転生者
青空が広がる。蝉時雨がうるさい夏の初め。そこにいるのは確かな自分。そしてもう1人。その人物はどこか実朝と似ていた。
髪の色も同じだった。病院にいるかのような服に身を包み、こちらを見て佇んていた。
逆光でいまいち分からなかったが、それでも見えたのは今の実朝とは違う、光のない目、そして今にも折れそうなほど細い腕と足だった。光のない目をこちらに向け、そして何かを言っているようだった。
微かな声で聞き取れなかったが、何故か実朝はいかないで、こんな運命は嫌だ。と無意識に言っていた。そして次の瞬間。その人物の姿は消えていた。
風が冷たい。まるで黄泉のよう....
次の日、実朝はいつものように学校へと向かう路にいた。
時期は9月の暮れ、段々と寒さが東京を覆っていく。いつもの制服に身をくるめて学校へと向かう。....思えば実朝があの世から今のこの世の中に転生した理由が本人は分かっていない。永倉新八の自我が目覚めたのは高校入学の少し前ぐらいだからその前からはおそらくその人格は成立していたと考えられる。
ならばその目的はなんなのか。そんなことを珍しく思いながら歩く。
学校に着き、まず実朝を待っていたのは同級生達の質問攻めだった。実朝を机越しに囲い、この前の事件について質問してくる。
実はあのひったくり犯、相当な能力者だったらしく、普通の人はともかく、このクラスにいる疾風系統の能力者でも追いつくのに一苦労する程だという。あの後犯人はなぜ追いつかれたのか未だに分からないと言っていたようだ。
前にも言ったが実朝自身の能力はこれらの能力とは一切関係がない。
犯人が驚愕したのはこれらの事が能力を使ったのではなく、本人の素の才能だと言うことだという。実朝の身体能力は他のクラスメイトの比ではないレベルで高い。下手したら誰も能力無しで行ったら勝てないレベルだ。
質問攻めをその場しのぎで返し、とりあえずドアの向こうを見たらその目に映ったのは、どこかで見覚えのある白髪と背中に背負った日本刀の鞘、....まさか。
実朝は席を立ち、クラスメイトをかわし、目に写った場所へ向かった。...そのまさかだった。「....近藤さんってここの学校だったんですね...」静かさを保ちながら言った。
波留香は実朝を見つけるやいなや、近寄りひそひそ話で実朝に「ごめんね、今忙しいから。後で話そ」と言い、クラスメイトと思われる人物と一緒に教室に入っていった。
波留香が入った教室は2組、このクラスは全体的に能力の平均した強さが高く、実朝のクラス、4組が1強に近い値に比べ、全ての人がハイスペックという理想的なクラスである。誰もが憧れる高校、その選抜クラスとなればもはや象徴だろう。
何回も言うようだが、実朝の能力はそこまで強くない。それが彼女が選抜クラスに入れなかった理由なのだろう。教室に戻り、席に座る。さすがに気を感じたのだろう。他のクラスメイト達はさっきのように追及はしてこなかった。
一部を除いて
「....ねぇ」机のギリギリに目を置き、こちらをじーっと見つめる姿があった。まるで構ってほしそうにしている。
最初は沈黙を続けようとしたがただひたすらにこっちを見つめる少女の気に負け、こちらから話すことにした。
「おまえ、演じるの下手か?普通に話しかければいいのに。」
「...そういわれても....」ムスッとした顔で相変わらずこちらを見る。茶色の髪で青のメッシュが入っている。
髪飾りに赤いリボンを付けるその少女は徳川美羽窳。お察しの如く、あの徳川家の令嬢である。
何故か入学当初から実朝に付きまとってくる為、実朝はあまり好きではない。
性格は意外と勝気のように見られるが中身は臆病で少々可愛いところもある。仕方がないので構っている所存だが...
「ねぇ何の写真?それ。」実朝のスマホを覗き込み美羽窳がいう。「....言う必要は無い。」その画面に写っていたのは実朝の幼少期の写真だった。真ん中には手を両端の両親と思われる人物と繋ぐ実朝の姿があった。「これ。さーちゃんでしょ!」スマホの画面に指さして、言う。
勘が鋭いやつだ。確かに間違ってないが100パー正解という訳でもない。今の実朝は永倉新八なのである。永倉平之丞実朝ではない。
今の自分でもこの当時のことを全然覚えていない。ただ単に記憶が乏しいだけだと思うが何が引っかかるところもある。
「....正解だ。」一応答えてはおく。すると美羽窳は嬉しそうに笑顔を見せ、「さーちゃんは昔も今もすっごく可愛い!それに強い!もっと自信もっていいんだよ!!!」これが彼女なりのエールなのだろうか。「...ありがとうな。」さすがに可哀想なので返事をしておく。あっそういえばと美羽窳が続ける。「来月?そういえばこの学校の伝統のお祭り?があるじゃん。その中のプログラムで自身の実力を試すバトルロワイヤルがあるんだよ。それにさ、さーちゃんが出たらどうかなぁって思ってさ!一応言っておくけどさーちゃんすっごく警戒されてるよー。この前の件もそうだし普通に強いからね!どうせなら出たらどうかなぁ?」
そう言えばそんな大会があった。あくまでもエントリー制だが、大半の能力者がエントリーするこの大会は、広大な土地を借り、その場所で何百人に及ぶエントリー者がバトルロワイヤルを行い、最後に残った人が優勝と言う単純かつ明快なルールだが、一応基準以上の相手へのダメージや場外への移動は無しとし、その場で失格となる。
前々から興味はあったが、目立ちたくないという気持ちから拒んでいた。
この大会で優勝すると、外に出てからの条件が有利になるという点では優勝しても損は無い。
それに自身の修行とも考えればいいだろう。
「....仕方ない。やるか」様々なことを論理的に考え、導き出した結果が、大会には出場する。ということ。
あくまでもエントリーすると言うだけで優勝は狙っていない。取れたらいいな程度である。
美羽窳は一瞬えっと言う顔をしたが直ぐに嬉しさに変わった。「え!?ほんと!?じゃあさ私も出ようと思っているからライバルみたいなものだよね!いやぁ...さーちゃんがライバルかぁ...それは辛くなるぞぉぉw
さーちゃんの対策をしったりとねっていないとなぁ..あっそうだ!」と言っていたが実朝が話を遮る
「当日にエントリーすればいいんだな?」美羽窳は我に返ったようで少し照れていたが「そう。当日にエントリーすれば大丈夫だよ!一応言っておくけど、目指すは優勝だからね!私、さーちゃんには負けないから!!!」「これはこっちの台詞でもあるな。お互いの健闘を祈るよ。」
...今日から普通じゃない日々が続きそうだ。