表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/19

序 少女の独白

 誰かに心を奪われるなんて、本や歌劇の中だけのことと思ってた。

 少なくとも、自分には決して訪れないと確信してた。


 ――なのに。

 いつの間にか、景色の中に探すようになった短い黒髪。

 綺麗な立ち姿。

 真夏の濃い葉陰のように(あで)やかな、緑の瞳。

 ……いやになるほど甘く整った顔。その辺の女の子より透明感のある、象牙色の肌。

 時々、向けてくる笑顔は反則だと思う。


 何より特別な、その声。


 無造作な佇まい、何げない視線のひとつに一々惹きつけられる。皇族を除けばこの国(レガート)で一番の名家の、若き当主でもある、かれに。


 ――わたしは……


 (だめだよ。ぜったいに、駄目……!)


 少女は、固く目を瞑った。

 両脇に力なく垂らした腕の先、白く細い手指も無意識のうちに、ぎゅっと握る。


 両親から受け継いだ、湖の青の瞳。

 母から受け継いだ、波打つ薔薇色の髪。


 どことなく、精霊や妖精を思わせる風貌は華奢で、小柄な身体は十七歳になった今も薄く、頼りない。



『捕まえててあげようか? 風に飛ばされて、消えちゃいそうだ』



 飄々と、唐突に。

 やたらといい声で話し掛けられた過日(かじつ)の出来事が、ばかみたいに胸を締めつける。こんな自分勝手な痛みでも、泣いていいのなら泣きたい。

 少女は、愛らしい唇を苦く微笑(わら)う形に歪めた。


 ――あんな軽口は、もう叩いてもらえない。



 夕刻の陽が、沈んで行く。

 山の端に、うつくしい湖の向こうに。


 最後の金色の光を投げ掛けて、わずかに少女の髪と同じ色に西の空一帯を染めあげたあと。

 辺りは僅かな波の音、風が揺らす葉擦れの音だけが響く、藍色の闇の(とばり)に包まれた。



 星は、ない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