紅月-最終話
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「風が冷たくなってきたわね」
由起子のその声はいつもの声だった。少しハスキーな、それでいてよく通る声が、重苦しい雰囲気を一新した。
「ごめんね、こんな話聞かせて」
微笑みながらそう言う由起子にイチローは微笑みを返すことができた。
「んん。オレ、嬉しいよ。こんなこと、真剣に、オレなんかに話してくれて」
「ふふ」由起子は鼻に皺を寄せながら笑んだ。
「あたしはこう考えているの。あたしは、学校ではあなたたちの先生かもしれない。あなたはあたしの生徒、ね。でも、学校と関係のないところでは、人間として付き合って行きたいの。人間として対等に、相手を尊重しながら、付き合って行きたい。そう考えているの。だから、今日こうしてイチロー君に、あたしの恥、聞いてもらえて、本当によかったって思ってる」
真っ正面からきっぱりとそう言われたイチローは照れてしまい、困ってしまった。
「でも……、オレ、誰かに話すかもしれないよ。中川なんかに、話したら、噂になっちゃうかもしれないよ」
「あたしは、あなたを…、んん、あなたたちを、信じてる。人として。何よりも人間として信じてる」
強く言い切った由起子にイチローは見とれてしまった。ほんの一時間ほどで語られたおはなしは、イチローには想像もつかない世界だった。そんな苦悩の人生の一面をさらけ出しながら、いまこうして明るく微笑んでいる由起子に、ただ見とれるしかなかった。
ベンチには夕暮れの陽射しが差し込めていた。オレンジの陽射しは、穏やかな陰影を浮かび上がらせ、その中で由起子は映えている。いつかは自分もこんな大人になることができるだろうか、イチローはぼんやりとそう考えていた。
「ねぇ、イチロー君。何か食べて帰ろうか?付き合ってくれたお礼に奢っちゃう」
「え、ホント?」
「ホント、ホント。何でもいいわよ」
やったぁ、と叫ぶイチローを見つめながら、由起子の笑顔は華やいでいた。




