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魂は減数分裂するのか  作者: 春採太郎
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研究室篇(赦し)

皐に言われるがままに目を瞑ってから、数分もしないで、目を開けていいと言われた。しかし、その声は、皐のものではなかった。

「敏彦、目を開けていいよ」

 謎の人物に言われ、目を開けると、眼の前に立っていたのは、あの日死んだはずの田川恵だった。それも、事故が起きる直前の姿で……

「嘘だろ、そんなまさか……」

 死んだはずの人物が、目の前に居て驚かない人間はいない。隣で生者から死者に変わっていくのを目にしたのだから、なおさら。

「嘘じゃないよ」

「幽霊なのか?」

 敏彦は目の前で起きていることがにわかに信じられず、眼の前にいる恵に幽霊なのかと、問いただす。

「幽霊とは一寸違うけど、私にはうまく説明できないよ」

 恵は、要領を得ない返答をする。

 敏彦には、恵に確かめなければならない事があった。そう、あの日のことを恨んでいないのかと……

「恵、俺のことを恨んでるよな……」

 敏彦のそれは、問うと言うより、独白に近かった。

「何で、恨むの?」

 恵は、何で恨む必要があるのと、問う。

「何でって、あの時、左折してれば、あんな事にはなかったんだから……」

 敏彦は、自分の選択の所為で、事故になったからだろと言う。

「どうして、そんなに自分を責めるの?」

 恵は、皐と同じように、どうして自分を責めるのと、問い返してくる。

「俺が、近道を選ばなければ……」

 敏彦は、恵に自分を責めるのと言われたばかりなのに、また自分を責める。

「恨んでるなら、あった瞬間にこうしてるわよ」

 恵は、そう言って、敏彦にパンチを食らわすそぶりを見せる。しかし、寸止するつもりだったが、恵のパンチは意図せず、敏彦の鳩尾にクリーンヒットした。敏彦は呻き声をあげながら悶絶する。

「ゴメン、当てるつもりはなかったの。大丈夫?」

 恵は、予想もしない事態になり、慌て、そして、敏彦を気遣う。

「大丈夫なわけが有るか……」

 敏彦は、弱々しい声で言う。敏彦は、やっとの思いで、自分のデスクの椅子に腰掛ける。しばらくして、痛みが引いてきたので、敏彦は、恵に詰問する。

「恨んでないって言うけど、本当は恨んでるんじゃないか?」

「恨んでたら、鼻をへし折ってるから」

 敏彦に詰問された恵は、サラッと怖いこと言う。それを聞いて、敏彦は顔を引き攣らせる。

 恵は、恨んでいないと言うが、あの事故の引き金を引いたと思っている敏彦には、理解できなかった。

「何で、俺のことを恨んでないんだ?右折しなければ、起きなかったんだから」

 恵に尋ねる。

「だって、敏彦はもう帰るべって言ってたけど、私が、もう少し海に居ようって、引き止めて帰りが遅くなったから、近道することになったから……」

 恵は、敏彦の質問に答える。

「えっ、そうだったけ?」

 敏彦は、帰りが遅くなって、近道を選んだことを忘却していた。

「敏彦、そんな大事なことを忘れたの?それとも、私を悲劇のヒロインに祀り上げて、自分は悪役に徹することで、色々なことを諦める理由にしてたんじゃないんでしょうね?」

 恵は言う。恵の指摘と言うか、質問は突き刺さる。恵がもう少し海に居ようといって帰りが遅くなったことを、忘れていたのか、封印していたのかで、恵の二つ目の指摘は図星を指されたことになる。恵に言われて、限りなく後者だと思えてきた。

「俺は、自分を悪役に仕立て上げて、逃げてったのかもな……」

 恵に言われて、敏彦はポツリと呟く。人殺しに医者になる資格はないと医学部を中退したが、救えなかった無力感を医者になってからも味わいたくないと、逃げたんだ。恵は恨んでるか知りたいから、悪魔を召喚してと言うのも、恨んでいるかを知るためではなく、恨んでいると証拠を得ようとしたかったからだろう。事実を知ろうとしていたのではない、自分の望む答えを得ようとしていたのだ。

