気配は無い。当然のごとく扉は鍵が掛けてあり開かない。

 仕方ないので建物の北側に回り、直径一メートルほどの配管パイプのつなぎ目のボルトに足を掛けよじ登る。

 そしてもう一本のパイプに飛び移り向こう側へと降り立った。


 辺りに明かりも無く、流石に足元も見えなくなったので、建物のひさしの下でランプを取り出し、持ってきたマッチで火を点けた。

 ランプを瓶に納め、瓶の上から布を掛ける。これで余計な光を漏らさず足元だけ照らすことが出来る。


 今度はダムの西側の階段を上り始めた。ここから振り向けばダムの管理棟の明かりが見える。あそこには陸軍の兵士達が居る。向こうの方が明るく雨も降ってるので、そう簡単には見つからないとは思うが、もし見つかれば銃撃されてしまうだろう。足元の明かりを体で隠しながら慎重に、そして素早く階段を駆け上った。


 ――ん? 話し声の様な物が聞こえた。 慌てて壁側により明かりを体で隠し階段にうずくまる。


「……村の……」「……ほんとうに、今晩やるのか……」ダムの中央バリケードのあったあたりに人影が見える。

 歩哨だ……ダムの様子を見に来たのだろうか……。

「……ああ、今晩マルヒトマルマル決行だそうだ……」「まったく、隊長も何でこんな急に設置を……」人影は辺りを適当に確認すると管理棟へと戻って行った。


 ――よかった見つからなかった……。いや、警備をしているというより、何かの確認をしに来たみたいだったな……。

 この隙に残りの階段を一気に駆け上がる。


 ダムの西側は広場になっていた。暗いので全体は見渡せないがおよそ野球のグランド程度だろうか。管理棟から漏れ出た光で薄っすらと建設に使われたと思われる砂利や木材、それに解体されたクレーンが見える。

 クレーンは木材にウインチを組み合した簡素なものだ。このウインチだけでも運べれば崖を降りるのに役立ちそうだが、重くて一人では運べそうにないのであきらめた。代わりに古ぼけた軍手が落ちていたので拝借する。


 広場の南端から三メートルほどの斜面を駆け上り山へと踏み入った。

 ――すごい薮だ……。日当たりの良い場所なので下草が茂っている。無理矢理体をねじ込み慎重に前に進んだ。

 当初から気が付いていた事なのだが、虫がいなくて助かった……。この世界には食材としての魚や鳥はいるが、動いているのは人間とアマヌシャだけである。鳥や魚や虫もいない。恐らくだが植物さえもその形は正確に再現されているが生命としては存在していないだろうと予測している。ここは見た目こそ緑豊かな所だが、その実……死に覆われている。ここはそう言う場所なのだ。


 身体に絡まる蔦を引きちぎり、小枝を体で押し分けて、見えない足元を探りながら少しずつ少しずつ前に進んでいく。

 すると次第に藪が開け、足元が岩場になり始めた。左手は切り立った岩の崖である、ここの地盤も岩で出来ている。足元は安定しないが、下草は少なくなり進みやすくなった。ここからはランプの覆いを少し外し、しっかり足元を照らしながら歩いて行く。

 起伏の激しい岩場に僅かに生えている樹木に掴まりながら移動する。


 ――やっぱやめときゃよかった……。


 左手側の岩場のすぐ下には十メートルほどの断崖絶壁。足を滑らせでもしたら一巻の終わりだ……。

 時折吹き付けてくる風に煽られながら、必死で木に掴まり岩場をしがみ付く様にして進む。

 しばらく移動をしていると神社の明かりが届き始めた。社までの距離は約一キロメートル。僅かな平地から平地へと飛び移る。岩を抱える様にして乗り越える。

 必死になって前へと進み、社の上に到着した頃にはすでに手足の筋肉が緊張でパンパンに張っていた。


 ――死んだ……、帰りは絶対通らない……。


 近くで一番太い木にロープを二重に巻き付けて、もやい結びで結び付け逆の端を崖下へと垂らす。長さは十分の様だ。

 ロープを跨ぎ下に垂らした方を胸の前を通し肩にかけ左手で握る、そして右手でロープの上を掴み崖に足を付きながら降りていく。よく消防士が訓練でやっている肩絡みという懸垂下降方法である。


 掴んだロープを緩めながらゆっくりと……そして慎重に……降下する。

 私は社の裏手の一段高い岩棚の上に降り立った。


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