1 アルムという少年
少年の寝起きは悪い。
東向きの寮舎は、朝の光を存分に窓のうちへと叩き込む。寝起きが悪い自覚ゆえ、遮光カーテンなどという便利な守り手は備えていない。
入寮して三年経った。今年で四年目。
一人での起床など、容易いはずなのだが……
カチャッ
「おーい、アルム! 起こしに来てやったぞ、喜べ!」
ノックもなく、いきなり扉を開けた青年が部屋に入って来た。
部屋の主――アルム、と呼ばれた少年は身じろぎした。もぞ、と白いリネンのシーツが動いている。よくよく耳をそばだてると「いやです……」と、抗議の声をあげている。
闖入者の青年は、にやりと笑った。
「そうかそうか、素直じゃないなぁ。まぁ、そんなところも気に入ってる。……な? ジュード!」
部屋には入っていないが、廊下に佇む人影が一つ。名を呼ばれ、すっと扉近くまで歩み寄る。
プラチナ色の髪に、灼けた肌の端正な美貌の少年――ジュードは紫色の目を瞑り、一つ頷いた。
「全くだ。ちなみに、アルムが今朝こんなにも寝ぎたなく、一向に起きられないのは私のせいだな……すまん。
昨夜、部屋に連れ込んで……その、学舎では堂々と言い難いあれこれを、だな。興じていたので」
腕を組み、開いた扉の枠に寄りかかり、どこか物憂げに語るジュード。意図的に言葉尻を濁し、形のよい唇を片方だけ上げている。
「ほう」と、最初の闖入者の青年がきらりと琥珀色の目を光らせ、悪乗りしようとした、その時。
バサッ
――どんっ!
白いリネンがはだけられ、勢い余って中身の少年が床に転がり落ちた。
落ちたあとは、この世の一切を諦めたかのように、ばたん、と仰向けになり、浅い呼吸を繰り返している。
その忙しい息の合間から、絞り出すように唸り、先程よりは声高に抗議した。
「……ああぁ、もう! あんたら、くっそ煩い! 頼むから放っといてくれ……って、つつうぅ……くそ、頭痛い……吐きたい……。
ジュード、お前……あれだけ飲んで、なんで平気なの……」
深く、気怠げな甘さを含んで響く、掠れたテノール。
惜しむらくは内容が残念であること、声の勢いが途中からしおしおと萎えてしまったことだろうか。
落ちた痛みや衝撃より、頭痛と吐き気――おそらく、本人の言い分を採用するならば二日酔いがきついらしい。
胸元をはだけた寝巻きの上着から覗く、首筋から鎖骨までの線が妙に艶かしい。
朝の白い光に照らされた黒髪の美少年――アルムは、力なく左手で目許を押さえながら、弱々しく呟いた。
「頼む。今日は休ませてください、マルセル……」
美女もかくや、と言わんばかりの手弱女のごとき請願に。
マルセルと呼ばれた青年は、ふと肩から胸へと溢れ落ちていた、みずからの白銀の括り髪をぽいっ、と後ろへ払い流し、にこりと容赦なく微笑んだ。
「だめ。従者を呼んであげるから、ひとっ風呂浴びたら食堂においで。待ってる」
予想できた答えに、アルムは床に転がりながら横を向き、やや俯せて、更に項垂れるような器用な仕草をして見せた。
「はあぁぁ……」
窓の外は、爽やかな朝の光に新緑の木々が風にそよいでいる。
小鳥囀ずる平和な学舎――レガティア芸術学院の男子寮の一室に、是、という返事代わりの溜め息が、少年の口から地を這うように吐き出された。