紅月-30
* * *
「また会ったね」
ヘルメットを脱ぎながら、男は由起子に話し掛けてきた。由起子は息を整えながら、応えた。
「ここ、学校に近いから」
「学校で練習しないの?」
「学校の練習のないときは、自主トレしてるの」
「へぇ~。やっぱり、女の子は頑張んないと、ついていけないんだろうな」
由起子はおかしくなって笑った。いま、チームで由起子より上手い選手はいなかった。それを話してしまえばこの男はどんな顔をするだろうかと、想像するとおかしかった。
「どうしたの?」
「んん、別に?」
男は怪訝な顔をして由起子の様子を伺っている。
「ねえ」由起子は笑顔を浮かべて訊いた。「バイク、好きなの?」
「あぁ、これ?俺、これしか能がないから」
「暴走族…じゃないみたいね?」
「あんな連中と一緒にしないでよ。俺は、ただのライダー。あちこちと流してるだけさ」
「そうなの」
「ね、今度乗せてやろうか?」
「うん」
由起子は少し戸惑いながら頷いた。
彼は山内浩といった。立山高校の三年生だった。受験か就職か悩んでいるところで、考えるのが面倒くさくなった時はバイクで流すということだった。学校がちょうど泉央一号線沿いにあることもあって、ここまで時々来るということだった。
由起子は山内のバイクに乗せてもらい、彼にしがみついている時が何よりも楽しい時間になっていった。
とっぷりと日も落ちた頃、ブレーキランプの赤が闇に映え、二人乗りのバイクが止まった。
「今日もありがとう」
寮の前で降ろしてもらい、ヘルメットを脱ぎながら由起子はそう言った。山内はヘルメットを被ったまま応えた。
「んん、こっちこそ。楽しいよ、由起子ちゃんと一緒だと」
表情は見えなかったが、彼の目元は微笑んでいた。
「そんな、こっちこそ。それに、本当に安全運転だから、あたしも安心して乗ってられるし」
「だって、女性を乗せて無茶はできないよ」
由起子は顔が赤くなるのを感じた。
「じゃあ、また」
「今度、土曜日?」
「うん。二時に」
「うん。じゃあ、さよなら」
「さよなら」
由起子は見送りながらテールランプが見えなくなると淋しい気分に襲われた。それと後ろ暗い気分がいつまでも消えなかった。こんなにも優しくしてくれる彼に、まだ自分が、ファントム・レディであることが言えないでいる。それを言い出すには、あまりに彼は無垢に思えた。由起子は、告白しなければいけない日が来ないことを祈った。