 敏彦がそんな事を考えていると、恵が話しかけてくる。

「敏彦、私は、敏彦のことを恨んでないし、海に行けて良かったと思ってるから」

「そうか。それは良かった」

 敏彦が言うと、恵は疑問に思っていたことを聞いてきた、

「ねえ、あの海岸、他に誰も居なかったけど、曰く付きだったの?」

「曰く?まさかとは思うが、土左衛門が打ち上げられるから、誰も近寄らず、プライベートビーチ状態だとでも思ったのか?」

「違うの?」

「あそこは、入り口が分かり辛いから、知ってる人間しか行けないんだよ。曰くなんて無い」

 敏彦が、恵が抱いていた疑問に答える。

「そうか、そうなんだ。良かった。てっきり曰く付きなのかなって……」

 敏彦の説明を聞いて、疑問が解決し、恵は安心した。

「そんなところに、彼女を連れて行くやつが居るか」

 曰く付きの海岸に連れて行ったのではないかと疑われた敏彦は、渋い顔する。曰く付きの海岸は、連れて行った海岸の北の方にありはするが……

 恵と、とりとめもない話をしていると、恵は急に話題を変えてきた。

「敏彦、もう、自分のことを責めたりしない?」

「何だ、急に」

「私、こっちの世界の人間じゃないから、あんまり長居するわけには……」

 恵が言う。恵は死者だ。死者が生者の世界に長居できるわけがない。

「そうだよな……」

「で、どうなの?」

「責めたりしないよ。恨まれるより、泣かれたり、悲しまれる方が辛いから」

 恵に聞かれた、敏彦は、偽らざる心境を述べる。

「そう、良かった。これで安心して、あっちに戻れる」

 敏彦が、自分を責めたりしないと、確約したのを聞いて安心する。

「恵は、いわゆる天国にいるんだよな?」

 敏彦は恵に尋ねる。恵が恨んでいないということを知ってから、敏彦にとって、今一番気がかりなのは、恵がどこに居るかだ。

「天国じゃないよ」

 恵は答える。恵の答えを聞いて敏彦は、息をするのも忘れる。

「えっ、そんな。どうして?」

 敏彦は狼狽する。

「勘違いしないでよ。私が居るのは、中間地点だから」

「中間地点?」

 恵の中間地点なる言葉を聞いて、敏彦は怪訝な顔をする。

「天国と地獄の間というか、何と言うか……」

「何でそんな場所にいるんだ?」

「敏彦が行く場所に、一緒に行くためだよ」

「何で、俺なんか待つんだよ」

 敏彦は、俺を待つのかと、恵に疑問をぶつける。

「彼氏だからに、決まってるでしょ」

 恵が、敏彦の疑問に答える。それを聞いて、敏彦の顔が赤面する。

 恵は、さらに続けて言う。

「敏彦、自殺とかしたら駄目だからね。逢えなくなっちゃうから」

「誰が、自殺なんかするか」

 敏彦が恵に、そう言うと、恵が、おもむろに抱きついてきた。

「敏彦、私、帰るから」

 恵は、居るべき場所に帰ると言う。

「そうか、気をつけろよ」

「それは、こっちの台詞」

「生者が、死者に気をつけろは、無いよな」

 敏彦は、我ながら、マヌケなことを言ったなと、恥ずかしくなる。

「敏彦、眼を瞑って」

 恵がそう言うと、敏彦は、快諾する

「ああ、わかった」

 敏彦が、そう言い終わると、唇に何かが触れる。そして、口をこじ開けるようにして、恵の舌が、口腔に入ってくる。敏彦は、それを受け入れて、舌を絡める。数分間、それは続いた。恵が、敏彦の口腔から、舌を出し、敏彦の唇に、自分の唇を重ねる。

