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5 妖精の隠れ場所

 第一から第五までの練習室は、音楽棟の一階にある。マルセルとアルムはそのまま廊下を進んだ。防音の処理が施されてはいるものの、ここまで近づくと楽器の音が木の扉から漏れ聴こえる。――それに、幾人かの声。

 声は、ひとが楽器になっている。


 高く、頭の上から鳴り響くソプラノ。

 地声で朗々と歌い上げるテノール。

 低く深く、大気にうねりと振動を与えるバリトン。

 どれも、上手い。が。


(そのどれにも、そそられないんだよな……)


 歩きつつ耳を傾けるアルムの内心は、(から)い。

 第二練習室は、奥から二番目。

 艶のあるシンプルな木の扉の前に立つと、マルセルは珍しく立ち止まった。すぐに開けようとはせず、妙に真剣な表情で右手を添え、耳を当てている。


(?)


 アルムは訝しげに小首を傾げた。


「……何をしてるんです。マルセル」


「うん? いや、邪魔しちゃ悪いかな、と……」


「聴きに来たんでしょう? ノックして入ったらいいじゃありませんか」


「ばっ……! お前、わっかんない奴だなー。ノックすら邪魔になるときってあるだろ? ……っと、と」



 カチャッ


 入り口の前で繰り広げられていた、青年と少年のしょうもない口論を遮るように、内側から扉が開けられる音がした。

 キィ、と蝶番が軋む。


「――さっきから、聞こえてる。さっさと入れ、馬鹿マルセル。アルム」


 呆れと笑みを含む、低い艶のある声。

 さらりとしたプラチナ色の短い髪、灼けた肌、紫の瞳の青年への過渡期にある少年が、ドアノブに手をかけて二人にあっさりと入室を促した。




   *   *   *



 

 西側に面した小窓の側に、彼女は佇んでいた。まだ昼前だから光源としてはよわい。しかしそこだけ、確かに目を惹き付ける。


 薔薇色の、波打つ長い髪は柔らかそうで朝焼けの雲のよう。白い卵形の顔に、少し気のつよそうな眉、すっと通った小ぶりな鼻梁。髪と同じ色の長い睫毛に縁取られた双眸は、素晴らしく澄んだ青。それらが絶妙な配置を見せている。


 彼女は来室者にちらり、と視線を送ると再び手元の楽譜に視線を落とした。にこりとも笑わない。


(笑えば、すごく可愛いだろうにな……)


 アルムは、そこでようやく自分が、ずっと彼女に見とれていたのを自覚した。なんと言うか……今まで、見たことのない種類の子だ。


「どうだ、俺の相手をつとめてくれる女は。無愛想だろう? だが、そこが気に入ってる」


 ジュードは少女の傍らまで歩み寄ると、華奢そうな肩にぽん、と手を置いた。


 ――ちいさい。

 上背のある体格のジュードの胸の辺りまでしかない。しかし不思議な存在感がある。……妖精や精霊のような、そこに居るのにまるで幻であるかのような、うつくしさ。


 暁色の髪の少女は、左肩に乗せられたジュードの手を右手でぱしん! と払いのけた。


「ばかなの? さっさと始めましょ。たまたま外で歌ってたら、問答無用に引っ張ってこられただけなんだから。昔馴染みみたいな言い方しないで」


 少女から、じろり、と睨まれてもジュードはどこ吹く風と揺るがない。「すまんな、じゃあ頭から通しで」などと笑顔さえ浮かべ、さらっと切り替えている。


「あ、ちょっと待って。まさか、君が歌ってたのって、西塔の崖下?」


 ふいに、マルセルが小さく挙手して彼女に質問した。

 少女は怪訝そうな顔をしつつ、素直に頷く。


「そうよ。わたし、あそこにはよく夕暮れ時に練習に行くから」


 あぁ……、と。

 なんとも言えない空気が来室者の青年と少年の間に流れた。今度はマルセルが、ぽん、とアルムの肩に手を置く。


「――彼女だ。間違いない。よかったなアルム、見つかって。

 おいジュード。彼女に名前を訊いても?」


 ジュードが口を開こうとしたとき、少女は、さっとそれを手で遮り、素早く答えた。


「ユナ。……ユナ・エーシェン、平民よ。皇子様と、バード卿?」



 視線と口調はきついのに、瞳の色彩(いろ)と声は甘く澄んでいる。

 見出だされた歌い手は、どことなく不思議な少女だった。



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