「敏彦、愛してるからね」

「俺もだ。そっちに行くまで、気長に待ってろ」

 気長に待ってろとは言うが、何年後のことになることか。もしかしたら、何年後どころか、数日後、数時間後、数分後かもしれない。人の生き死には、誰にもわからない。

「待ってるから」

 抱きつかれている感触がなくなると、皐の声がした。

「お父さん、何時まで目を瞑ってるの」

 皐は、余韻に浸る暇を与えず、現実に引き摺り戻す。

「皐、死者が生者を、ぶん殴ることは可能なのか?」

 敏彦は、疑問に思っていることを皐に尋ねる。敏彦にはある可能性が頭をよぎっていたのだ。それを確認しようとする。

「さあ、どうだろう」

 皐は、にべもない答えを返してくる。付きものが落ちたと言うのか、吹っ切れたような敏彦の表所を見て、皐は、わざとらしく、聞いてくる。

「お父さん、一皮むけたような感じがするけど、何かあったの?」

 お膳立てをしたのは、間違いなく皐だ。問いただしても、どうせ、とぼけたような答えしか返って来ないだろう。

「まあな」

 敏彦は、皐のわざとらしい質問に、とぼけたような答えで返す。

「ああ、そうだ。皐、今晩、暇か?」

 敏彦は唐突に、皐に今晩暇かと聞く。

「暇だけど、どうして?」

 皐は、不思議そうにしながら、暇だと答える。それを聞いて、敏彦は暇かどうか聞いた理由を言う。

「一緒に、飯でも食いに行かないか?」

「良いよ」

「好きなもの食わせてやるぞ。何が良い?」

 敏彦が何が食いたいかと、皐に聞く。

「中華料理が良い」

 皐は、中華料理が良いと答える。思いもよらない答えが返ってきた。おっさんが一人では入り辛いような小洒落た洋食屋に連れて行けと言われるとばかり思っていたので、敏彦は驚いた。

「本当に、中華料理で良いのか?」

 敏彦は、皐に本当に中華料理で良いのかと、念を押す。

「私、中華料理好きだから」

 念を押された皐から、中華料理が好きだからと、返ってきた。

「わかった。北京飯店を予約するか。食いたいものが決まってるなら、教えろ。あそこは、予約の時に注文をある程度言っておかないと、待たされるから」

 皐に食いたい物が決まってるのなら、予約の時に伝えるからと言う。

「皮蛋、棒々鶏、炸鶏、酢豚、焼売、炒飯」

 皐が食べたい物を言う。

「皮蛋?また、中華料理屋だからってもどこにでも有るとは限らないものを……」

 敏彦は、皮蛋と聞いて、驚きと困惑を隠せない。

「北京飯店には有るの?」

「安心しろ、北京飯店には有るよ」

「良かった」

 敏彦が、北京飯店には皮蛋があると言うと、皐は安心した。

敏彦は、壁にかけてある時計を見る。時計の針は、午後四時近くを指していた。就業規則上は、あと二時間で、業務から解放される。皐と店で落ち合うか、学内で時間を潰させるか、迷う。

「皐、北京飯店で落ち合うか?それとも、学内をブラブラして時間を潰してるか?」

 皐にどうすると、聞く。

「図書館で、時間を潰してる」

 敏彦にどうすると聞かれた皐は、附属図書館で時間を潰してくると答える。

「そうか、わかった。あと、学生食堂の入ってる建物に、喫茶店が入ってる。まあ、軽食類は午後四時で注文受付終了だが、飲み物は午後六時までは、注文を受けてるから」

 敏彦は、財布から千円札を取り出して、皐に渡す。

「ありがとう、お父さん」

「六時を過ぎたら、正面玄関で待ってろ。車を回すから」

「うん、わかった。じゃあ、時間潰してくるね」

 皐は部屋から出ていく。

「ありがとう、皐……」

 敏彦が小さな声で言う。

「お父さん、何か言った?」

 何か言ったと、皐が振り返る。

「なんでもない」

 敏彦はバツが悪そうに、言う。

「ああ、そうだ。お父さん、鍵をかける必要は、もう無いよね?」

 皐は、思い出した様に言う。

「ああ、もう必要ない」

 敏彦が、そう答えると、皐は首からぶら下げている鍵で、鍵を開けるような仕草をする。皐は、鍵を開け終え、鍵をしまうと、部屋を出ていった。

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